第59話 秘密の交換と誘い
それから、俺たちはそれぞれが自由に過ごす形で時間を潰していった。
芹沢さんはケガをしていてゲームが出来ないので、俺と乃愛がゲームをしているのを傍で見ていて逐一リアクション係に徹してくれたり、3人で協力出来るソシャゲで遊んだり。
はたまた、乃愛と芹沢さんがおすすめのVtuberを俺に布教してくれたりと、充実した時間を過ごせたと思う。
「――って、もうこんな時間?」
スマホの画面に表示された時間はいつの間にやら18時近く。
そろそろ晩ご飯の準備をしないといけないけど、その前に確認しておかないといけないことがある。
「乃愛? ちょっといい?」
パソコンの前に陣取って、FPSの練習をしていた乃愛に声をかけると、「ん、なに?」と椅子ごと振り返ってきた。
「俺と芹沢さんはこのまま一緒に晩ご飯を食べるけど、乃愛はどうする? よかったら、乃愛の分も用意するけど」
「あ、それいい! 私も乃愛ちとご飯一緒に食べたい!」
「……でも、さすがにいきなり1人分増やして作ってもらうのは手間もかかる」
「そんなこと気にしなくていいよ。今日は牛丼だから、具の部分を多めに作ればいいだけの話だし、ご飯は元から多めに炊くようにしてるから」
まあ、さすがに肉の部分は少し足りなくなるだろうし、ちょっと買い出しに行かないといけないだろうけど。
「……ん。そういうことなら、一緒に食べたい」
「ほんとに!? やたーっ!」
芹沢さんが満面の笑みを浮かべ、喜びを露わにする。
陽キャコミュ強なのに最初は気まずい空気になっていたとは思えないほどの打ち解けっぷりだ。
「じゃあ、俺はちょっと買い出しに行ってくるから」
「え。買い出しに行かないといけないなら、やっぱり私は遠慮して……」
「芹沢さん。乃愛のこと頼める?」
「りょーかーい! 任せといて」
乃愛に二の句を継がせないように、言葉を遮った俺は、2人を残して部屋をあとにした。
優陽が部屋を出ていったあと。
「ねね、乃愛ち。ちょっとこのゲーム教えてほしいんだけど、いい?」
「ん。いいけど、私上手く教えられないと思う」
「プレー見せてくれるだけで大丈夫!」
「それだけでいいの?」
「うん。プレーは出来ないけど、上手い人のを見て学べるものもあると思うし。そろそろ優陽くんに一矢報いたいんだよね。だから極秘特訓ってやつ!」
さっきまでの数時間で、空は乃愛が優陽と同程度のゲームの腕前だということは分かっていた。
それに、乃愛がまだ自分に対して壁を築いていて、ところどころで会話に困っていたことも。
なので、空は自分の練習兼、乃愛が無理に会話をしなくてもいいようにゲームという選択を取ったのだった。
(まあ、それだけじゃなくて聞いておかないといけないこともあるから、時間稼ぎって意味合いもあるんだけど)
話が話だけに、聞こうとしている自分にも心の準備が必要だ。
リクエストをしたゲームの準備をしている乃愛の背中を見ながら、空はその時を待つ。
「わっ、今のうまっ」
「ん。これを安定して出来ないと優陽くんには勝てない」
「えー出来るかなぁー」
「やれば出来る。やらないと出来ない」
「まあ確かに話しながらやってる人がこうして目の前にいるわけだしねぇー」
「ん。とにかく練習あるのみ。ゲームの上達に近道はない」
「肝に銘じます。あーでも見てたらめっちゃやりたくなってきたー! 早くケガ治らないかなー」
「私だったら2週間近くゲーム禁止されたら栄養素が足りずに死ぬと思う」
「あはは、乃愛ちにとってゲームは酸素と同じレベルなんだね! けど、私もラノベとかアニメとか禁止されたら同じことになる自信がある。ねえ、乃愛ちはなんか好きな作品あるの?」
「……ん。ハッピーエンドの作品は大体好き」
「あー! ハピエン村の住人か! けどそれめっちゃ分かる! ハピエン見たらこっちまで幸せな気分になるもんね!」
「ん。見てる側も幸せになってこそ、真のハッピーエンド」
「うんうん! ほんとそれ!」
空と乃愛の会話は盛り上がり始める。
(……この流れなら、言えるかも?)
乃愛ことをちらちらと横目でうかがいつつ、空は話を切り出すタイミングもうかがい続けていた。
(大丈夫。なんにもない感じでさらっと切り出せば——)
意を決した空が、口を開こうとしたところで、
「——空ちゃんは、優陽くんのこと好きなの?」
「……っ!?」
ぽつりとした声音で突然尋ねられ、空は肩を跳ねさせ、ぎょっと乃愛を見た。
なぜならそれは、空が乃愛に聞こうとしていたことそのものだったからだ。
「な、なんでっ!?」
「……最初、あれだけ露骨に牽制みたいな真似したから、もしかしたらそうなのかもとは思っただけ」
テレビから目を逸らさないまま、乃愛が淡々と答える。
空は、そんな乃愛を見ながら「そっかー、そりゃそうだよねー」と大きく息を吐き出した。
それから、ゆっくりと天井を見上げ、
「——うん。好きだよ」
なんの迷いも、躊躇いもなく、静かに紡いだ。
その言葉に今度は乃愛がぴくりと肩を揺らす。
「……乃愛ちは?」
空が聞き返すと、テレビ画面に向いていた乃愛の視線がちらりと空を捉える。
「好きなの? 優陽くんのこと」
空の問いかけに、乃愛は一拍置いて、ぽつりと口を開く。
「……分からない」
「……そう、なんだ?」
「……ん。好きってどういうこと?」
「……」
乃愛からの質問に、空はすぐに返事をすることができなかった。
その間に、乃愛が更に続ける。
「人としての好きと、異性に対しての好きの違いはなに?」
「……んー。ごめん、多分私は乃愛ちに対して、正しい答えを言ってあげられないと思う。というか、上手く説明出来る自信がないや」
「……そう」
空の返答に乃愛がぽつりと、呟き、テレビに視線を戻した。
見える横顔からは、なんの感情も読み取れない。
(優陽くんなら分かったのかな?)
さっきの数時間の間に、自分ではよく分からなかった乃愛の感情を上手く読み取っていたことは印象深い。
そんな2人の関係性に、少し妬けてしまうけれど、そんなことより今は、乃愛のことだ。
「それに、多分乃愛ちは人からこうだって言われても、自分で納得出来ないと答えにしないタイプじゃないかな?」
乃愛がぴくりと肩を揺らし、また空の方を見る。
「だから結局、その質問の答えは乃愛ち自身が見つけるしかないわけだね」
「……私、自身が」
「うんうん。まあ、その答えが見つかるまでに私が優陽くんを落としてないとも限らないから、あまりのんびりしてる暇はないかもしれないけど」
「……」
「と、言ってみたものの、まずはあの自分なんかが芹沢さんには釣り合わないって考え方をどうにかしないといけないだろうから、まだまだ時間はかかるだろうけどね」
空が呆れたように苦笑する。
その横で乃愛が「ん」と頷き、少し逡巡した様子を見せてから、静かに呟いた。
「……空ちゃん」
「ん? なあに?」
「私が白峰のえる」
「………………へ?」
それだけ告げると、乃愛はすっと視線をテレビに戻して、ゲームを再開し始める。
「え、い、いやいやいや!? なんで今の流れでさらっとゲームに戻れるの!? 嘘だよね!?」
「ん。空ちゃんが嘘だと思うならそれでいい」
「……」
乃愛の言葉に空が目を閉じて「んー」とか「あー」とか呻き声を上げる。
恐らく、あまりに似た声や、口癖、その他諸々の類似点を頭の中で照らし合わせているのだろう。
そして、意外にもすぐに情報の照査が終わったらしく、息を吐き出しながら、目を開けた。
「……ほんとっぽいね。乃愛ちがわざわざ私を騙す理由がなさすぎるし、それに似てる部分が多過ぎて誤魔化しきれない」
「ん。分かってもらえてよかった」
「でも、どうしてそれを私に?」
「……黙っていても、気付かれるのは時間の問題。なら、自分の口から話しておいて、周りに話さないでほしいとお願いしたかった」
「そういうことね。言われなくたって話したりしなかったけど、分かったよ」
「ん。ありがとう。……それと」
乃愛の話にはまだ続きがある。
「空ちゃんが優陽くんのことを好きって秘密を話してくれたから、私の秘密も話さないと公平じゃない」
もう1つの理由を伝えると、空は数回瞬きをした後、ぷはっと笑みを漏らした。
「あはははは! 乃愛ちってやっぱり変わってて面白いね!」
「……ん。お褒めに預かりまして」
こうして空と乃愛は、2人で秘密を交換し合った。
「——疲れた」
優陽の部屋で夕食を終え、自分の部屋に帰ってきた乃愛がぽつりと零す。
(……空ちゃんは悪い人じゃない。けど、やっぱり陽キャは苦手)
持ち前のポーカーフェイスで隠してはいたものの、同じ空間に自分とタイプが違い過ぎる陽キャがいるということに、乃愛はそれなりに気疲れしてしまっていた。
「……着替えるの、めんどう」
精神的な疲弊と、さっき空から言われたことがずっと頭の中をぐるぐると回っていることもあり、たったそれだけのこともひたすら億劫だった。
外行きの格好のまま、乃愛はソファに深く身を預け、習慣的にノートパソコンの電源を付ける。
(……なにか適当に動画でも見て、ぼーっとしてたい)
そう考えながらも、身体は無意識にまた習慣的にSNSのDMが届いていないかの確認を始めていた。
登録者数が20万人越えの人気個人勢Vtuberの乃愛の元には、少なからず他の配信者からのコラボのお誘いDMが届いたりするので、確認は怠らないようにしている。
と、言っても人付き合いが苦手な乃愛なので、基本的にはコラボを引き受けたりはしていない。
けれど、無視をするのはさすがに印象的によろしくない上、無碍にするつもりはないので、見逃して無視をすることにならないように、1つ1つしっかりと確認していく。
そんな中、
「……?」
DM欄ざっと流し見ていた乃愛の視線がなにかに引っかかったように、ぴたりと止まった。
そして、その文字が見間違いじゃないことを認識した乃愛の目が少し見開かれる。
「——株式会社すとりーむのほろぐらむ……?」
それは、配信界隈の人間だけでなく、Vtuberのファンなら全員が知ってるであろう、配信業を主に扱う企業の中でも最大規模の会社からの連絡だった。
そんな超大手が一体なんの用事なのだろうと、乃愛は疲れも忘れてDMを食い入るように読み始める。
「……え」
文面全てに目を通し終えた乃愛の口から、思わず声が漏れた。
そこに書かれてあったのは、すとりーむの中でもメインのVtuber事務所であるほろぐらむの次期の5期生となるメンバーとしてデビューしてみないかという旨の連絡。
つまるところこのDMは、個人Vtuberにとって一生に1度あるかないかの、大手企業からのスカウトの打診だった。
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