第39話 黒髪美少女がひたすら理性をくすぐってくる話
「え、い、いいよ! そこまでしなくても! こんなのしばらく休んだら治るから!」
「いいから乗って。後ろから次の組が追いついてきたらどうするつもり? 今の状況で上手く誤魔化せる自信ある?」
有無を言わせない口調で言うと、和泉さんは言葉に詰まった。
いくら和泉さんとはいえ、苦手な状況下にいて、怖い思いをしている中、強がったり、上手く誤魔化せるとは思えない。
和泉さんは少し逡巡し、やがて、大きなため息をついた。
「ごめん。鳴宮の言う通りだ。ちょっと自信ないや。悪いんだけど、お願い出来る?」
「もちろん。俺は元々そのつもりだよ」
微笑んでみせると、和泉さんはどこかまだ迷っている様子だったけど、おずおずと俺の肩に手をかけてきた。
俺はゆっくりと立ち上がりながら、なるべく太ももの方に手がいかないように気を付けつつ、和泉さんの足に手を回す。
「……重くない?」
「人1人分はどうしても重いけど、全然軽い方だよ」
ちょっとだけ不安そうな声音に、俺はそう返す。
最初から重量の心配はしていなかったけど、これなら全然許容範囲だ。
そんなことよりも、背中から伝わってくる和泉さんの体温とか、甘い匂いだとか、柔らかさが伝わってきて理性をくすぐってくる方が俺にとっては問題だ。
弁明しておくけれど、やましい気持ちなんて1つもなく、本当に和泉さんを心配しての行動だった。
でも、いざ背負ってみると、どうしたって色々と意識させられてしまったのだ。
(って全部言い訳にしか聞こえないよなぁ……)
一応、和泉さんは身体が密着し過ぎないように、手を俺の首に回すことなく、肩に置いたままなので、胸が当たったりはしていない。
それでも、俺の理性をくすぐるには、今のこの状況だけで十分過ぎる。
俺は努めて意識からそれらを追い出しながら、歩き出す。
「……はぁ。本当、我ながらダサ過ぎる。腰まで抜かすなんて」
「全然ダサくないよ。苦手なんだし仕方ないって」
「いーや。あげく、同級生に背負われてるんだからダサいんだよ」
不満そうな声が背中から聞こえてくる。
「鳴宮ってやっぱりホラー耐性ある方でしょ。羨ましい」
「え、いやいや。全然そんなことないよ」
「嘘。だってそんな平然としてるし」
「そりゃまあ……さすがに怖がってる女の子が目の前にいるのに、ビビってられないよ。陰キャにだって、そのくらいの意地はある」
「お、おお。思った以上に男前な答えが返ってきて、ちょっと戸惑う」
男前なのかな? 陰キャにせよ陽キャにせよ、女子の前でカッコ悪いところを見せたくないって思うのは当たり前のことだと思うけど……。
俺が首を傾げていると、
『――ふふふふふふふ』
どこかから女性の笑い声が聞こえてきた。
「ひっ……!」
その声に怯えた和泉さんが、ぎゅっと抱き着いてくる。
そうなると、俺の背中には和泉さんの胸が押し付けられるわけで……。
(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? せ、背中に柔らかいものがががががががが!?)
脳と身体が完全にフリーズした。
だってしょうがないじゃない。おっぱいだよ? しかも学年一の美少女の座を争ってる子の。
声を上げなかっただけ褒めてほしい。
「もぉぉぉ! 不意打ちとか本当やめてほしい!」
「……俺もそう思う」
多分、今、2人の気持ちは1つだ。
……間違いなく方向性は違うけど。
(なるほど、先生たちはこういう風に俺を恐怖させようって魂胆なのか……)
肝試し……なんて恐ろしいんだ。
と、まあこんな感じでバカなことを考えつつ、歩を進めていき。
先生たちが驚かす度に、和泉さんが抱きついてきて、その度に胸が押し付けられ、理性を攻撃されるのを繰り返して。
ようやく、目的地の神社付近まで辿り着いた。元々、そこまで長いコースじゃなくて本当によかったと思う。
まあ、だとしても……俺の理性は限界です。
「鳴宮。もう大丈夫だから、降ろして。ここまでありがとう」
「う、うん」
や、やっと解放された……。
背中にまだ温もりが残っているのが生々しいけれど、ひとまずは安心だ。
「早くお札取って、こんな所おさらばしよう。文明の明かりが恋しい」
「そうだね。ここにいないってことは、芹沢さんたちはもうゴールしてるんだろうし」
視線の先に見えていた、古めかしい神社へと近づいていき、敷地内に足を踏み入れる。
すると、賽銭箱がある段差の前に、台があり、その上に手作り感満載なお札が置かれていた。
俺は和泉さんと顔を見合わせて、頷き合い、台に近づいてお札を取った。
「よーし帰ろうすぐに帰ろう。ホラー系はしばらく……というかもう勘弁!」
「はは、俺もしばらくはいいや」
俺の肝は十分に試されただろうし。
と、あとは下るだけとなった俺たちが談笑しながら神社をあとにしようとして、振り返る直前、スパンと音を立てて襖が開く。
反射的にそっちを見ると、そこには白装束で長い髪の女性が立って、俺たちを見下ろしていた。
「「……」」
俺と和泉さんは、ついその女性を黙って見つめてしまう。
そして、女性が勢いよく顔を上げ、
「――結婚したぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッ! 私も彼氏が欲しいぃぃぃぃぃぃぃぃッ! 羨ましいぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」
もの凄い形相で襲いかかってきた!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「きゃぁぁぁぁぁああああああああ!?」
俺たちはその女性(恐らく声的に三十路彼氏無しの先生)から一目散に逃げ出す。
そのままの勢いで、一気に帰り道を駆け抜けていき、キャンプファイヤーをやっていた広場付近まで戻ってきた。
俺と和泉さんが息を整えつつ、広場に入ると、俺たちに気が付いた芹沢さんと藤城君が手を挙げてきた。
「よ。2人とも、お疲れ」
「その感じ。もしかして最後の神社のとこの先生にやられたでしょ?」
「う、うん。もう終わったと思って完全に油断してたよ。最後の最後だけそれで和泉さんもびっくりしちゃってさ」
視界の端で、和泉さんが息を呑んで、俺を見たのが分かった。
俺はそれにあえて気づかないふりをする。
「あははは! 分かる!」
「聞いた話じゃ、あの最後の驚かし、男女2人ペアの時だけ現れる完全私怨の嫌がらせらしいぞ」
「……えーそうなんだー! さいてー! あれマジでびっくりしたし」
「梨央の悲鳴とか超レアじゃん! いいなー優陽くん、私も聞いてみたかったなー」
「あはは、聞けなくて残念でしたー」
「優陽くん、どんなのだったー?」
「んー……悪いけど、秘密ってことで」
えー、ケチーと不満そうにする芹沢さんを笑いつつ、他愛のない話で盛り上がりながら、俺たちは宿舎に帰ってきた。
「んじゃ、また明日ー」
「おやすみー2人ともー」
男女の部屋はフロアが違うので、芹沢さんと和泉さんとはエレベーターの前で別れようとして、
「あ、鳴宮。ちょいこっち」
和泉さんに呼び止められた。
なんだろう、と手招きをする和泉さんに近づくと、彼女は口元に手を添えながら、俺の耳元に顔を近づけて、囁いてくる。
「今日は色々とありがと。助かった」
それだけ、と和泉さんが俺から離れる。
その際、彼女の艶のある黒髪セミロングが俺の頬を、囁き声が俺の心を撫でていき、もの凄くむず痒い気分になった。
少しドギマギしてしまった俺は、結局「う、うん。どういたしまして」と当たり障りのない言葉を返し、去っていく芹沢さんと和泉さんを見送った。
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