第47話 陰キャは白髪美少女の部屋を訪れる
「——よし、尻尾切った。罠置いてくれる?」
「ん。もう置いてる。誘導よろしく」
「分かってる」
俺たちが選んだのは有名な狩りゲーだ。
俺はモニター、乃愛はテレビにゲーム機を接続し、声をかけ合いながら、作業を淡々とこなしていく。
「……よし、捕獲完了」
「ん。もっと難しくてもいいくらい。びっくりするくらい息が合うからやりやすい」
「だねー。俺たち、基本的にどのゲームでもプレースタイルが似てるからかな」
なんというか、対戦ゲーにしても協力ゲーにしても、俺たちは驚くほど行動が噛み合うのだ。
対戦なら、自分ならこうすると思えば大体当たるし、協力なら今こうしてほしい、という時にその行動を取ってくれているみたいな感じ。
「そろそろ別のゲームにする?」
「ん、賛成」
了承も取れたので、俺がテーブルの上に置いたソフトから、次に遊ぶものを選んでいると、背後でスマホが着信音を鳴らす。
「私。……出てもいい?」
「うん、どうぞ」
「……もしもし。どうしたの? ……え、大丈夫? ……うん、うん、分かった。こっちは大丈夫だから、ゆっくり休んで」
通話を終えた乃愛が、そっと息をついた。
「なにかあったの?」
「お手伝いさんが体調崩したから、今日部屋に来られないって」
「そうなんだ。心配だね」
「うん。……それに、ちょっと困る」
「困る?」
「部屋が結構散らかってきてる。今日掃除してもらえると思ってたから。食事はまだ作り置きもあるし、インスタントでどうにでもなるけど」
乃愛は無表情の中に、わずかに困ったニュアンスを滲ませながら呟く。
どうやら彼女はお嬢様らしく家事がまったく出来ないタイプらしい。
(……どうしよう。俺が掃除しに行くことは出来るけど、軽率に1人暮らしの女子の部屋に入るのはなぁ……でも、本当に困ってるみたいだし……)
少しの間葛藤し、俺は口を開いた。
「……もし、よかったらなんだけど、俺が掃除しようか?」
「え?」
「もちろん、乃愛が嫌って言うなら無理強いはしないから」
「……本当にいいの?」
「うん。というか、俺の方こそ部屋に入れてもらうことになるんだけど、いいの?」
「ん、私は気にしない。ありがたい」
乃愛がぺこりと頭を下げてくる。
「いいよ、このくらい。友達の役に立てるなら、俺はいくらでもこの身を貸すよ」
「優陽くんカッコいい。……よっ、男前」
「……それ気に入ったの?」
「ん。楽しい」
「……そっか」
付き合いは浅いけど、息も合うのに、やっぱりちょっと変わった子だなと思ってしまうところはある。
まあ、本人が楽しそうにしてるのになにかを言うのは野暮だし、楽しそうでなによりだ。
そんなことを思いつつ、俺と乃愛は連れ立って、乃愛が住んでいるマンションに向かうのだった。
向かうと言っても、乃愛の住んでいるマンションは俺の住んでいる所のほぼ目の前みたいなものなので、道中になにか起こることもなく、すぐに着いてしまった。
オートロックを潜り抜け、エレベーターに乗って乃愛の部屋がある階層へと向かう。
「へえ、4階なんだ」
「ん。そう。けど、優陽くんみたいに低い階層がよかった。上り下りが楽。引きこもりにはエレベーターがあってもこれだけで重労働」
「俺は乃愛みたいに高めな所がよかったかなー。確かに移動は楽だけど、せっかくマンションに住むんだからなるべく高い所に住んでみたかったっていうのはあるし」
他愛もない話をしていると、エレベーターはすぐに4階に到着した。
「……おお。いつも見てる景色なのに変な感じがする」
「ん、分かる」
エレベーターを降りて、左手側から見える景色は今まであまり見たことがないような景色に見えて、なんだか奇妙な感覚だ。
視界に俺が住んでいるマンションが見えて、ついつい眺めてしまっていると、前を歩いていた乃愛が、角部屋でぴたりと止まった。
「ここが私の部屋」
「へえ、角部屋なんだ」
部屋の構造はどこも一緒なはずなんだけど、マンションの角部屋ってなんか響きが絶妙に心をくすぐるんだよね。なんでだろ。
俺がそんなことを考えているだろうとは露ほども思っていないであろう乃愛が、部屋の鍵を開けて、中に入っていったので、俺もそれを追いかけて部屋の内側に「お邪魔します」と足を踏み入れる。
(うわぁ、人の部屋って感じの知らない匂いだ)
自分の部屋じゃなくて、人の家に上がり込むのは初めてなので、匂いにすら感動を覚えてしまう。
思わず匂いを嗅ぐように鼻をすんすんと鳴らしてしまう俺を、乃愛がジッと見上げてきた。
「……もしかして、臭い?」
「あ。い、いや違うよ! 人の家の匂いってこんな感じなんだって思ってさ! 臭いだなんてことは、全然! むしろいい匂いだよ!」
……あれ? これはこれで変態みたいじゃない……?
言い終わってから気が付いたところで全てが遅い。
失言に俺が頭を抱えたくなっていると、
「ん。なら、よかった」
乃愛の無表情の中に、わずかに安心の色が浮かぶ。
そのまま、乃愛はとてとてと廊下を進んでいき、扉の前で立ち止まって、こっちを振り向いた。
「少し、ここで待ってて。見られたら困るものとか、先に片づけてくる。いいって言ったら入ってきて」
「うん。急がなくてもいいから、ゆっくりね。家は近いんだし、俺は遅くなっても帰れるんだから」
そう言うと、乃愛は「ん」と頷いて、扉の奥に姿を消す。
(って言いはしたけど、女子の部屋に入ってるって実感が今になって沸いてきて、落ち着かない……)
そわそわしつつ、意味もなく視線をさまよわせていると、
――バタンッ!
と、扉の向こうからなにかが倒れるような大きめな音が聞こえてきた。
「どうしたの!? 大丈夫!?」
その音に、俺は反射的な行動が理性を上回り、いいと言われていないのに扉を開けて中に飛び込んでしまう。
そこには――。
「っ……!?」
白、水色、薄ピンクなど、カラフルな下着類が床中に散らばっている光景が広がっていた。
乃愛が倒れているところを見るに、恐らく足元にある脱ぎっぱなしになって放置していた服に足をとられて転んでしまったのだろう。
(い、いやいや、なにを冷静に分析してるんだ、俺は!)
理解をするまで少しばかり呆然としてしまったせいで、しっかりと網膜に焼き付いてしまった目の前の光景から、ようやく目を逸らし、俺は乃愛に声をかける。
「あ、あの、大丈夫……?」
声をかけても反応が返ってこない。
近づいて確認したいところだけど、それをするには目の前に散らばった下着類が目の毒過ぎるわけで。
どうにも行動が取れずにいると、乃愛がむくりと起き上がり、
「……」
無言で散らばった下着類を回収し始めた。
その俯きがちな横顔は、これ以上ないくらい赤く染まっていて、どれほど恥ずかしいのかを物語っていた。
やがて、全ての下着を回収し終えた乃愛が、それらをぎゅっと胸に抱き、潤んだ瞳を俺に向けてくる。
「……優陽くんのバカ。へんたい。えっち」
「……ごめんなさい」
その罵倒は、正直理不尽なものでただの八つ当たりだとは思ったものの、見てしまったものは事実なので、俺に出来たのは、その罵倒を甘んじて受け入れることだけだった。
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