第52話 陰キャと陽キャ美少女が、ただただ部屋の中で会話をするだけの話

「――んーっ! これ美味しーっ!」


 初っ端から色々とバタバタしてしまったものの、気を取り直して作ったレモンマドレーヌを口にしてもらうと、ソファに座った芹沢さんが足をパタパタと動かす。


「よかった。自分では味見したんだけど、芹沢さんの好みが分からなかったから」

「この絶妙な甘さが徹夜明けの身体に染み渡るよー」

「なんかその言い方は夜勤明けの社会人みたいで可愛さがまるで感じられないんだけど……」

「いやいや、それこそ甘いよ、優陽くん。私の可愛さがこんなことで揺らぐわけがないから。洋菓子を頬張ってる超級美少女は最強のバフがかかってる状態だから」


 確かにSNSとかで上がってる甘いものを食べている美少女のイラストは可愛いし、言わんとせんことは分かるんだけど、美少女の口からそれを改めて説明されるとなんか納得しづらいのは、なんでだろう。

 

 ……まあ、美味しそうに食べてくれてるしいいか。

 それにしても。


「芹沢さんって優しいよね」

「んっ!? けほっ、けほっ!?」


 思ったことを口にすると、マドレーヌを頬張っていた芹沢さんがなぜか派手に咳き込んだ。

 

「だ、大丈夫? はい、飲み物」


 手元にあったマグカップを渡すと、芹沢さんは一息に飲み干す。

 そして、落ち着いてきたのか、俺の方に恨みがましい目を向けてくる。

 

「……? 俺そんな変なこと言った?」

「と、突然言われたら誰だって驚くって!」

「え、ご、ごめん……?」


 予想外に語気強く言われてしまい、ついつい謝ってしまう。

 確かにちょっとタイミングは悪かったけど、そんなに驚くことかな? 


「そ、それで、私が優しいってなんのこと?」

「だって、出会ったばかりの人と遊ぶ俺を心配してあとを尾けてきてまで見守ってくれてたんでしょ? だから、友達想いだよなーって思って」

「……」


 俺がそう言うと、芹沢さんの顔から表情が消えた。

 それから、凄く真面目な表情で「……ねえ、優陽くん」と切り出してくる。


「今すぐ私をぶん殴ってくれないかな」

「どうしたの急に!?」


 一体今のやり取りのなにが彼女をこんな言動に走らせるに至ったの!?


「気にせずに一思いにやって! 私は今すぐに罰されないといけないんだよ……!」

「いやいやいや! 意味分からないから!」


 俺は瞳をぎゅっと閉じて殴られ待ちの体勢に入る芹沢さんを慌てて止める。

 芹沢さんが自慢の可愛い顔を殴れって言うなんて、よほどのことだ。


「いくら殴られるのを待たれても、女の子を殴れるわけないでしょ。ほら、俺の分もマドレーヌ食べていいから」


 まして、相手はケガ人だ。

 いくら芹沢さんが殴られることを望んでいたとしても、そんなお願いを叶えてあげるわけにはいかない。

 

 自分の分のマドレーヌが乗った皿を芹沢さんの前に滑らせると、芹沢さんはぎゅっと閉じていた目をちらっと開ける。

 それから、また目を閉じてなにやら葛藤していたけれど、誘惑に勝てなかったのか、薄目のまま、マドレーヌにそろそろと手を伸ばし、


「……ううー……美味しい……ううー……」


 一口かじった芹沢さんは唸ったり、美味しいと言うのを繰り返し始めた。

 どういう感情? まあ、それはともかく。


「一体なんで急に殴れなんて言い出したの?」

「……ただのちょっとした罪悪感です」

「罪悪感?」

「……詳しい理由は説明出来ないけど、優陽くんが言ったような純粋な心配じゃなかったから、ただの優しさって言われるのが苦しくてね」

「えっと? そう、なんだ……?」


 純粋な心配じゃないってなんだろう? 

 まあ、詳しいことは言えないって言ってるし、これ以上聞いてもなにも答えてくれないか。


 そう結論付けた俺は、話題を変えることに。


「ところで左手の調子はどう?」


 尋ねると、芹沢さんはまだ謎の罪悪感を引きずっているのか、ちらりとこっちをうかがってきた。

 それに対し、俺はもう気にしてほしくないというニュアンスを込めて、軽く微笑んでみせる。

 

 すると、芹沢さんはまだなにか言いたげにしていたけれど、「……んー」と考える素振りを見せて、話に乗ってきてくれた。


「普通に痛みはあるよ。固定して痛み止め飲んでるからマシだけど。あと地味にめっちゃ不便」

「まだ数日だもんね。なにか力になれそうなことがあったら言ってね?」

「ありがとー。……あ」


 芹沢さんが、なにか思いついたような顔をする。

 なにかあるのかな?

 

「どうしたの?」

「い、いや。さっきの今でこんな自分からこんな提案するのはさすがに性格悪いっていうか……自己中っていうか……」

「俺はまったく気にしてないよ。いいから、言ってみて」


 俺がジッと見つめると、芹沢さんが「う……」とたじろいだ。

 そのまま待っていると、本当に言いづらそうにしながら、芹沢さんが口を開く。

 

「そ、その、ね? このケガが治るまで、優陽くんの部屋で晩ご飯食べさせてもらいたいなーとか。ほ、ほら。この手だと料理もちゃんと出来ないし」


 芹沢さんがやたらとそわそわと落ち着かない様子で、右手で髪を撫でたり、視線をあちらこちらにさまよわせながら、そんなことを提案してきた。

 

「なんだ、そんなこと。もちろんいいよ」

「ほ、ほんとにっ!?」


 俺が承諾すると、さっきまでの様子が噓のように嬉しそうな表情が返ってくる。

 

「うん。というか、芹沢さんが言わなかったら俺から言おうと思ってたから」

 

 芹沢さんは1人暮らしだし、利き腕じゃないとはいえ左手を捻挫してるんだから、なるべく負担を減らしてあげたいと自分なりに考えていたところだった。


(……まあ、藤城君のこともあるから、ちょっとした後ろめたさもあるけど)


 芹沢さんは俺のせいじゃないって言ってくれたけど、俺は未だにやっぱり俺があの時男子生徒を止められていれば、と思ってる。


 だから、これだけは譲るつもりはない。

 とはいえ、あとでちゃんと藤城君には話しておこう。


「さて、話はまとまったけど。これからなにしようか? お昼にはまだ早いし、アニメでも見て時間潰す?」

「うーん……それもいいけど、私は優陽くんがゲームしてるところ見たいな」

「え、俺の?」

「うん」

「芹沢さんがいいなら、俺はそれでもいいけど……急にどうしたの?」


 気になって聞き返すと、芹沢さんが「ふっふっふ」と不敵な笑みを浮かべる。


「研究だよ。いずれ優陽くんにゲームで勝つ為のね」

「あー、そういうことか」

「そう。人のプレイを見ることって大事だからね。って、私が最近ハマってるゲームの上手いVtuberが言ってた。優陽くん知ってる? 白峰のえるって子なんだけど」

「いや、ごめん。俺Vはあまり詳しくなくてさ。その子そんなにゲーム上手いんだ?」

「うん。私の見立てだと、多分君と同じくらいかな? しかも、歌が上手くて、私には劣るけどすっごく可愛くて、私の中で最近キてるVtuberなんだよ」

「へえー、そうなんだ」


 Vtuberってあまり見たことなかったけど、芹沢さんがそこまで言うなら俺も今度見てみようかな。

 そんなことを考えつつ、俺はゲームの準備を進めていった。

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