第54話 陰キャ、その感情には気付けない

「——くん……?」


 かつん。


「——うひくーん?」


 かつん。


「——おーい?」


 かつん。


「——優陽くんってば!」


 そこで、俺は自分の意識の焦点がようやく、この場に戻ってきた。

 

「……あ、な、なに? どうしたの?」


 ひとまず返事をすると、目の前に座っている芹沢さんが、片頬を膨らませる。


「もーっ、どうしたのはこっちのセリフだよ。話しかけても、スプーンで永遠に虚空すくって空気を口に運び続けてるしさぁ」

「え、マジで?」


 手元を見ると、一応半分ほど減ったオムライス。

 どうやらここからなにも減っていないらしい。

 ここまで食べた記憶すらないけど。


 ちなみに、今はもう夕方になっていた。

 芹沢さんが今の時間まで起きなかったので、昼ご飯の予定だったオムライスはこうして晩ご飯になった。

 

 と言っても、昼からここまでの記憶はずっとおぼろげで、どうやって過ごしたのかも、料理の準備をしたのかもよく覚えていない。


 乃愛が実は人気Vtuberなのではという事実はそれほどまでに強烈で、ついついずっとそのことについてぼーっとするほど考え込んでしまったわけだ。

 

 それなのに、よくこんなトロトロ半熟たまごのオムライスを作れたものだと我ながら関心してしまう。


「私が不覚にも無防備に寝てる間になにかあったんでしょ?」

「……まあ、なかったって言っても信じてもらえないでしょ?」

「うん。……あ。もしかして、うっかり見てしまった私の寝顔があまりにも天使過ぎたから心奪われちゃった感じ?」

「ちょっとなに言ってるのかよく分からないかな」


 可愛かったことは認めるけど。

 もはやお馴染みになってきたやりとりをしていると、芹沢さんが肩を竦める。


「おーけー、分かったよ。私には言えないことってことだね」

「……まあ、そうだね」


 ——君の推してるVtuber、多分俺の友達だよ。


 なんて言えるわけがないし、勝手に話してもいいような話じゃないだろう。


「それにしても、よくそこまで分かったね」

「だって君のそれがもし、私に関する隠しごとならそんな風に隠そうとするわけないもん。さっきの問答の二言目には、隠しごとしてる方が後ろめたくなって、素直に白状するタイプでしょ、君は」

「……それは確かに」

「でしょ? だから、その悩みはきっと私以外の他の人のことで、簡単に、もしくは勝手に打ち明けちゃダメな類なものだとみた。どう?」

「……お見事だよ。名探偵」


 見事なまでの洞察力に、俺は思わず犯行を言い当てられた犯人みたいなセリフを呟いてしまう。

 そんな俺の言葉を聞いた芹沢さんが、得意気に胸を張った。


「ふふん。君のことなら世界で3番目に分かる自信がある」

「そりゃ大きく出たね。ちなみに1番と2番は?」

「そりゃご両親でしょ。というか、優陽くんの知り合いが少な過ぎてどうしたって自動的に私が3位にランクインするんだよ」

「……誠に申し訳ない」


 最近は知り合い、もしくは友達と呼んでも差し支えない人たちも増えてきたけど、まだ片手に数えられるくらいしか増えていないので、多分そのランキングに入るのは必然的に付き合いが長い順になる。


 なにが大きく出たね、だ。知り合い少ない癖に調子に乗って恥ずかしい。トラックに撥ねられて異世界に消えてしまえ。望むところだ。


「それにしても」

「うん?」

「可愛い上に頭も切れる。我ながら自分で自分が末恐ろしいよね」


 ……本当にそれがなければ素直に称賛出来るのに。






「本当に送らなくてもいいの?」


 夕食を食べ終え、アニメを観たり、ゲームをしたり、ラノベを読んだりして、お互いが好きなように過ごしていると、芹沢さんがぼちぼち帰ると言い出した。

 なので、俺は送ろうかと申し出たんだけど、そこまでしてくれなくてもいいと断られてしまったのだ。


「うん。別に遠いわけじゃないしね」

「そっか。街灯はあるけど、外は暗いんだからこけないように気を付けてね」

「あはは、心配し過ぎだって。でも、ありがと。心配してくれるのは嬉しいよ」


 そう言って、芹沢さんははにかむ。

 まあ、確かにちょっと心配し過ぎたかな。


「じゃあまた明日、晩ご飯食べに来るってことでいいんだよね?」

「あ、あー……う、うん。で、でも本当にいいの? ケガが治るまでって2週間くらいあるんだけど……」

「大丈夫だよ。自分で引き受けたことなんだし、責任持って引き受ける。だから、気にしないでよ」


 芹沢さんの目を見つめ、にこりと笑うと、なぜか彼女は「う……」とたじろぎ、少し頬を赤くしていた。

 怪訝に思っていると、


「そ、そういうことなら遠慮なくたかりに来るからね? 言質は取ったからね? 今更ダメって言うのはダメだからね?」


 たかりにって、言い方。

 焦ったように早口気味に捲し立ててくる芹沢さんに、俺は苦笑を漏らす。


「言わないって。男に二言はない。あとなにか食べたいものがあったら、随時リクエストは受け付けておりますので」

「そ、それは助かりますです、はい」


 なぜそんな変な言葉遣いに? と思ったのも束の間、


「で、では! また明日! あ、食べたいものがあったら連絡するから!」


 俺が返事をする間もなく、芹沢さんは慌ただしく部屋から去っていった。


「……もしかしてトイレでも我慢してたのかな?」


 あまりの慌てっぷりにそう呟くしかない俺だった。






 鼓動がうるさい。

 

 優陽くんの部屋から逃げるように去ってきた私は、恐らく赤く染まりきってるであろう、この顔を誰にも見られないように俯きがちにしながら、とにかく早歩きで家に向かって歩いていた。


 ——なんだ、あの真っ直ぐな目は。

 ——なんだ、あの柔らかい笑顔は。


(……あんなのいきなり向けてくるとか、ずるだよ! ずる!)


 いや、今までだってそういうことはあったけど、好きになってからやられると威力が全然違う。

 心臓止まるかと思った。ほんとに。


(あとなんかもう気遣いが嬉し過ぎる)


 彼の優しさは今の私には毒そのものだ。

 抗えない。

 思わず逃げるように部屋を出て来たことは、なんか悔しい。けど、好き。


(……でも、今日の感じだとやっぱり異性としての好意は持たれてないよね)


 意識はされてると思うけど、それは恋愛的な意識の仕方じゃない。

 なんで私だけがこんなにドキドキしないといけないんだ。ずるい。でも好き。


「——絶対に意識させてやるんだから」


 私は誰に聞かせるでもなく、自分自身に誓うように、ようやく熱が引いてきた顔をあげ、決意を込めて呟いたのだった。

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