第60話 グループ加入後の朝の教室

 休日明けの教室は、いつもより周囲の喧騒が大きい気がする。

 多分、休みの間にあった出来事がそれぞれ違って、それを共有しようとしてるから、話が盛り上がるんだと思う。


 まあ、俺はぼっちだったので、憶測でしかないんだけど。

 ざわめきを縫うようにしながら、自分の席に向かう道すがら、それとなく先に登校していた芹沢さんたち、トップカーストグループの方をうかがう。


 視線の先では、藤城君がなにやら机に突っ伏して、ぐったりしていて、芹沢さんと和泉さんがそんな藤城君を見て、笑みを零していた。


(なに話してるんだろ?)


 席に着いてからもなんとなく、3人の方を眺めていると、ふと和泉さんがこっちを見てくる。


「……?」


 数秒ほど見つめ合って、不思議そうに首を傾げた和泉さんは、俺に向かってちょいちょいと手招きをしてきた。

 ……なんだろう?


 怪訝に思いながら、手招きされるまま、3人の方向へと向かう。


「おはよー、鳴宮」

「うん、おはよう。……それで、どうかしたの?」

「え、なにが?」

「なにがって、用事があるから呼んだんじゃないの?」

「え? いつまでもこっちを見てるまま来ようとしないから呼んだだけだけど?」


 ……あ。そっか。

 俺、このグループに入ったんだっけ。

 

「ごめん。まだちょっとこういうの慣れてなくて」

「あーそういうこと。大丈夫、徐々に慣れていけばいいよ」

「そーそー。この感じも、周りからの視線もね。おはよ、優陽くん」

「……そうだね」


 言われてから、周囲から視線を集めていることに気が付いた。

 まあ、そりゃ、陰キャが急にトップカーストグループに混ざるようになったら注目集めるよね。


 少し、いや……結構肩身が狭い思いになりながら、俺は気にしていないふりをして、「おはよう。芹沢さん」と返す。

 

 それから、未だに机に突っ伏したまま動かない藤城君を見た。


「藤城君、なにかあったの?」

「あーこれ? いつものだから心配しなくていいよ」

「いつもの?」

「拓人ってこの時期いつもこうなるんだよねー」

「この時期?」


 和泉さんと芹沢さんの返答に、首を捻っていると、


「……勉強、したくねえ……」


 地の底を這うような声が聞こえてきた。

 勉強って……ああ、そっか。


「テスト週間に入ったんだっけ」


 藤城君の弱々しい声音で、ようやく彼がこういう状態になってしまっている理由への得心がいった。

 来週から始まる中間テストに備えて、今日から1週間のテスト週間になったんだった。


 俺が呟くと、藤城君がのそりと顔を上げる。


「……やめろ、オレの前でその単語を出すんじゃねえ……」

「そんなに嫌なんだ……」

「拓人は毎回赤点回避に必死だからね。もっと前もって勉強しとけば、そうならずに済むのに」

「毎回赤点ギリギリだもんね」

「うるせえ……赤点さえ取らなきゃ進級出来るんだからいいだろうがよ……」


 ダメだ、ツッコミに覇気がまったく感じられない。

 

「その赤点回避対策を前もってしろって言ってんの。それ回避するのに毎回ひいひいなってるんだからさー」

「……それが出来る奴はそもそも普段から勉強してるようなタイプだっつうの」

「もーああ言えばこう言う。少しは鳴宮を見習いなよ、本当」

「そうだよ。参考までに優陽くんって最後のテスト何位だった?」

「最後って学年末だよね? えっと、確か……13位だったかな?」

「「「……」」」


 順位を言うと、なぜか3人が黙り込んだ。

 え? 聞かれたから答えただけなのに、なんでこんな空気に?


「……もうなんつうか、そこまでいくと化け物だぞ、お前。ちょっとキモい」

「化け物!? キモい!?」


 どうして急に人成らざるもの認定!?

 キモい自覚はあったけど、もしかして本当にそこまでキモい……?


 少なくないショックを受けていると、藤城君がやべっという顔をした。

 それから、俺があまりに悲痛な顔をしていたのか、慌てて捲し立ててきた。


「ち、違うぞ!? 見た目的な話じゃなくて、今のはお前のスペックがやばいって意味で悪口じゃねえからな!? あれだよ、友達同士のいじり合いみたいなやつ!」

「友達……」


 友達、友達かぁ……。なんていい響きなんだろう。

 言葉を噛み締めつつ、俺は「ねえ、藤城君」と口を開く。


「なんだよ?」

「その……俺たちって友達なの?」

「はあ!? お前マジで言ってんのか!? 嘘だろ!?」

「だ、だって藤城君と俺じゃなんか色々と違い過ぎるし、俺なんかが藤城君の友達を名乗っていいのか分からなくて……」


 そう言うと、藤城君が盛大にため息をついた。


「お前なぁ。同じグループにいて、連絡先も交換してるってのに友達じゃなかったらなんになるんだよ」

「……舎弟Cとか」

「なんでだよ! ってかAもBもいねえよ、誰だよそいつら!」


 いないらしい。

 いや、まあ分かってたけど、友達以外の立場なら舎弟かな、と思っただけで。

 

 というか、自分で想像したイマジナリー舎弟の中でも1番になれないのが、やっぱり俺らしい。


「まあ、拓人も元気になったところで鳴宮を見習って頑張らないといけないのは私たちも同じなわけだけど」

「別に拓人と違って私たちも成績が悪いわけじゃないんだけどね」

「一々オレと比べるなっつの……ったく。けど来ちまったもんは仕方ねえし、今回もお世話になります」


 藤城君が覚悟を決めた顔で机に手を付き、芹沢さんと和泉さんに向かって頭を下げた。


「えっと……お世話にって?」

「テストの度に私と空が拓人に勉強教えてるんだよ」

「その代わりに拓人が私たちに奢るっていう契約付きでね」

「ああ、なるほど」


 友達特有の勉強会ってやつだ。

 俺はやったことないから思い浮かびもしなかった。

 

 それにしたって、学年2大美少女から勉強を教えてもらえる権利なんて、お金が発生してもおかしくないイベントが日常的に起こるなんて、さすがイケメン。あ、お金は発生してるか。


「あ、でも今回は優陽くんもいるし、ちょっとは楽出来そうだね」

「それねー。ってことで頼りにしてるよ。13位様」

「うーん、期待してくれるのは嬉しいけど、人に教えたことがないから上手く出来るか自信ないよ?」


 頼ってくれる以上は、教えられることは教えるつもりだけど。

 そんなことを考える俺のことを、藤城君が申し訳なさそうに見上げてきた。


「悪い、鳴宮。手間かけさせて」

「そんな! 全然手間なんてことないよ! 俺は大丈夫だから!」


 上手く出来るかは分からないけど、晴れて友達認定してもらったわけだし、だったら俺は友達の為に尽力するだけだ。

 

「じゃあ、早速今日からだね。場所はどうしよっか? いつも通りファミレス?」

「あ、もしよかったら俺の部屋に来る?」

「……そりゃありがたいけど、いいのか?」

「うん。皆が嫌じゃないなら」

「場所提供してくれるっつうのに、嫌とか言うかよ。それに、実は鳴宮の部屋行ってみたかったんだよな」

「あ、私も。密かに友達が1人暮らししてる部屋に行ってみたいっていう願望があった」

「あはは、そうなんだ」


 こうして、テスト期間中の勉強会の場所が俺の部屋に決まったんだけど……。

 

 会話が盛り上がる中、その瞬間の芹沢さんの顔はどこか複雑そう、というか拗ねているように見えたのは、多分俺の気のせいだろう。

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