第56話 陰キャと修羅場

 いきなりだけど、世界1落ち着く場所ってどこだと思う?

 まあ、人によって答えは色々とあると思うけど、やっぱり俺は自分の部屋が1番落ち着くと思うんだよね。

 

 ほら、旅行から帰ってきた時の常套句って、あーやっぱり自分の部屋が1番だなーだし。

 特に俺たち陰キャなんて生き物は、とにかく部屋がもはや聖域と言っても過言じゃないからね。


 うん? なんでいきなりこんなことを聞くのかって? 

 ああ、やっぱり意味が分からないよね、ごめんごめん。


 どうしてこんな脈絡もなくこの質問をした理由を説明するとね?


「……」

「……」


 俺の部屋の中で、俺の友人たる2人の美少女がなにも言わずに黙り込んでて超気まずいからなんだよね。


 片や、俺のクラスメイトで初めての友達兼オタ友の陽キャ美少女、芹沢空さん。

 

 片や、ゲームのオンライン対戦で出会って仲良くなった、俺の2人目の友達で天下無双の引きこもり兼、実は人気Vtuberの白髪美少女、白崎乃愛さん。

 

 そんな2人が世界1落ち着く場所のはずの俺の部屋を世界1気まずい空間に変えてしまっているという現状なんだよね。


 ね? つい現実逃避で心の中で誰かに話しかけたくなるような状況でしょ?

 

 多分、初対面の友達の友達相手になにを話していいのか分からないんだろうし、それなら俺が場を回せばいいと思うでしょ? 

 

 逆に聞くけど、ついこの間までぼっちだった現陰キャにそんな高等コミュニケーションが出来るとお思いで?

 

 まあ、現実逃避をしたり、開き直ったところで今この状況が好転するわけじゃない。

 ……それは分かってるけど、もう少し俺の現実逃避に付き合ってほしい。


 とりあえず……ことの始まり。どうしてこんな状況に……芹沢さんと乃愛が俺の部屋にいるのか、ということを回想させてもらう形で、更に現実逃避させてもらうとしようかな。






 芹沢さんと遊んだり、乃愛がVtuberだったということが発覚した翌日の昼頃。

 俺がソファで寛ぎながら、何度も観たお気に入りの劇場アニメを流し、ラノベを読んでいると、


 ——ポロン。


「ん?」


 パソコンの方からした音に、俺は読んでいたラノベから顔を上げてそっちを見た。


(リスコの通知ってことは乃愛からメッセージ? なんだろう?)


 首を傾げつつ、俺はローテーブルに置いてあったスマホを手に取り、スマホの方でリスコの画面を開く。


『ひまー』


 どうやら乃愛が相手をご所望らしい。

 俺はくすりと笑い、文字を打ち込んでいく。


『じゃあゲームでもする?』


 そう返信すると、返事を考えていたのか、少し間が空いてから、


『それなら』

『今から優陽くんの部屋に行ったらダメ?』

『この距離ならオンよりオフでやった方が早いと思う』


 ふむ。確かに一理ある。

 夜には芹沢さんが晩ご飯を食べに来るけど、まあ大丈夫だよね。

 そこまで考えて、俺は親指を動かした。


『いいよ』

『なら、すぐに行く』


 その返信から数分後、文字通りすぐにインターホンが鳴らされた。

 

 俺がオートロックを解除すると、間もなく今度は部屋のインターホンが鳴ったので、モニターで外にいる乃愛に鍵は開いているということを伝える。


 それから、時間を置かずにリビングの扉が開かれ、頭に黒い帽子を被った乃愛がひょこっと顔を覗かせた。


「いらっしゃい」

「ん。お邪魔します」


 俺と目が合って律儀にぺこりとお辞儀をしてからリビングに入ってきた乃愛は、肩から腕の部分が白で、それ以外がカーキ色の胸の辺りに大きめなボタンが3つ付いたワンピースという服装だった。


(ただ数メートル先にある俺の部屋に来るだけなのに、よくちゃんとおしゃれ出来るよなぁ)


 俺なら絶対に人に見られても変じゃない格好で済ませているところだ。


「昼はなにか食べた? まだならなにか作れるけど……」

「ん、食べた。残念」

「そっか。けど、昨日作ったマドレーヌがあるから、あとで出すよ」

「楽しみ」


 乃愛はわずかに頬を緩め、ぽすんとソファに腰を下ろした。


「……あ。そうだ、優陽くん」

「ん?」

「私もこの部屋に自分のもの置きたい。クッションとか。……いい?」


 まあ、芹沢さんも色々と置いてるし、乃愛だけダメってことはないよね。


「うん、いいよ」

「ん。それなら早速」


 そう言って、乃愛は背負っていた鞄からずるんとクッションを取り出し、きょろきょろと辺りを見回してから、ソファの隅に配置してから満足そうに頷く。

 

 もう持って来てたんだ。


「そう言えば、今日は配信はあるの?」

「ん。今日は休み」

「そうなんだ。あ、チャンネル登録させてもらったよ」

「嬉しい。ありがとう。……でも、これから友達が見ると思ったら少し緊張する」


 そんな会話をしながら、俺と乃愛はゲームに興じ始め、あっという間に数時間ほど経過したところで、


 ——ピロン。


 スマホが通知音を鳴らした。


「ごめん、俺だ。ちょっといい?」

「ん」


 一旦コントローラーを置き、スマホを確認すると、そこに表示されていたのは、


(芹沢さん? なんだろう?)


 芹沢さんからのRAINだった。

 怪訝に思いながら、スマホを操作して芹沢さんとの個人チャットを開く。


『(芹沢空)あのさ、優陽くん』

『(芹沢空)実はケガしてるからって早めに友達と遊ぶの切り上げることになって』

『(芹沢空)今優陽くんの家の近くにいるんだけど』

『(芹沢空)1回部屋に帰るのも手間だし、今からそっちに行っちゃダメかな?』

「え」


 送られてきたメッセージに、俺は思わず声が漏れた。

 

「……どうしたの?」


 その声に反応した乃愛が、こてんと小首を傾げながら話しかけてくる。


「いや、えっと……実は今日、友達と一緒に晩ご飯を食べる約束をしてたんだけど、なんか予定が早く切り上がったとかで、今から部屋に来たいって連絡が来て……」


 説明すると、乃愛がぴくっと少し肩を動かした。


「……友達って例の陽キャオタク美少女? 今からこの部屋に来るの?」

「え、えっと、まだ返事してないけど……やっぱりOKしたらまずいよね?」

「……」


 さすがに友達の友達が同じ空間にいるのは乃愛からしたら気まずいだろうし、ここは断るべきだってことは俺にも分かる。

 

 ここで断ったとしても芹沢さんとの約束は夜なわけで、そこをキャンセルするわけじゃないんだから、今は乃愛との時間を優先するのが筋だろう。


 そう思い返信しようとしたところで、


「………………別にいい」

「へ?」

「呼んでも、いい」


 意外な返答に、俺は数度目を瞬かせた。


「ほ、本当にいいの?」

「ん。いい」


 念の為に聞き返してみたけれど、返ってきたのは淡々とした返事と、いつもの無表情だった。

 ここまで淡々とされてると、なにを考えているのかはさっぱり読めない。


(……まあ、乃愛なりになにか考えがあるのかも)


 不安はあるけど、俺は乃愛の意見を尊重し、「分かった。じゃあ呼ぶね」と頷いた。

 それから、芹沢さんに返信を返す。


『(優陽)部屋に来るのはいいけど』

『(優陽)今、乃愛が部屋に来てるんだよね』

『(優陽)一応乃愛に聞いたら、芹沢さんが来ても大丈夫って言ってるから』

『(優陽)芹沢さんの方も乃愛がいても大丈夫なら、来てもいいよ』


 ひとまずそう送ると、すぐに既読が付いた。

 けど、数分経っても返信が返ってこない。

 やっぱりなにか思うところがあるんだろうなー、と思っていると、


『(芹沢空)私も大丈夫だから』

『(芹沢空)今から行かせていただきます』


 なんで急にそんな仰々しい言葉遣いに……? まあいいか。


「今から来るって」

「………………ん」


 なんかやたらと溜めたような相槌だったような気がしないでもないけど、まあ、緊張してるのかな。


 そんなことを考えながら、芹沢さんにRAINで部屋の鍵は開いてるというメッセージを送って、待っていると、本当に近くにいたらしく、ほとんど時間を置かずにエントランスのインターホンが鳴った。


 あらかじめ解錠ボタンの近くに立っていた俺は、手早くオートロックを解除する。

 すると、不思議と少し時間がかかってから、玄関の方からかちゃりと音がした。


 そして、やたらと静かな、踏み締めるような足音がゆっくりと近づいてきて、扉もゆっくりと開けられ、芹沢さんがなぜか恐る恐る入ってきた。


「いらっしゃい、芹沢さん」


 声をかけると、芹沢さんは「う、うん。お、お邪魔します」とやたら硬い声音で答え、視線を乃愛の方に向ける。


 一方の乃愛も、芹沢さんの方に視線を向け、2人の目が合う形になった。


「……」

「……」


 それから、2人はどこか探り合うような視線でお互いを見つめ合い、先に芹沢さんが口を開いた。


「……は、初めまして」

「……初めまして」


 そう交わしたきり、2人は黙り込んでしまい、部屋の中が沈黙で満ちてしまう。


(……え、なにこの空気。なんか俺まで気まずくなってきたんだけど……?)


 回想終わり。

 そして、今に至る。






***


あとがきです。


遂にこの作品のフォロワーが1000人に到達しました!

本当にありがとうございます!


引き続き投稿していくので、


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