第63話 突然の来訪者

「――もう無理……マジで限界……」


 少し息抜きをしてから、またしばらく勉強していると、藤城君が再びテーブルに突っ伏した。

 合計にして2時間程度、ひたすら苦手科目らしい理数系をみっちり勉強したので、限界が来てしまったのだろう。


(今日はこれで終わりかな)


 そう思っていると、和泉さんが「初日だし、今日はここまでにしとこうか」と口を開いた。

 どうやら同じ考えだったらしい。

 

「それに、あまり長居すると鳴宮に悪いし」

「そんなこと俺は全然気にしないよ」

「そう? なら、お言葉に甘えてもう少しだけ休憩させてもらってから帰ろうかな。さすがに私も疲れたし」

「どのみち、拓人がすぐに動けそうにないしね」


 確かに、藤城君はさっきからテーブルに突っ伏したままぴくりとも動いていない。……あれ魂抜けてない? 大丈夫かな?


 心配ではあったけど、和泉さんと芹沢さんがそんな藤城君の髪の毛をヘアゴムで括ったりして、おもちゃにしているので大丈夫なのだろう。

 

 その楽しそうな様子を横目で見ながら、俺は晩ご飯の準備の為に立ち上がって、キッチンに移動した。


「優陽くん、今日のご飯はなに?」

「パエリアにしようかと思ってるんだけど、いい?」

「パエリア好き! ……けど、ほんとごめんね。しばらくお世話になるのに、手伝いも出来なくて」

「全然いいよ。のんびりしてて」


 返事をしつつ、俺は冷蔵庫から食材を取り出していく。


「いいなぁ、空。ケガが治るまで毎日鳴宮の料理を食べられるんでしょ?」


 芹沢さんからあらかじめ話を聞いていたのか、和泉さんの羨ましそうに聞こえる声が聞こえてくる。

 

「ふふん、いいでしょー。ここに関してだけはケガしてよかったって思えるかも。でも、梨央もすっかり優陽くんに胃袋掴まれちゃったんだねぇ」

「そーなんだよね……もう鳴宮のご飯抜きじゃ生きていけない体にされてしまったんだよ。だから、鳴宮には責任を取ってほしい」

「あはは。そう言ってもらえて光栄だよ。あ、もしよかったら和泉さんたちも一緒に食べてく?」

「え」


 俺の提案に和泉さんが驚きの声を漏らし、その後ろにいる芹沢さんがなぜかショックを受けたような顔をしていた。

 なんでだろう。


「あー……いや、すごーく魅力的な提案だけど、さすがにそこまでは本当に悪過ぎるよ。ものすごーく後ろ髪引かれることは事実だけど」

「気にしなくていいよ。俺の料理を美味しいって言ってくれるの嬉しいし、俺がもっと皆と話してたいんだよ。もちろん無理にとは言わないからさ」


 そう言いながら笑うと、「「う……」」と2人がたじろいだ。

 ……? だからなんで芹沢さんまで?


 そのタイミングで、ぐーっとなにかの音が鳴る。

 なんの音だろう。


 俺が不思議に思っていると、和泉さんがわずかに顔を赤くして、お腹を両手で抑える。

 俺と芹沢さんの視線を集める中、和泉さんは顔を赤くしたまま、誤魔化すように軽い咳払いをした。


「……ま、まあ。せっかくの鳴宮の厚意を無碍には出来ないからね。ここは大人しくご相伴に預からせてもらおうかな?」

「そんなに偉そうに言っても今のは誤魔化しきれないからね」

「……もーっ! これじゃ私が食い意地が張ってるみたいじゃんかー!」


 頭を抱える和泉さんに、俺と芹沢さんの笑い声が重なる。


「藤城君もよかったら食べていく?」


 声をかけると、突っ伏していた藤城君がぴくりと身じろぎして、むくりと身体を起こした。


「……食う。腹減った」

「あはは。ならすぐに作るから、ちょっと待っててね」

「私も手伝うよ」

「いやいやそんな! お客さんにそんなことさせられないよ! 俺は大丈夫だから休憩してて」

「いやいや、家主にだけ働かせて自分たちはなにもしないとかありえないって。無駄に量増やさせてるわけだし、手伝わせてよ」

「うーん……」


 申し出はありがたいけど、俺はやっぱりお客さんを働かせたくないって思っちゃうんだよね。

 けど、自分が今の和泉さん側の立場、お客さん側になった時、自分だけが休んでるなんて想像出来ないから……和泉さんの言い分もよく分かる。


「……分かった。それなら具材の下ごしらえを手伝ってもらってもいいかな?」

「りょーかい。まあ、手伝うって言っておいてあれなんだけど、あまり難しいことは無理だから、その都度教えてもらえると助かります」

「うん、もちろん」

「……オレも手伝いてえけど、料理は無理だからなぁ。だから後片付けはやらせてくれ」

「あんたもこれを機に料理覚えたら? 鳴宮に教えてもらって」

「……もうちょっと余裕ある時にな。今からやったら具材が俺の指と血になりかねん」


 それは色々と洒落にならないので、彼には大人しく座って待っててもらおう。

 俺が準備を進めていると、和泉さんがシャツの袖を軽く捲り、髪を結ぶ為に頭の後ろに手をやって、ヘアゴムを咥えながらキッチンに入ってくる。

 

(おお……男子が好きな仕草トップ5には絶対に入るやつだ)


 それを美少女たる和泉さんがやるのは、もの凄く絵になるなぁ。

 家庭的な女の子っていいよね。

 俺が思わずまじまじと見つめてしまっていると、髪を結び終えた和泉さんが俺の視線に気が付き、はにかんだ。


「そんなに見られるとさすがに恥ずかしいかなー」

「あ、ご、ごめん。つい」


 慌てて視線を外すと、その先でなにやら不機嫌そうにじとーっとこっちを睨んでいる美少女と目が合ってしまう。

 しまった。いつものあれが来る。


「私という超級美少女が傍にいながら、他の子に見惚れるなんてそんな教育をした覚えはないんですけどー?」

「……そもそもそんな教育を受けた覚えはないです」


 見惚れてしまっていたのは事実なので、そこを否定するつもりはないけど。指摘されるのはめちゃくちゃ恥ずかしい。

 なおもじとーっと睨んでくる芹沢さんから目を逸らしていると、


 ――かちゃり。


(……ん?)


 今なんか、玄関の方から音がしたような? 気のせいかな?

 ……いや、気のせいじゃない! 足音がこっちに向かってきてる!?


 俺が固まっている内に、足音はリビングの扉まで近づき、そして、扉が音を立てて開け放たれた。


「――おーっす! 優陽ー! 様子見に来てやったぞー! なんか玄関に靴いっぱいあったけど、誰か来て……んぁ?」


 姿を現したのは、身長が高めで髪を明るく染めた、見るからに軽薄そうなチャラ男だった。

 

 そのチャラ男は部屋に飛び込んできながら、芹沢さん、和泉さん、藤城君を見て、とぼけた声を上げて固まり、やがて、あんぐりと口を開けた。


「ゆ、ゆ、ゆ……! 優陽がなんかリア充になってる!?」


 突然の謎の来訪者に、芹沢さんたちはなにも反応出来ずに、状況が吞み込めないまま固まってしまっている。

 

「おいどういうことだよ優陽! お前なんでこんなことになってんの!?」


 次いで、チャラ男は俺の方を向いて、大声を上げた。

 それに対して、俺は無言で近付き、


「なに勝手に人の部屋に入ってきてんだてめえッ!」

「ごはぁっ!?」


 一切躊躇のない強烈なボディブローをチャラ男に向かって叩き込んだ。






***


あとがきです。


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