第42話 そうして陰キャは噂され、注目される
幸いにも、救護室に保険の先生はいてくれた。
俺は抱えていた芹沢さんをソファにそっと降ろし、痛みで上手く話せないであろう芹沢さんに代わって、先生に起こったことを感情を殺しながら状況を説明していく。
話を聞き終えた先生は、まず鼻血の処置を行う。
(……多分、鼻にティッシュを詰められてる顔なんて見られたくないよね)
可愛さにとてつもないこだわりを持つ芹沢さんのことだ。
きっとそうに違いないと思い、俺はそれとなく芹沢さんを視界から外す。
次に、先生は手首の状態を確認していく。
倒れ込んだ際に全体重が乗ったであろう左手は、さっき見た感じだと赤くなって、腫れていたように思う。
なので、先生のひびや、折れたりはしていないだろうという診断は、少なくとも、この状況においては吉報だった。
しかし、決して軽い捻挫ではないらしい。
そこまで聞いた俺は、「……そうですか」と返す。
(俺がここで出来ることはもうないよね)
そう考えて、俺は先生にあとのことを任せて、救護室をあとにしようとする。
「優陽くんっ……!」
俺の背中に、芹沢さんの声が降りかかる。
俺は振り返ることはせず、立ち止まって応じた。
「……なに?」
「ここまで運んでくれて、ありがとね」
「……当たり前のことをしただけだよ。俺のせいでこうなったんだから」
「え……?」
後ろから芹沢さんの怪訝そうな声が聞こえてきたけど、俺はそれ以上なにも言うことなく、今度こそ救護室をあとにした。
「鳴宮っ!」
救護室から戻っていると、藤城君と和泉さんが俺に気付き、駆け寄ってくる。
「空は……?」
心配で眉を下げている和泉さんの問いかけに、俺は先生から聞いた診断を2人に伝えた。
すると、2人はひとまずは安心したように、息を吐き出したところで、
「――ねえ、聞いた? なんか、芹沢さんがケガして、それをなんか、鳴宮君が横抱きにしてどっかに運んでいったって話」
「――え、そんなことあったんだ!? ってか鳴宮ってうちのクラスの? 鳴宮がケガさせたの? あんなに地味で大人しそうなのに、ヤバい奴じゃん」
「――いや、ケガさせたのは別の人らしいんだけどさ……なんか、鳴宮君が芹沢さんのことを好きなんじゃって話になってるんだよね」
「――へぇー。普段関わりとかないから、好きな人のピンチにここぞとばかりに駆け付けてアピールしたかったとか?」
「――うーん。どうだろうね。私、その場にいたわけじゃないからよく分からないけど、もしかしたらそうなのかも……」
「――絶対そうだって! でもアピールにしてもお姫様抱っこはさすがに引くわー。鳴宮っていっつもオタクっぽい小説読んでるみたいだし、ちょっと妄想拗らせてそうだし、物語の主人公と自分を重ねてたりして、自分のことかっこいいって思ってるんじゃない? そうじゃないとお姫様抱っこなんて無理でしょ!」
「――ちょっ、酷くない?」
「――いやいや。だって、皆が見てる前でお姫様抱っこだよ? 私なら絶対されたくないよ。しかも、相手がイケメンならともかく、あの地味でオタクな鳴宮だし。あんただってされたくないでしょ?」
「――そ、それは……そう、かもしれないけど……」
近くにいた生徒たちの、そんな声が俺の耳朶を打った。
それを聞いていた藤城君が「あいつら好き勝手言いやがって……!」と眉間にしわを寄せて憤り、声の主に詰め寄っていこうとする。
「……いいよ、藤城君。俺は気にしてないから」
「でもよ!」
怒りが収まらないと言わんばかりに声を荒げる彼に、俺は首を横に振りながら「いいんだ」と諭すように言う。
藤城君は、俺と女子生徒の間を何度も視線を往復させ、やがて大きく息を吐き出した。
「……分かったよ」
「……拓人の気持ちはすごーくよく分かるよ。私だって鳴宮が止めてなかったら、拓人と一緒に文句言いに行ってるだろうから」
傍で俺たちのやり取りを聞いていた和泉さんも、女子生徒たちに厳しい目を向けていた。
それから、俺の方に向き直り、気遣うような瞳を向けてくる。
「鳴宮は気にしてないって言ってるけどさ、あえて私からも言わせて。本当に気にする必要ないからね、あんなの。鳴宮は絶対正しいことをしたんだからさ」
「……うん。ありがとう、2人とも」
俺がお礼を言うと、2人は頷き、芹沢さんの様子を見る為に、救護室へと向かっていった。
去っていく背中を眺めながら、俺は、
(……そこに関しては、本当に大丈夫だよ和泉さん)
だって、俺が気にしてるのは――そんなことじゃなくて別のことだから。
俺は、1人でその場に立ち尽くしながら、ずっと握り締めていた拳を開き、視線を落とす。
そこには、俺の後悔を示すように、深い爪の跡がくっきりと刻まれていた。
それから、俺たちはバスに揺られ、学校に向かい始めた。
心なしか、バスの中が静かに感じるのは、疲労だけじゃなく、ケガ人が出てしまったからだろう。
そのケガ人である芹沢さんは、応急処置をしてもらったとはいえ、痛いはずなのにそんな素振りすら見せず、和泉さんや藤城君、俺にも明るく振る舞っていた。
恐らく、変に気を遣わせたくないのだろう。
けれど、今の俺は、芹沢さんのそんな振る舞いを見ていると、自己嫌悪で心が押し潰されそうになってしまう。
それこそ、いつもだったら気にしてしまうであろう、静かな車内で時折聞こえてくる俺に関する話が聞こえてきても、今の俺の心はまったく反応しないくらいには。
「……おい、鳴宮。お前本当に大丈夫か?」
晴れるわけないと知りながら、少しでも気が晴れることを願い、窓の外を流れる景色を眺めていると、藤城君が小声で声をかけてくる。
「うん。大丈夫だよ」
答えると、藤城君は納得のいかない顔をしていたけど、大丈夫と言われている手前、しつこく聞けないのか、追求はしてこなかった。
そうして、バスは俺の心中とは裏腹に、順調に進み続け、学校に着いた。
俺たちはバスから降りると、林間学校を締めくくる先生からの話を聞く為に、校庭へと向かう。
そこで話された学年主任の話は頭に残らなかったのに、最後の最後に、ケガ人が出たことに対する厳重な注意が行われ、それだけは、俺の心にしっかりと刺さり、トゲとなって残る。
「さーて、私はこれからちょっと病院に行って参ります」
話が終わると、芹沢さんがややオーバーなようにも思える、おどけた敬礼をしてみせた。
「付き添おうか? ね、拓人、鳴宮」
「だな。荷物持ちくらい必要だろ」
「いやいや、いいよ。そんなの。病院行くだけなのにわざわざ4人で固まって歩く必要ないって。足ならともかく、手の捻挫だし」
確かに、普通に歩けない足の捻挫ならともかく、彼女がしているのは手首の捻挫だ。
芹沢さんの言う通り、複数人で付き添うようなものじゃない。
それでも、俺は……。
「だから、1人だけでいいよ。……優陽くん。ちょっと付き添ってくれない?」
「……え?」
なにを言われたのか分からなくて、一瞬ぽかんとしてしまう。
見ると、他の2人も同じような顔をしていた。
「拓人も梨央も、ごめん。ちょっと優陽くんに聞きたいことがあるから」
「そっか」
「オレたちは別に気にしねえって。ほら、ご指名だぞ」
「……うん」
急に呼ばれて驚いたけど、俺は芹沢さんが断っても、付き添いを申し出るつもりだった。
芹沢さんが聞きたいことって言うのも、俺が言いたいことと恐らく一致しているだろう。
俺は、芹沢さんから鞄を受け取り、周囲から注目を集める中、歩き出した。
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