第55話 答え合わせ

「……本当にどうすればいいんだろう」


 芹沢さんが帰ったあと、俺は洗い物を済ませつつ、ひとりごちていた。


(このままだと気になり過ぎて明日は俺がゾンビになりかねない。かと言って、容易に聞いていいものなのかな……)


 現在、俺が悩んでいるのはもちろん乃愛のこと。

 彼女がVtuberであることを尋ねるのか、気付かなかった振りをするのか。


「……でもVの人たちなんて、絶対身バレとかしたくないはずだし」


 それなら、俺が選ぶべきなのはなにも知らないまま、乃愛と友達でいることで間違っていない。

 けど、そのまま上手く隠し通し、いつも通りに振る舞えるような自信は俺にはない。


(……なら、1度だけだ)


 1度だけ聞いてみて、違うと言われたら、それが嘘でも本当でも、俺はそれを信じて、2度と口にしないようにしよう。


「問題はいつ聞くかだけど……」


 話題が話題だけに、話を振るタイミングが中々難しい。

 俺が悩んでいると、つけっぱなしにしていたパソコンからポロンと音が聞こえてきた。


(今の音は、リスコの通知音。ってことは)


 俺にリスコでメッセージを送ってくる相手なんて、1人しかいない。

 

 まだなんて言って切り出すかは決まっていないけど、時間が経てば経つほど、自分の中の決心も鈍ってしまいそうだったので、向こうから声をかけてくれるのはナイスタイミングだ。


 俺はパソコンの画面に目を落とし、届いたメッセージを確認する。


『話せる?』


 その文字を確認した俺は、『大丈夫』と返す。

 すると、すぐにボイスチャットの方に乃愛のアイコンが表示されたので、俺もヘッドホンをかけ、あとを追うように通話ボタンを押した。

 

『こんばんは、優陽くん』

「うん。こんばんは、乃愛」

『なにしてた?』

「皿洗ってたところだよ」

『……もしかして邪魔した?』


 耳元から少し不安そうな声に、俺は相手から見えもしないのに首を軽く横に振った。


「いや、ちょうど終わったところだったから」

『ん。ならよかった』

「乃愛の方はなにしてたの?」


 Vtuberのことについて聞きたいけど、急にぶち込むわけにはいかない。

 ひとまず、俺は別の話を振り、タイミングを探っていくことにした。


『ん。格ゲー。今日はずっと練習してた』

「ずっとって、もしかして1日中? よく途中で飽きないね」

『ゲームが好きならこれが普通じゃないの?』

「んー、俺もゲームは好きだけど……さすがに1日中格ゲーの練習は無理かな。凄いね、乃愛は」


 RPGとかは1日中出来るし、やっちゃうことも多いけど、自分の技量が必要になってくるアクション系や格ゲー、FPSなどは地道な練習が必要で、俺なら絶対に途中で別のゲームやアニメなどの息抜きを挟まないと出来ない。


『ん。楽しい。私はそれでよく時間の経過を忘れる。ご飯も食べ損ねたりすることが多い』

「自慢気にしてるところ悪いけど、それはちょっと褒められたことじゃないよ?」

『……声だけで顔も見えないのに、今のよく自慢気にしてるって分かったね』


 耳元から乃愛の少し驚いたような声が聞こえてくる。

 

 感情が表に出づらい乃愛だけど、よくよく聞けば分かりづらいだけで、意外と理解出来たりはするんだよね。

 まあ、人の声を聞き逃さないようにしている俺だからこそ気付けるのかもしれないけど。


「なんとなくそうかなって思って」

『……自分でも感情を声に乗せるの下手くそって思ってるのに、顔も見ず正確に読み取れるの凄い。もうエスパーを名乗っていいレベル』

「あはは、大げさだよ」

『……全然大げさじゃないけど、優陽くんがそう思うならそれでいい』


 乃愛が呆れたようなニュアンスでそう呟いて……ってなんか本当に結構分かるようになってきた。


『優陽くんの方は今日なにしてた?』

「俺? 友達と遊んでたかな」

『……友達って、例の陽キャの?』

「うん。そうだよ」

『……優陽くんの部屋で2人きりで?』

「そうだけど、それがどうかしたの?」

『……別に』

 

 全然別にって感じじゃない返答だ。

 なんかちょっと機嫌悪くなった?


『……ちなみに、その子って可愛い?』

「え、うん。可愛いけど……なんで急にそんなこと聞くの?」

『……可愛い子と部屋で2人きり……ふーん……』


 さっきよりも気持ち数段ほど機嫌が悪くなった声音が耳朶を打つ。


「……えーっと、もしかして、俺またファッション陰キャ疑惑をかけられてる真っ最中……?」

『ん。ファッションエスパー陰キャ』

「肩書きがどんどん付け足されていってる!?」


 これ以上増やされたらたまったものじゃないけど、逆にこのまま増えていったらどうなるんだろうと気になる自分もいる!

 

『優陽くんは陰キャとしての自覚が足りないと思う』

「い、いやいや! これ以上ないくらい自覚してるよ!?」

『ん。美少女を部屋に連れ込める陰キャなんて陰キャじゃない』


 な、なんだかよく分からないけど、今までのファッション疑惑認定よりも大層機嫌が悪く聞こえるんだけど、き、気のせいかな……?

 もしかして連れ込んでいた陽キャの友達が可愛い子っていう情報が付け足されたから? で、でもその理論でいくなら……。


「だ、だったら俺は乃愛も部屋に招けなくなるんだけど……」

『……? どういう意味』

「だって乃愛も可愛いし……」

『………………』

「あれ? 乃愛?」


 向こうからなにも反応が返ってこなくなった。

 通話が切れたのかと思ったけど、繋がったままだし……。


「もしもし? 聞こえてる?」

『……き、聞こえてる』

「あ、よかった。いきなり音が聞こえなくなったから、トラブルでも起きたのかと思った」

『き、気にしないで。いきなり可愛いって言われて驚いただけ』

「え? そんなに可愛いんだから、可愛いなんて言われ慣れてるでしょ?」

『~~~っ! も、もういいから話の続きに戻ってほしい……!』


 なにか焦ったような声音が聞こえてきた。

 なんでこんな焦ってる……いや、これは照れてる、のかな?

 まあ、乃愛がそう言うなら話に戻るけどさ。

 えっと、どこまで話したっけ……? そうだ、芹沢さんと部屋で遊んでて……って、あ。


(そこで、俺は芹沢さんがハマっているVtuberの話を聞いて、それで)


 俺は白峰のえるの動画を見たんだ。

 そこまで思考した俺の口は、自然と動き始めた。


「……ねえ、乃愛」

『……ん。なに?』

「俺さ、今日友達に教えてもらって、Vtuberの昨日あげられたばかりの動画を見たんだけどさ」


 そこで、俺は一旦言葉を区切り、小さく息を吸い込んで気持ちの準備を整えてから、そっと口を開いた。


「――白峰のえるって、知ってるかな?」


 問うと、乃愛は『……ん』と小さく逡巡をするような声を漏らし、


『……知ってる。私のことだから』

「そうなんだ。……って、ええ!?」

『……? どうして驚くの? 分かってたから聞いたんじゃないの?』

「そ、そうだけど、そんなにあっさり明かしてくるなんて思わなくて……」


 てっきり誤魔化されるものだと思ってたし。


『ん。もうバレてるなら隠しても無駄。それに、いつかは話そうと思ってた。それがこのタイミングだっただけ』

「……なるほど」


 納得のいく理由だった。

 それに、もし、俺が乃愛の立場だったら同じ選択をしてるはずだ。


「もしかして、あの入ったらダメな部屋ってさ、配信部屋だったりする?」

『ん、そう。正体がバレてないのにバレるのと正体に気づかれてから自分でバラすのは違う。だから、あそこで見られるのは困るから、必死に隠した』

「そうだったんだ」


 そりゃ、確かに見られた困るよね。

 配信者として、正体を知ってる人間は少ない方がいいだろうし、友達だろうと簡単には話せないことだし。


 

 もし、俺が白峰のえるの正体を知って、うっかり拡散でもしてしまったら、そこから更に広がってしまう可能性だって否定しきれないだろうし。


 まあ、話せる人って言っても芹沢さんくらいしかいないし、勝手に話さないけど。


「……でも、どうして俺に正体を知られることが燃え上がる……炎上ってことになるの?」

『ん。配信者は正体を知られたら、絶対大なり小なり盛り上がるから。いい意味でも悪い意味でも』

「あーなるほど、そういうこ……ん? あれ? 乃愛って自分の写真とかネットとか、周りに出回ったりしてる?」

『ん、ない。友達もいなかったし』

「あと、乃愛自身は有名人?」

『……? 全然そんなことないと思う』

「それなら仮に俺がネットとかで白峰のえるの正体を白崎乃愛だーって言っても顔バレの心配とかなくない? 顔も名前も知られてないんだから」

『………………その発想はなかった』


 ……うん、まあ、知られないに越したことはないからね。


「で、もう1つ聞きたいことがあるんだけど」

『ん、なに?』

「Yちゃんってなに?」

『ん。Yちゃんはネットでたまたま知り合った世話焼き系の黒髪セミロングの女の子。家事をする時には髪を結ぶのが個人的なポイント』

「いや、なんで俺の性癖を知ってるのか知らないけど、聞きたかったのはそんな話じゃなくて、なんで俺が女体化してるのかって説明なんだけど」

『さすがに配信者が異性と部屋で2人きりとかそれこそ炎上案件。それで優陽くんには性転換してもらうことにした』

「あーそういうこと――」

『――ところで優陽くんの性癖ってなんの話?』

「………………ふっ、誘導尋問なんて腕を上げたね」


 沈黙の末、俺が無駄にニヒルな笑みを口元に湛えながらそう言うと、


『別にしてない。そっちが勝手に自白しただけ』


 ごもっとも過ぎる指摘が返ってきて、俺は「ですよねー」と返すしかなかった。

 まあ、なにはともあれ、やっぱり俺の友達は人気Vtuberの中の人でしたってことで。


 とんでもない秘密を知ってしまったけれど、俺たちはそのあといつもと変わらずにゲームをして過ごしたのだった。

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