第40話 彼ら彼女らの入浴模様

「別れ際、梨央からなに言われてたんだ? どういたしましてって言ってたけど」


 女子たちと別れたあと。

 俺と藤城君は、風呂に入る為に大浴場に来ていた。


「べ、別になにもないよ?」

「……お前マジで嘘つくの下手だよなぁ。ま、話したくねえなら無理に聞かねえよ」

「あ、はは。そうしてくれると助かるよ。ところでそっちは……」


 芹沢さんとどうだったのかと聞きそうになり、俺は咄嗟に口を噤む。

 危ない。今、周りには同じ学校の生徒がいるんだった。


 俺が口を閉じた理由が分かったらしい、藤城君は小声で「危ねえな、気を付けろよ……」と苦言を呈してくる。申し訳ない。


 猛省しつつ、シャツを脱ぐと、藤城君が「うおっ」と声を上げた。

 その声に、周囲にいた生徒がなにごとかとこっちを見てきて、妙にざわつき始める。

 居心地が悪いからあまりじろじろ見られたくないんだけど……。


「お前マジでどんだけ鍛えてんだよ。その辺の運動部なんて目じゃねえぞ」

「……サボるわけにはいかないからね。俺の全てがかかってるって言っても過言じゃないし」


 なんせ、人質に取られているのはやり込んだゲームのデータだったり、オタクにとっての生命線、ネット回線。手を抜くわけにはいかない。絶対に。


 思わず遠い目になる俺を見て、藤城君が「……大変なんだな、お前」と同情的な目を向けてきた。

 この苦労が分かってもらえて嬉しい。


「ってか、その身体付き、よく今まで目立たなかったな。体育の着替えの時とかでバレそうなもんだけど」

「普段から注目を浴びてない人間が着替えてたところで、なにも珍しくないでしょ? 藤城君は周りの男子が着替えるの、まじまじと見てる?」

「……なるほどな」


 藤城君が納得がいった様子で服を脱ぐ。

 俺も人の着替えとか見るタイプじゃないけど、こうして見ると、運動神経がいいのも頷けるほどに引き締まっている。


 彼は彼でなにかやっているのかもしれない。

 気になったので聞いてみることにする。


「藤城君も鍛えるよね?」

「ああ。俺は週2〜3回ジムに行ってるくらいだけどな」

「……さらっとジム通いが習慣になってるのがもうさすがリア充って感じだね」

 

 聞いたのは俺なのに自分との格差にげんなりしてしまう。

 すると、藤城君がニヤッと笑った。


「なんなら、今度一緒に行くか?」

「む、無理無理無理! あんなの陽キャのホームでしょ!? 陰キャのホームは家なんだから、引きこもって自重トレに精出しておくって!」


 あ、今ちょっと上手いこと言ったかも。


「……ちょっと上手いこと言ったつもりになってドヤ顔すんのやめてくんない?」

「ごめんなさい」


 思わず咄嗟に謝ってしまう。

 やはり、俺みたいなのが調子に乗るべきではないらしい。

 落ち込みながら、下着を脱ぐと、隣から「んなっ……!?」という声が聞こえてきた。周囲もなぜかざわつき始める。


(……? なんだろう?)


 周りの様子がおかしい。

 俺は藤城君にこの状況のことを尋ねようと彼の方を向く。

 すると、藤城君はどうしてか俺の下半身……主に股間辺りに視線を向けたまま、固まってしまっていた。


 どうしてそんな、まるで化け物に遭遇した時のような顔をしているんだろう。


「あの、どうかした?」


 俺が声をかけつつ、腰にタオルを巻くと、藤城君はハッと我に返ったようだった。

 

「な、なんでもねえ」

「そう? 明らかになんでもありそうな感じだったけど……」


 まあ、きっと些細なことなのかもしれない。

 納得した俺が、大浴場に入ろうとすると、藤城君はなぜかまだ下着を脱いでいなかった。

 怪訝に思い、「脱がないの?」と問うと、


「……脱ぐよ! ああ、脱げばいいんだろ! 脱いでやるよ!」

「え、なんで俺が強要したみたいになってるの!? やっぱりなにかあったんでしょ、ねえ!?」

「うるせえ! なんでもねえっつってんだろ! とっとと行くぞ! 鳴宮! ……さん!」

「なぜ急に敬称付きに!?」


 やけくそ気味になった藤城君が、そこまでする必要があるのかと思うほどの速度で下着を脱ぎ、これまた神速の速度で腰にタオルを巻き付けた。

 それから、謎に大股開きでずんずんと大浴場に入っていく藤城君を、俺は慌てて追いかけたのだった。






「――いやあ、割と濃いスケジュールだと思ってたら、結構あっという間だったね」


 私は身体をボディソープで洗いながら、隣で同じように身体を洗っていた梨央に話しかける。

 梨央は「それね」とこっちを一瞥することなく、返事を返してくる。


(おおー……学校中の男子が見たいだろう光景が目の前に)


 ラノベなら挿絵確実な光景に、私は思わず手を止めて、梨央が身体を洗っている姿をついつい見つめてしまう。


 可愛さも、かっこよさも、持ち合わせている綺麗な顔立ちから始まって、しっかり谷間が出来ている双丘に水滴が滑り落ちていく様は、同じ女子なのにハッとしてしまうほど美しい。


 水滴を追うように視線を下に下げていけば、きゅっと締まった腰回りから、緩やかにお尻へと理想的なラインが広がっていく。


(可愛さ単体なら私が圧勝だし、別に私だってスタイル悪いわけじゃないけど……こうしていろんな部分を付け足したら、微妙に勝てる気がしないなぁ)


 いい加減、親友と呼んでも差し支えないほどの時間を過ごしてきた友人の身体を眺め、素直にそう思う。


「こーら。じろじろ見過ぎ」

「あ、ごめん」

「別にいいけど。……それで? 私の身体を眺めた感想は?」

「ああ、うん。色々と考えたんだけど、私の方が可愛いって結論に落ち着いた。残念だったね」

「お、なんだケンカか?」


 梨央が臨戦体勢を取ってくる。

 私も「望むところだけど?」と更に煽るような口調で返しながら、臨戦体勢を取った。

 もちろん、お互いに本気じゃないことは分かっている。こんなのはいつものじゃれ合いの範疇だ。


 ちょっと睨み合ってから、お互いにぷっと噴き出す。


「もーバカやってないで、早く洗って温泉浸かろうよ」

「さんせー」


 言い合って、私たちは手早く、でも決して乱暴には扱わず、丁寧な手付きで身体を髪の毛を洗う。

 いくら早く温泉に浸かりたいからといって、そこは女子として決して手は抜けないところだ。


 そうして、色々と洗い終えた私たちは、お湯にタオルを付けないように身体から外し、ゆっくりと温泉に身体を沈める。

 全身が心地の良い温かさに包まれ、思わず、「~~っ」という声にならない声が漏れた。


 隣の梨央も、同じようなリアクションを取っていて、私たちはお互いに顔を見合わせて、再度ぽふん、と噴き出した。


「あっはは、空ってばおじさんみたい!」

「いやいやー梨央も中々のおじさん具合だったよ?」

「まあ、こんなに気持ちいいんだから、おじさんになるのも致し方なし」

「異論なし」


 2人してはふぅと深い息を吐き、温泉を堪能していると、


「そういえば、鳴宮をさ。このままグループに入らないかって誘ってみたんだよね」

「え? そうなんだ? で、結果は?」

「見事に断られました」

「あはは。まあ、優陽くんならそう言うだろうねぇ」


 断っている姿が簡単に想像出来る。

 

「皆が許してくれないだろうってさ。本当はあれだけスペック高いのにね」

「うーん。私は再三自信持ってって言ってるんだけどねぇ」


 話しかけた頃に比べれば、ちょっとは前向きになった気がしないでもないけど。

 

「まあ、肝は据わってるんだし、その気になれば周りなんか気にせずにグループに入ってくれると思うよ?」

「あぁー……。普段あれだけ自信なさそうにしておいて、大事なこととかは一切躊躇うことなく言ったりするからね、鳴宮は」

「ほんとそれねー。あんなに温和で大人しそうなのに、自分がほんとに大事だと思っていることは譲らないんだよ、優陽くんは」


 ここ1ヶ月の間に、ちょくちょく見せた真っ直ぐな瞳が思い浮かぶ。 

 少しドキッとしてしまうくらいなのに、瞬きした瞬間にはいつものふにゃっとした感じに戻ってしまうのだ。


(ほんと、変わってて面白い人だよね)


 そんな友人の姿を脳裏に浮かべ、こっそりと頬を緩める。


「拓人とも結構いいコンビになりそうだよね」

「ね。あ、そういえば、聞いてよ。拓人ってば肝試しの時にさー」


 そのまま、私たちは温泉から出るまで、友人たちについての話題で大いに盛り上がった。

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