第62話 陰キャの逆鱗

「ここが俺の部屋だよ」


 放課後になって、俺は朝言った通り、勉強会の為に芹沢さん、和泉さん、藤城君の3人を連れて部屋に帰ってきた。


 3人は口々に「お邪魔しまーす」と部屋に入ってくる。


「おー。思ったより普通だな」

「思ったよりって……一体どんな部屋を想像してたの?」

「なんていうか、こう、もっとオタクオタクしてる部屋かと」

「あーちょっと分かる。悪く言うわけじゃないんだけど、オタクって言ったらフィギュアとか壁にかける系のアイテムゴリゴリの部屋想像しちゃうよね」

「あはは。さすがに経済力が圧倒的に足りないんだよ。そういう部屋に憧れないわけじゃないんだけどね」

「分かる! 私もいつかSNSでよく見るゴリゴリのオタク部屋を作ってみたい!」


 いいフィギュアは大体1万近いのから始まり、高くて数万くらいするので、1人暮らしとはいえ養ってもらっている身の高校生の財布事情じゃコレクション系はさすがに手が出せない。


 ゲームセンターで取れるプライズ品なんかは何個か持っているけれど、毎回取れるわけじゃないし、数は集められないわけだ。


(……それにしても)


 まさか、俺の人生で学校帰りに友達を部屋に招いて勉強会を開くなんてイベントが起こりえようとは。

 しかも、3人とも超が付くほどのリア充なので、一気に部屋が華やいだ気さえする。


 今日を記念日として、赤飯を……いや、今日は皆がいるし、明日……いや、しばらく芹沢さんと晩ご飯を食べるんだった。


 ……。


「……? どうしたの、優陽くん。いきなりそんな難しい顔して」

「ああ、いや……ちょっと赤飯を炊くタイミングが分からなくて」

「赤飯!? なんでこのタイミングで!?」

「気にしないで。こっちの話だから」

「気になるに決まってるじゃん!」


 仕方ない。それはおいおい1人でやることにしよう。

 自己完結した俺が全員分の飲み物を取りにキッチンへと向かうと「え!? この話ほんとに終わりなの!?」と芹沢さんの声が響いた。ごめん、解決したし、終わりです。


「さ。時間はあるようでないんだから、さっさと始めよ。特に拓人」

「うぐっ……で、でもせっかくこうして鳴宮の部屋に来たんだし、もうちょっと談笑してからでも……」

「拓人?」

「……うっす」


 凄い。和泉さんのにこやかな笑顔と名前呼びだけで藤城君が正座して、教科書とノートを取り出し始めた。


 4人分の飲み物をトレーに乗せ、テーブルに置いてから、俺も自分の勉強道具を取り出す。


「とりあえず苦手科目からやっていった方がいいよね? 藤城君はなにが苦手?」

「理系。意味が分からん」

「どれもどんぐりの背比べだけど、理系は大体壊滅的だよ、拓人は」

「文系はまだまあなんとかなってる感じだよね。どっこいどっこいだけど」

「うるせえよ! 一言余計なんだよお前ら!」


 なるほど。でも、勉強苦手って言ってる人って大体理系が苦手なイメージがあるのはなんでだろうね。

 

「まあ、うちの学校って赤点ラインは30点って決まってるし、平均点で上下しないのだけは救いだよ、マジで」

「そうだね。じゃあ、ひとまず理系科目を重点的にやっていく感じでいい?」

「……ヨロシクオネガイシマス」


 もの凄く嫌々なのが伝わってきて、俺は苦笑を漏らした。






「……もう、無理」


 小1時間ほど経過して、藤城君がテーブルに顔から突っ伏した。

 あれだけ嫌そうにしていたのに、いざ勉強が始まったら文句1つ言うことなく、ここまで集中して勉強するのは素直に凄いと思う。

 

 それを皮切りに、芹沢さんと和泉さんも集中力が切れてきたのか、シャーペンを手放す。

 

 まあ、確かに学校でも勉強したあとだしね。

 俺も休憩しよ。あ、糖分補充用のお菓子補充しとこ。


 そう思い、立ち上がった俺の背中に声がかけられる。


「鳴宮ー、なんか息抜きにゲームしてもいいかー?」

「あ、うん。いいよ。藤城君ってゲームするんだね。リア充なのに」

「お前はリア充をなんだと思ってんだ。ゲームくらいなら人付き合いとかで普通にやるっての」


 言いつつ、藤城君はテレビの下に置いてあるコントローラーを取りに向かう。


「お前らもやる? って空は無理か」

「そーだね。この通り捻挫中なもので」

「梨央は?」

「んー……今はいいや。空と一緒にヤジ飛ばす係で」

「んなもん飛ばすなや」


 鼻を鳴らした藤城君は某吹っ飛ばし乱闘ゲームを起動した。

 そして、オンライン戦を選ぶ。


「あれ? CPU戦じゃないんだ?」

「まあ、ちょっと興味本位でな」


 ……大丈夫かな。そこは魔境と同じだけど。

 俺の心配をよそに、すぐに相手とマッチして、対戦が始まる。


 棚からお菓子類を取り出しながら、藤城君がプレーする様子を横目でうかがう。


「くっ……! この……!」


 案の定苦戦しているみたいだ。


「ほらほら、どうした拓人ー。情けないぞー」

「これなら私の方が断然上手いね。あー私が手を捻挫してなかったら実力の差ってやつを分からせられるのに残念だなー」

「お前らうるせえよ! あっ、やべっ!?」


 そこで藤城君の操作するキャラが、相手の強攻撃を受けて、場外へ吹っ飛んでいく。

 そして、相手の操作キャラがもの凄い勢いで屈伸をし始めた。……は?


「うわ。煽りプレーヤーだ。さいてー」

「こんにゃろう……!」


 その様子を見ていた俺は、ゆらりとテレビに向かって近づいていく。


「……藤城君。ちょっとコントローラー貸してくれる?」

「え? あ、ああ」 

「な、なんか、鳴宮……目据わってない? 空、鳴宮どうしちゃったの?」

「あーいやー……これは完全にキレちゃってるね」


 3人の会話が聞こえる中、操作を変わった俺は、まず相手を掴み、そこからコンボを入れて、1機撃墜し、イーブンに持ち込む。


「「「……」」」


 そして、復活した相手の攻撃をジャストでガードし、隙が出来たところに再びコンボを叩き込み、すぐにまた撃墜。


 ラスト1機になって焦ったのか、精細を欠いている相手の動きの隙を的確に突き、コンボを始動。

 場外に放り出し、そのまま崖下に叩き落としてこれでゲームセット。


 リザルト画面に表示されたWINという文字を見て、俺はふう、と息を吐き出した。


「成敗完了。煽りなんか本当許せないよね。ねえ?」

「「「……」」」


 俺が笑顔で振り返ると、3人は無言のまま、なにか怖いものを見たように、こくこくと小刻みに頷いた。

 ……? なにかあったのかな? まあ、いっか。

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