第61話 陽キャ美少女は陰キャの限界化オタクと化す

 6限目の体育の時間になった。

 今日は男女混合でのバスケをするということで、俺は現在、藤城君と一緒に他の人たちの試合をコート外から見学しているところだ。


(……ああ。そうだ。藤城君にあのことを伝えないと)


 あのことというのは、芹沢さんのケガが治るまでの間、一緒に晩ご飯を食べるということ。

 最近どうにも身の回りの出来事が濃過ぎる故に、うっかり忘れそうになってしまうことが多い。


 ぼんやりとコートを眺めていた俺は、「藤城君」と呼びかける。


「ん? なんだ?」

「実は俺、ケガが治るまでの間、芹沢さんと一緒に晩ご飯食べることになったんだ」

「………………は? はぁ!?」


 おおよそ5秒くらい間を空けて、藤城君から反応が返ってきた。


「なんでそうなった!?」

「いや、話の流れで……」

「どんな流れだよ!?」

「それは——」


 言おうとして、俺はハッと口を噤む。

 そして、自分がとんでもないミスをしでかしたことに気が付いてしまった。


(一緒に晩ご飯食べる理由話したら、芹沢さんが1人暮らしだってことも話さないといけなくない!?)


 今更気付いたところで、もうあとの祭りでしかない。

 ここから、やっぱり冗談でしたーとか通じないよね……? 


 い、いや! 諦めるのはまだ早い! 考えろ! この場を乗り切れるかつ、1人暮らしのことを話さなくていい理由を……!


 ………………そ、そうだ!


「な、なんか、芹沢さんのご両親がしばらく家を留守にするらしくて? それで、ケガで大変だろうなって思って!」


 冷や汗をかき、しどろもどろになりながら、どうにかそれっぽい理由を必死に紡ぎ終える。

 ど、どうだ……?


 俺の今世紀の最大の大嘘を聞き終えた藤城君は、


「あーそういうことか」

「………………へ?」


 なぜか納得した様子を見せた。

 俺は思わずぽかんと口を開けて固まってしまう。

 そんな俺に構わず、藤城君が続ける。


「空んちの両親、なんか忙しくて年がら年中家空けること多いらしいしな。今回もそれか」


 ど、どういうこと……?

 よく分からないけど、助かりそうな空気に俺は固まったどうにか頭を働かせて、考えを巡らせていく。


(た、多分だけど……もしかしたら、芹沢さんがなんらかの拍子に家のことを聞かれて、誤魔化す為にそういう話をしていたってこと……?)


 真相は分からないけど、とりあえず俺が今やるべきことは。


「そ、そうなんだよ! ついてないよね、ケガしてる時にご両親が家を空けるなんて!」


 全力でこの嘘に乗っかり切ることだ!

 嘘が下手でもいい、嘘をつかないと死ぬと思って全身全霊でポーカーフェイスを作り出せ!


「そういうことならしゃーなしだな。オレ、料理出来ねえから頼られたってなにも出来ねえし。空のことは心配だしな」

「う、うん。ごめんね、藤城君」

「謝るなよ。話は分かったから」

 

 自分が好きな相手が他の男としばらく夕食を共にすると言っているのに、口角を軽く上げて許してくれるその姿は正にイケメンそのもの。

 

 イケメンで器も大きいなんて……! かっこよ過ぎる。俺もこうなりたい。


 ともあれ、どうにかこの場を乗り切れたところで、ちょうどよく試合終了のブザーが鳴り響いた。






「——鳴宮、こっち!」


 コートの外に座って、試合を見学している私の前で優陽くんから梨央へとパスが出される。

 そのまま、梨央は相手を1人躱し、軽いレイアップで得点を決めた。


「ナイッシュー梨央ー!」


 声を出しながら、手のひらをコートに向かって差し出すと、梨央がこっちに近寄ってきて、パンっと手のひらを叩いてきて、駆け足で去っていく。


「ナイスパス、鳴宮」

「う、うん! 和泉さんもナイスシュート」


 それから、途中で優陽くんと合流して、2人はハイタッチを交わす。

 その光景を見て、心の中が若干もやっとした。


(って、いけないいけない! このくらいで嫉妬とか!)


 まったく、私はいつからここまで重たい女になったんだ。

 ……いや? 最強に可愛い私と、重たい属性……つまり最強に可愛いヤンデレの誕生なのでは? 


 と、前向きに考えていると、


「へい! 鳴宮! こっち!」

「っ……! 藤城君!」


 優陽くんがディフェンスを躱して、拓人にパスを出した。

 今度は拓人がコートの中央付近でボールを受け取り、一気にドリブルで敵陣に攻め込んで、シュートを決めてみせた。

 

 その瞬間、コートの外で見ていた他の女子生徒数人が色めき立ったような声を上げる。


(おお。さすが拓人)


 モテモテだなあ。

 まあ、勉強は出来ないけど、性格は悪くなくて、クラスの中心にいて、運動も出来るし、イケメンだし、モテないわけがないよね。勉強は出来ないけど。


 と、言っても1年の頃から拓人がモテることなんてずっと見てるわけだし、新鮮味もなにもない。


 そんなことより、今ディフェンスを躱してパスを出した優陽くんがかっこよ過ぎてやばい。

 周りは拓人のことばかり言ってるけど、今のはパスあってのシュートでしょうが。


 脳内で周りの見る目のなさに文句を言っていると、優陽くんと拓人がハイタッチと笑みを交わし合った。

 

 そこに梨央が合流し、優陽くんたちの背中をポンっとからかい気味に叩く。

  

 その光景を見ていた私の胸がちくりと痛む。

 と言っても、今度は嫉妬とかそういう類のものじゃない。


(……もし、私が優陽くんに告白して失敗したら、せっかく出来た優陽くんの居場所を奪うことになるんだよね……)


 彼を好きになって数日、最初は初恋の熱に浮かれていた私も、気持ちは昂ったままだけど、そんなことを考えるくらいには落ち着いた。

 

 もし、告白を失敗したら、彼はきっと、このグループを離れることを選ぶだろう。

 それは、彼から居場所を奪うことと同義だ。


(……でも、優陽くんを想うことはやめられないから)


 だから、私は全身全霊で彼を惚れさせる。

 そうして、彼から告白をしてくるように出来れば、彼は居場所を失わずに済むのだから。


 そんなことを考えている内に、試合が終わる。

 今のが時間的に最後の試合になるので、あとは片付けだ。


 私がよっと立ち上がり、3人に合流しようとしたところで、数人の男子……同じクラスの別のリア充グループがボールを持って、優陽くんたちに近づいてくのが見えた。


 怪訝に思いつつ、つい足を止めて様子を眺めていると、男子の1人が優陽くんの背中に向かって緩くボールを投げた。


 背後からの突然の衝撃に驚いた優陽くんが振り返る。

 すると、男子は謝りもせずににやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。


「あ、わりい鳴宮ー。ちょっと手元狂っちゃってさー」


 は? 手元が狂った? わざとぶつけた癖に?

 明らかに害意がある男子たちに、私は頭に血がのぼるのを感じた。


 拓人と梨央も、相手のあからさまな態度に気が付いているらしく、少し眉間に皺が寄っている。


 そんな中、優陽くんが困ったような笑みを浮かべた。


「あはは、そっか。うん、全然いいよ」

「あ、そう? なら、ついでにそのボール片付けといてくれよ」

「……あのさぁ」「お前らなぁ……」


 見かねた拓人と梨央が、相手を諌めようと同時に口を開いたけど、その前に優陽くんがボールを拾い上げた。


「分かった、片付けとくね」

「……ちっ」


 ニコニコと笑みを崩さない優陽くんに、男子たちは苛立ったらしく、そのまま舌打ちをして去ろうとする。

 

 拓人が「待てお前ら!」と少し声を荒げながら、あとを追おうとしたけど、それを優陽くんが手で制して止めた。

 

「いいよ。藤城君。放っておこう」

「けどよ……!」

「俺なら大丈夫だから」


 拓人はまだなにか言いたげだったけど、優陽くんの顔を見て、ため息をついて、文句を呑み込んだ。

 そこで、私はようやく足を動かして、3人に合流する。


「なんなの、あいつら。感じ悪過ぎ」

「十中八九やっかみだろ。あいつら、最初の頃俺たちのグループに擦り寄って来てたし、自分たちが入れなかったグループに下に見てた鳴宮が入ったのが面白くねえんだよ」


 拓人と梨央、言葉にはしないけど、私ももちろん不快感を露わにして、男子たちが去っていた方を見ていた。


「……優陽くん、大丈夫?」

「……うん。俺なら平気だよ。このくらいは想定してたことだから」


 私たちに心配をかけないようにか、優陽くんが笑みを浮かべてから、「それに」と続ける。


「自分から分不相応だって、周りからなにか言われるって分かっててこの立場を選んだんだ。だから、これくらいの代償、なんてことないよ」


 優陽くんは、まったく淀みなくそう言ってのけ、揺るがない瞳で私たちをまっすぐ見てきた。


 その言葉を受けて、ぽかんとしていた拓人がニッと歯を見せて笑い、少し乱暴に優陽くんと肩を組んで、片手で頭を押さえ付けた。


 それを見て、梨央も軽く肘で優陽くんをつつく。


 そんな中、私はというと、


(か……かっこいいぃぃぃぃぃぃいいいいいっ! え、ちょっと待って!? いくらなんでもかっこよ過ぎない!? もーほんとこういうところが好き過ぎる!)

 

 限界化するのを必死に堪える羽目になっているのだった。

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