第41話 団欒と波乱

「そう言えば、さっきのあれだけどさ」


 風呂から戻ってきて、あとは寝るだけなので、部屋でまったりとしている最中、俺はそんな風に切り出した。


「さっきのあれ?」

「ほら、俺が芹沢さんのことについて聞こうとして咄嗟に口を噤んだあれ」

「ああ。で、それがどうした?」

「肝試し、2人で周ってどうだったのかなって」


 尋ねると、藤城君は再度「ああ」と呟く。

 それから、大仰に肩を竦めてみせた。


「別になんも。これといって進展はなかった」

「そうなんだ……」

「悪いな。せっかく手まで回してもらったのに」

「いや、俺は全然大丈夫だよ」


 手を回したといっても、俺は本当になにもしていないのだから。

 藤城君が気に病む必要は本当にない。


「あいつ、距離が近めな癖に、やっぱりラインはちゃんと引いてるんだよな。過度なボディタッチとか絶対してこないし。怖がっても腕とかには絶対抱きついてきたりもねえの」

「……完全に思わせぶりよりはいいんだろうけどね」


 藤城君の苦笑に釣られて、俺もつい苦笑を漏らす。

 まあ、それでも勘違いする人や、そんな芹沢さんのことを良く思わない同性も、聞こえてくる話では少なくなかったりする。


(本人はあれで結構線引きちゃんとしてるつもりなんだよね。分かる人には分かってるし)


 それが芹沢さんにとっての当たり前で。

 けど、つまりは、その当たり前を藤城君に対しても崩さなかったということは……。

 そこで、俺は藤城君の表情をちらっとうかがう。


「……? なんだよ」

「い、いや」


 ––––芹沢さんにとって、藤城君は友達以上に思われていない。ということだ。


 そして、それは、ラインを引かれていると感じ取った本人もよく分かっているはずで。

 俺は、なんと言っていいか分からずに、藤城君の顔をもう1度、ちらっとみる。


 すると、藤城君はそんな俺の様子を見て、ふっと笑う。


「なんでお前がそんな顔すんだよ」

「いや、えっと……ごめん」


 結局なにも言うことは出来ずに、俺はただ謝罪の言葉を口にした。

 

「だーかーらー、なんでお前が謝るんだっての」

「……正直、こういう声をかけたらいいのか俺には分からないんだよ」

「ぷはっ、素直過ぎだろ!」


 俺にはなにがそこまでツボだったのか分からないけど、藤城君が声を上げて笑う。

 そして、ひとしきり笑い終えた彼は、ふう、と涙を拭いながら、息を吐き出した。


「大丈夫だ。最初から友達としてしか見られてないことなんて分かりきってたしな。だから、お前がそこまで気を遣う必要ねーよ」

「……うん」

 

 多分、自分で言う通り、彼の中ではとっくに割り切っていたことだったんだろう。

 藤城君のからっとした笑みを見て、俺は自然とそう思った。


(逆に気を遣わせちゃったなぁ……)


 と、落ち込んでいると、


「だからそんな顔すんなっつうの。ほら、もう寝るぞ。それ以上変なこと考えなくてもいいようにな」


 ぱちり、と電気が消され、あたりが闇に包まれる。

 暗闇の中で、ごそごそと、藤城君が布団に潜り込む音が聞こえてくる。

 俺もそれに倣い、布団に身体を滑り込ませた。


「……あのさ、藤城君」

「……なんだよ?」

「ありがとう。それと、頑張ってね。応援してる」

「……おう」


 こうして、俺たちは眠りにつき、その日を終えた。






 翌朝。

 俺と藤城君は2人で朝食を食べ始めた。

 疲労が残るかもと心配していたけれど、早めに眠ったお陰か、思った以上にぐっすり眠れたお陰か、幸いにも、身体に疲れは残っていなかった。


 ちなみに、女性陣はまだ食堂に姿を見せてもいない。

 さすがに、グループが全員揃ってから朝食は難しいだろうと判断され、朝食は時間内に食べさえすればいいというルールなので、俺たちはこうして先に食べ始めたというわけだ。


「芹沢さんたち、まだ寝てるのかな?」

「かもな。ま、そろそろ来るだろ。お、このシャケめっちゃ美味え」

「そうだね。あ、味噌汁も美味しい」


 そんな風に食事の感想を言い合いながら食べ進めていき、俺たちは朝食を食べ終えた。

 

(結局、食べ終わるまで芹沢さんたち来なかったなぁ)


 まあ、昨日は山登りやアスレチック、肝試しなど動いてばかりだったし、疲れてるのかな。


「行くか」

「うん」


 俺と藤城君は食器を返却しにいき、受け取ってくれた人に「ごちそうさまでした」と告げ、食堂の出入り口向かって歩き出す。


 すると、出入り口が近づいてきたところで、男子生徒が俺たちの横をもの凄い勢いで駆け抜けていく。


「……っと」


 その際、肩が少し接触し、軽くよろめく。

 

「大丈夫か? ったく、あいつら……」

「うん。……でも、危ないよねあれ」


 状況を見るに、後ろから追いかけてくる男子から逃げているといったところだろうか。

 泊まりがけのイベントでテンションが上がるのは分かるけど、こういった場で追いかけっこをするのは、いくらなんでも危な過ぎる。


(さすがに止めた方がいいよね……)


 そうは思うものの、結局、声をかけるのが苦手な俺は、走っていく男子生徒の背中を黙って見ることしか出来ない。


 そうして、男子生徒は出入り口から出る直前、背後から友達が追ってきているのを確認しようとしたのか、こっちに顔だけ向け——。


 ——ガヅンッ!


 ちょうど、食堂に入ってこようとした相手——芹沢さんと衝突した。

 勢いよくぶつかられた芹沢さんは、床にそのまま倒れ込む。

 

「いって……わ、悪い大丈……」


 同じく倒れ込んだ男子生徒が声をかけようとして、言葉を失う。

 芹沢さんは手首を抑えて、蹲っていた。

 微かに見える顔からは苦悶の表情と、顔をぶつけたのか、鼻血がぽたり、ぽたりと垂れ続けていた。

 

「空っ!? 空!? 大丈夫!? ねえ!?」


 傍にいた和泉さんが、芹沢さんの横にしゃがみ込み、必死に声をかける。

 その声が食堂に響き、状況が周りに伝わっていき、食堂がどんどんざわめきに包まれていく。


 俺は、その状況を頭が理解すると同時に、誰よりも早く駆け出していた。

 青ざめている男子生徒を押し退け、芹沢さんの傍に辿り着いた俺は——。


 ——芹沢さんを横抱きにして持ち上げ、救護室に向かって駆け出した。

 

「っ……! ゆう、ひ……くん……」


 胸に抱き抱えられたまま芹沢さんが零す弱々しい呟きになにも返すことなく、俺はただ、歯を食いしばって救護室への道を急いだのだった。

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