第53話 そうして、陰キャは気付いてしまう

「で、ここでショートカットが出来るから……」


 芹沢さんがレースゲームがやってるところが見たいというので、俺は要望通りレースゲームをプレイし始めた。

 ところどころ解説を交えつつ、プレイを進めていると、肩にぽすんと軽い衝撃が走った。


 びっくりしてそっちを見ると、芹沢さんが俺の肩にもたれかかってきていて、俺は更に声を上げながら驚いてしまう。


「ちょ、せ、芹沢さんっ!?」


 声をかけても、芹沢さんは離れる様子を見せない。

 かと言って、激しく突き放すわけにいかずに、俺は身動きが取れない状態に。


 その間にも、彼女の柔らかなそうな髪から香る花なのか果実なのか、俺の語彙では言い表せないようなとにかく甘い匂いが、俺の理性をくすぐってくる。


「……あれ?」


 そこで、俺はこんな状況にも関わらず、なにも反応をしてこないのに、芹沢さんの肩が規則的に上下していることに気が付いた。

 

 不思議に思い、そっと顔を覗き込むと、そこには目を閉じて、寝息を漏らしているあどけない寝顔があった。


(……寝てる)


 どうやら、寝落ちしてしまったらしい。

 

「そう言えば、一睡もしてないって言ってたっけ」


 くぅくぅと寝息を立てる愛くるしい寝顔を見ながら、俺は呟いた。


 それなら、このまま寝かせておいてあげようかな。

 と言っても、さすがにこのまま肩を貸し続けるというわけじゃない。


 こんなまつ毛の長さまで確認出来る距離にずっといたら俺が死んでしまう。


 俺は、芹沢さんを起こさないようにしつつ、傍に置いてあったクッションを掴んで、芹沢さんの頭の下に敷いた。

 それから、寝室の方からブランケットを適当に持って来て、そっと被せた。


(それにしても、相手が俺とはいえ、いくらなんでも無防備過ぎない?)


 安心しきっているのか、とてもよく寝ている。

 

「信頼されてるのかな」


 そうなら嬉しいけど、多分異性として見られてない可能性の方が高いだろう。


(って、いつまでも寝顔を眺めてたら、また可愛いって200回くらい言えとか言い出しそうだ)


 そのくらいで美少女の寝顔を見られるのなら安いものなのかもしれないけれど、いつまでも好きでもない異性に寝顔を見られるのは、芹沢さん的にも望んでいないはず。


 そう判断した俺は、その場を離れ、そっとゲーム機の電源を落とす。


(さて、これからどうしよう。時間的に昼ご飯作ってもいいけど、物音で起こしちゃいそうだしなぁ)


 まだ眠り始めてそんなに時間も経っていないし、それだけは避けたい。

 

 幸い、今日はオムライスにしようと思っていて、チキンライスは既に作ってあるので、あとは卵を焼くだけ。時間はかからないので後回しにしてもいい。


「大人しくラノベでも読んでようかな……?」


 そう思い、本棚に目をやったところで、俺の脳裏にふと、ある考えがよぎった。


(せっかくだし、Vtuberの動画でも見てみようかな)


 オタクトークの幅が広がれば、芹沢さんも喜ぶだろうし。なにより、俺も興味がなかったわけじゃない。


 いつか見ようとなんとなく先送りにし続けた結果、結局動画を見る機会を逃し続けていただけだ。

 なら、話題に上がった今がその見る機会なはず。


 俺は早速パソコンの前に移動し、動画サイトを開き、検索欄に文字を打ち込んでいく。


「……えっと、確か、しらみねのえるだっけ?」


 芹沢さんが最近ハマっていると言っていた人は、確かこんな名前だったよね。

 

「あ、この人かな」


 1番上に出てきたサムネイルに表示されていたのは、どこかやる気のなさそうに見える小さな羽が背中から生えた天使のようなアバターだった。

 恐らく、有名なFPSゲームをプレイしている切り抜き動画だ。

 

(ゲームが上手い人らしいし、楽しみだなぁ)


 ヘッドホンをかけ、俺は再生ボタンをクリックする。

 すると、切り抜き動画でよくある簡素なオープニングを挟んでから、動画が始まり、コントローラーを握った天使がゲームをしながら喋り出した。


『……ん。右から敵。……シールド割った。……キル取った』

『味方さん、ナイスアシスト』

『ん。物陰に敵がいた。回り込んで対処する』

『やった、チャンピオン。今回はのえらーさんたちに助けられた。ありがとう』


 どうやら、リスナー参加型の企画をしていたらしく、芹沢さんが言っていた通り、どのプレイも危なげなく上手い。

 だけど、そんな上手いはずのプレイは俺の頭に残ることはなく、全てが綺麗にすり抜けていった。


 なぜなら、動画の内容よりも、俺は別の部分に意識を持っていかれてしまっていたから。


「……この声、乃愛……?」


 ――このVtuberの声があまりにも自分の友人のものに酷似していたから。

 

 抑揚がなくて淡々としているのに聞き心地のいい声から、言葉の頭に付けている口癖も、なにからなにまでそっくりだった。


(い、いや……いくらなんでも他人の空似だよね?)


 自分がたまたまゲームで知り合い、友人になった相手が実は人気Vtuberだったなんてそんなことがあるわけがない。

 

 あまりにもバカバカしい自分の予想を軽く笑いつつ、俺は白峰のえるのチャンネルに飛び、昨日上がったばかりの真新しい動画をクリックする。


『――皆ー、こんのえー。白峰のえるの配信のじっかんっだよー』


 聞こえてきた挨拶は、やっぱり昨日も聞いた友人の声に酷似していて。

 俺は冷や汗を流しながら、動画を流し続ける。


『――ん。あった。実は今日、のえの初めての友達、Yちゃんと遊んだ』

『――最初はYちゃんの部屋だったんだけど、のえが部屋の片付けしてないって言ったら片付けに来てくれて』

『――Yちゃん片付けもやってくれて、しかも晩ごはんまで作ってくれた』

『――肉じゃが。もの凄く美味しかった。ご飯粒が口元に付いてるの取ってもらったりした』

『――ん。スパチャありがとう。……それで、Yちゃんにお金を渡そうとしたら、少し怒られた』

『――ん。労働には対価が必要だから。でも、自分がやりたくてやっただけで、友達からお金は受け取れないって断られた』

『――それなら、お手伝いさんとして雇うって言ったんだけど……』

『――ん。お金を受け取ったり、雇用関係になったら純粋な友達とは言えない。私はのえと対等な友達でいたいから、その提案は絶対に呑めないって』


 動画が先に進んでいくに連れ、バカバカしいと思っていた考えが徐々に真実味を増していく。

 だってそれは、俺が昨日友人に対して行ったアクションのダイジェストでしかなくて。


 世界中のどこで、こんな出来事が2つと同時に起こるというのだろう。

 というか、途中にあったコメントで、このYちゃんとやらと出会った経緯でもう続きを見るまでもなく、気付いていた。


 つまり、なにが言いたいのかというと、


「――俺、女体化してる上……俺の友達、人気Vtuberじゃない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る