第2章
第46話 白髪美少女は部屋に訪れる
「――うーん……?」
部屋の鍵を開けながら、俺が声を漏らしていると、隣にいる、ベージュのチェック柄のカーディガンをシャツの上から羽織り、膝裏くらいまでの黒いスカート姿のNoRさ……乃愛が不思議そうに見上げてくる。
「どうしたの?」
「ああ、いや……なんでもないよ」
気を抜くと、まだ乃愛のことをハンドルネームで呼んでしまいそうになることはさておき、マンションに入る時になんか芹沢さんの声が聞こえたような気がするんだけど……さすがに気のせいだよね。
「けど、いきなり俺の部屋に来たいなんて言うからびっくりしたよ」
自己完結させ、俺は部屋に入りながら、話を振る。
実は、林間学校に行っている間にも乃愛とはやり取りをしていたんだけど、その会話の中で帰ってきたら俺の部屋に遊びに来たいという話になったのだ。
「ん。いきなりは迷惑だった?」
どこか不安そうにこっちを見上げてくる乃愛に、俺は小さく笑う。
「全然そんなことないよ。変わったことはなにもない部屋だけど、どうぞ」
言いつつ、靴を脱いで廊下に上がると、後ろから乃愛の「お邪魔します」という小さな声が聞こえてくる。
ちらっと後ろを振り返ってみると、乃愛はその場でしゃがみ込み、靴をしっかりと揃えているところだった。
(なんというか、やっぱり所作の節々に品性みたいなものを感じるんだよなぁ……)
そんなことを思いつつ、慣れ親しんだリビングへと足を踏み入れる、
「……ここが、優陽くんの部屋……」
俺のあとに続いて、とことことリビングに入ってきた乃愛が物珍しそうに部屋中をきょろきょろと見回す。
俺はそんな乃愛を見て、苦笑を漏らした。
「そんな珍しいものでもないでしょ? よくある普通の部屋だし」
「ん。私、異性どころか友達の部屋に入るのも初めてだから、人の部屋って変な感じがする」
「ごめん。俺は異性どころか友達の部屋に入ったこともないから、その感覚について分かるなんて軽率に頷くことが出来ないんだ」
俺がそう言うと、乃愛は感情の読めない瞳をこっちに向け、「……ごめん」と呟く。
こっちこそ本当にごめん。ぼっちで申し訳ない。
「……でも、本当に私の部屋とは大違い。こんなに綺麗にしてない。全部優陽くんが1人でやってるんだよね。凄い」
「うん。前にも話したけど、俺は1人暮らしだからね」
まあ、最近までは友達もいなかったし、家事どころか大体全部1人でやってたんだけど。
家での時間も学校での時間とかも全部1人だったし。……やめよう。悲しくなってきた。
「えっと、乃愛の方は家族と暮らしてるんだっけ? そのあたり聞いたことなかったけど」
「ん。私も1人暮らし」
「え、そうなんだ」
「ん。私の両親、仕事で海外で、会うのは年に数回ぐらい」
え、と思わず声が漏れる。
(……気軽に聞いちゃったけど、もしかして芹沢さんみたいな家庭環境だったりするのかな……)
その考えが表情に出ていたのか、俺の顔を見上げていた乃愛が小さく首を振った。
「優陽くんが考えているようなことじゃないから、大丈夫。お母さんもお父さんも、私のことをちゃんと想ってくれてるの、知ってるから」
「……それならよかったよ。てっきり地雷を踏み抜いたのかと」
「ん。凄く仲良し。1人暮らしなのは、私の実家が凄く広くて、1人だと寂しいから」
「ってことは、やっぱりお金持ちなんだ」
「一応社長令嬢。どやぁ」
なるほど。まったくどや顔になっていない無表情なのは置いておいて、どうやら俺の予想は間違っていなかったらしい。
「お手伝いさんはいても、あんなに広い家だと寂しいし、不便だから。どうせ元から1人暮らしみたいなものだったし、それなら部屋借りても変わらないから」
「あー、それはそうだね。けど、家事とかは? さっきの口ぶりからして、乃愛がやってるわけじゃないよね?」
「ん。週に1度、お手伝いさんが部屋に来てくれてる」
「……さすが社長令嬢」
俺はとんでもない人と友達になってしまったのかもしれない。
「それで、なにしようか? ゲームならいっぱいあるよ。まあ、全部持ってると思うけど」
「……この間のオフ会の時は対戦ばっかりだったし、今日は協力の気分」
「お、いいね。実は俺もそんな気分」
棚からいくつか協力ゲーのソフトを取り出して、持ってくる。
すると、乃愛はソファに置いてある芹沢さんが持ってきたクッションをジッと見つめていた。
「どうしたの?」
「このデザイン、可愛い。けど、男の人が選ぶものじゃないと思って」
「あはは、俺じゃなくて友達が買ってきたやつだからね」
「……女の子?」
「うん、まあね。クラスメイトの陽キャで隠れオタクの女の子のこと話したでしょ? その子が俺の部屋に結構な頻度で遊びに来るんだよ」
乃愛にはそこまで話してなかったんだっけ?
「……やっぱり優陽くんはファッション陰キャ」
「え、なんで!?」
その誤解は解けたはずじゃないの!?
「陰キャの部屋に女子が遊びに来るなんてファンタジー。そんなのラノベ主人公か陽キャしかありえない。よってファッション、もしくはビジネス陰キャ。QED、証明終了」
「いやいやいや、ビジネスって……陰キャを生業にしてどうするのさ」
どうやって陰キャで食っていけばいいんだ。
確かに、美少女が部屋に遊びに来るようになったりだとか、陽キャグループの一員になったりだとか、最近陰キャらしからぬイベントばかり起きているけども。
とにかく、今は誤解を解かないといけない。
「でも、俺って今、乃愛を部屋に入れてるんだけど……それもファッション陰キャになるの? 異性を部屋に入れるのがダメなら、乃愛が俺の部屋で遊んだり出来なくなるよね?」
「ん。優陽くんは陰キャの中の陰キャ。間違いない。よっ、陰キャキング」
「うん。高速で手のひら返ししてくれたところ悪いけど、それは持ち上げてるんじゃなくて刃で切り付けてきてるんだよ」
もの凄い速度で煽り出したのかと思った。
抑揚のない声でよっ、じゃないよ。よっ、じゃ。
そんなこんなありながらも、先に着替えてから、俺たちは協力ゲーを始めることとなった。
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