第49話 対等で純粋な友達でいたいから

 と、まあ即死系トラップ染みたイベントで気まずくなりつつも、そのあとは順調に片付けは進んでいき。


「……ふう。これで大体は終わったかな」


 俺はすっかり綺麗になったリビングを見回し、充実感に満ちた声を漏らす。

 

「ん。本当に助かった。ありがとう」

「いいって。困った時はお互い様だよ」


 笑みを浮かべながらそう返して、スマホに視線を落とすと、19時過ぎくらいの時間だということが分かり、驚く。


「わ、もうこんな時間なんだ」

「ん。時間が経つのは早い」

「まあ、学校が終わったあとだし、そもそも1回俺の部屋で遊んだりしてるんだから、そりゃこんな時間でもおかしくないんだけどね」


 言いつつ、これからのことを考え、俺はまた口を開く。


「よかったら、このまま夕食も俺が作ろうか?」

「……そう言ってもらえるのはありがたいけど、掃除もしてもらったし、さすがにそこまでしてもらうのは気が引ける」

「どうせ自分のもこれから作らないといけないし、気にしなくていいよ」


 俺の言葉に乃愛が少し逡巡した様子を見せ、やがて、こくんと頷いた。


「ん。なら、お願いします。実を言うと、優陽くんの料理食べてみたかった」

「そんな期待されるほどのものを作れるかは分からないけどね。なにかリクエストはある?」

「……和の気分」

「和かぁ。……なら肉じゃがは? というか好き嫌いはある?」

「うん、それでいい。好き嫌いは特に……強いて言うならみょうがとか味が生過ぎる魚とか独特な味のものが苦手かも」

「あーパクチーだったり?」

「パクチーだったり」

「了解。覚えておくよ」


 とりあえず食材があるのか確認しないとね。

 そう思い、キッチンの中へと移動して、冷蔵庫を開けた。


(……まあ、ないよね)


 料理は作り置きしてくれてるみたいだし、食材があっても乃愛は料理をしないし、あっても意味がないだろうし、正直ないだろうなとは思っていた。


「ひとまず材料買いに行ってくるけど、乃愛はどうする? 待ってる?」


 尋ねると、乃愛はふるふると首を横に振る。


「一緒に行く。お金は私が全部出す」

「そっか。じゃあ、行こうか」


 こうして、俺と乃愛はスーパーに赴くのだった。






「……えーっと、じゃがいもと牛肉とーっと」


 スーパーに着いた俺は、カートを押しながら目当ての品物を探す。

 

 このスーパーにはもう1人暮らしを始めた頃から数えるのが面倒なくらいお世話になっているので、どこになにがあるのかは大体把握出来てる。


「優陽くん凄い。かなり手慣れてる」


 目当ての食材を次々とカゴに入れていく俺を見て、隣を歩いていた乃愛がどこか感心したように言ってくる。


「あはは。そりゃもう何回もやってるからね。むしろ1人暮らし歴1年なのに出来なかったら困るよ」

「……私出来ない」

「ああ!? ご、ごめん! そういうつもりじゃなくて!」


 何気ない一言に傷付いたらしい乃愛が、どこかしゅんとした顔をする。

 まずい、俺なんかが女の子を傷付けてしまうなんて……! これはもう責任取って切腹するしか……!


 と、バカなことを考えていると、


「あら、優陽くんじゃない。夕飯の買い物?」


 スーパーの店員のおばさんに声をかけられた。

 

 もう何度も通っている上、高校生でスーパー常連というのが珍しいらしく、すっかり顔を覚えられて顔馴染みになってしまった人だ。


「はい。今日は肉じゃがを作ろうかと思ってます」

「あら、いいわねー。それにしても、ほんと、その歳で1人暮らしして毎日自炊もしっかりしてるなんて、偉いわよねー」

「あはは。不摂生すると親が怖いので」


 冗談じゃなく本当に。


 しかし、おばさんはそんな俺の発言を冗談と取ったらしく、朗らかに笑う。

 そして、俺の隣に立っている乃愛に目を向ける。


「もしかして、彼女ー!? あらあら、まあ! こんな妖精みたいな綺麗な子捕まえちゃってー! やるわねー!」

「ええ!? いやいや違いますよ! 友達です!」


 俺は弁明してみるけれど、おばさんは聞く耳を持たずに1オクトーブくらい上がった高い声で、乃愛に話しかける。


「あなたもいい人捕まえたわよ! 彼ほどの優良物件なんて中々いないんだから、絶対に手放しちゃダメよ? 頑張ってね! 応援してるから!」

「え、あ、は、はい……?」


 急に話を振られた乃愛は、おばさんの勢いに呑まれ、困惑しているようだった。


(乃愛の無表情を崩すなんて……恐るべし、おばさんのパワー……)


 結局、誤解は解けないまま、おばさんは仕事に戻っていく。

 その結果、この場には妙に気まずくなった俺たちだけが残されることに。


(……俺たち、今日どれだけ気まずくなればいいんだろう)


 というか、俺と乃愛なんて本当は友達としてすら釣り合ってないにもほどがあるんだから、察してほしいところだ。


 それとなく乃愛の方をうかがうと、既に無表情に戻っていて、なにを考えているのかは読み取れなかった。


「ごめんね。俺なんかと付き合ってるって勘違いされることになって。……とりあえず、買い物続けようか」


 提案すると、乃愛は「ん、大丈夫」と頷いて、俺たちは買い物を再開した。







 買い物を終えて、乃愛の部屋に戻ってきた俺は早速料理の準備を始めた。

 

 自分の部屋と勝手が違うので、色々と確認している俺を、乃愛がカウンターの向こうから立ったまま見つめてくる。


「どうしたの?」

「ん、優陽くんが料理してるの見てたい。ダメ?」

「なにも面白いことはないと思うけど、それでいいなら全然いいよ。時間かかるし、座ってて」


 こくり、と頷いた乃愛が椅子を持ってきて、ちょこんと腰をかけた。

 それを横目に、一通りの確認を済ませた俺は、本格的に料理に取り掛かっていく。


 環境こそ違えど、やってることはいつもと変わらない。

 乃愛に見守られているのはなんだか落ち着かなかったけど、順調に調理は進み、テーブルの上には出来上がった料理が並んでいった。


 ちょっとした隙間時間に溜まっていた洗い物も済ませていったお陰で、片付けも同時に終わらせることが出来た。


「凄く美味しそう」


 向かいに座った乃愛がテーブル上の料理を見て、わずかに頬を緩める。

 

「見た目通りだといいんだけどね。じゃあ、食べようか」

「ん。いただきます」


 行儀よく両手を合わせた乃愛が、肉じゃがを小さく頬張る。

 

 最近色んな人に料理を食べてもらうことが増えたけど、やっぱり食べてもらったことがない人に食べてもらうのはちょっと緊張するなぁ。


 けど、そんな緊張も乃愛が少しだけ顔を綻ばせ、呟いた「美味しい」という声によってすぐに解けた。


「うちのお手伝いさんと同じくらい」

「いやいや、それは言い過ぎでしょ。プロと同じはさすがに恐れ多いよ」

「ん。嘘じゃない」


 そう言ってくれるのは凄く嬉しいし、本気で言ってくれるのは伝わってくるけど、やっぱり大げさだと思う。

 

 そのまま会話をしつつ、食事に舌鼓を打っていると、


「あ、乃愛。口元にご飯粒が付いてるよ」


 指摘すると、乃愛はこてんと首を傾げる。

 それから、ご飯粒が付いていない方の口元をぺたぺたと触り始めた。


 俺は思わずくすりと笑い「そっちじゃなくて、逆だよ」と教えてあげる。


 すると、乃愛は口元を触ることをやめ、少し考え込んでから、なぜか「ん」と俺の方に身を乗り出してきた。


 行動の意図が分からず、俺は無防備に近づけられた顔をまじまじと見つめてしまう。


 こうして近くで見ても染みなど見えず、驚くほど透き通った綺麗な白い肌に目を奪われていると、乃愛が口を開いた。


「取ってほしい」

「あ、ああ。なるほどね」


 さては自分で探すのめんどくさくなったな?

 そう思いつつ取ってあげると、乃愛はどこか満足そうにしながら、元の位置に戻った。


 そんなことがありながら、ほどなくして、俺たちは料理を食べ終えた。

 その分の洗い物もきっちりと済ませ、俺は一息をつく。


「……よし、これで全部終わりだね。じゃあ、俺はそろそろ帰るよ」

「ん。今日は本当にありがとう。……これ」


 そう言って、乃愛がなにかを差し出してくる。

 ……封筒?


「えっと、これは?」

「ん。お給料」

「………………お金!? なんで!?」

「労働には対価が必要だから」

「いやいやいやいや!? 言いたいことは分かるけどね!? お金なんて受け取れないよ!」

「どうして?」

「どうしてって……別にお金が欲しくてやったわけじゃないし……俺がやりたくてやったことで友達からお金なんて受け取れないよ」

「……なら、雇う」

「え?」

「優陽くんさえよければ、私のお手伝いさんとして雇う。それなら、受け取ってくれる?」


 どう? と首を傾げる乃愛。

 

(あー……これは本気なやつ、だね)


 どうやら冗談の類ではないらしい。

 乃愛の表情からそう察した俺は、自分の考えを述べる為に、静かに口を開いた。


「乃愛。お金は受け取れないし、俺は雇われるつもりもない、かな」

「……どうして?」

「乃愛とは純粋な友達でいたいからだよ」

「純粋?」

「うん。もしお金を受け取ったら、俺たちはきっとちゃんとした友達でいられないし。雇い雇われの雇用関係になってしまったら、俺たちは純粋で対等な友達とは言えなくなると思うんだよ」

「……」

「だから、俺はその提案は絶対に呑めない。呑むわけにはいかないんだ」


 目を見てしっかりと引く意思はないことを伝えると、乃愛の瞳がわずかに不安そうな色を宿した。

 

「……だって、私が優陽くんに返せるものはお金しかない」

「そんなことないよ。俺なんかと友達になってくれて、俺なんかの為に時間を使ってくれてるだけで十分なんだよ、俺は」


 不安そうな乃愛を安心させるように、俺は笑って続ける。


「それでもなにかを返したいって言うなら、これからも、何度でも俺と遊んでほしいっていうのは、ダメかな?」


 そう言うと、乃愛が目を見開く。

 そして、俺の言葉を飲み込むように、少し間が空いて、「ん。それはこっちこそお願いしたい」と頷いてくれた。


 こうして、最後の最後にちょっとしたいざこざ? とは呼べないかもしれないけど、そんなことがありながらも、俺は乃愛の部屋をあとにしたのだった。

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