第38話 黒髪美少女は意外と子供っぽい
「苦手って……ええ!?」
一瞬、なんの冗談だろうと思ったけれど、摘まれた腰から、微かに手の震えが伝わってくる。
(嘘じゃ、ないんだ)
そこで、俺はさっき和泉さんが言っていたすぐに分かる、という言葉の意味を理解した。
「和泉さんって大人っぽいから、てっきりこういうの平気なんだって思ってたよ」
「お、大人だって、怖いの苦手な人結構いるでしょ」
和泉さんが気恥ずかしそうにふいっと目を逸らす。
その仕草は、未だに腰の辺りが摘まれていることも相まって、まるで子供が拗ねているようだ。
(これがラノベとかでよく見るギャップってものか……)
と、少し場違いなことを考えてしまう。
和泉さんが怖がっているのは間違いないし、それに対してこんな感想、失礼だ。
「……もしかしなくても、ペアを組むって段階から無理してた、よね?」
「……」
返ってきたのは無言。
でも、ここで黙るのは肯定と同じことだ。
「それなら、4人で行けばよかったのに。人数少ない方がもっと怖いでしょ? それなのにどうして2人を組ませようとしたのさ」
「……拓人のことを応援してたのは本当だし、それに……私、あの2人に怖いの苦手なの言ってないから」
「え? ……そうなんだ」
意外だ。
俺の知ってる限り、1年の頃からあんなに仲良さそうなのに。
多分、意外だと思ったのが表情に出てしまっていたのだろう。
和泉さんは拗ねたように「だ、だって」と口を開いた。
「……怖いのが苦手なんて、子供っぽくてカッコ悪いし」
「…………っく」
その拗ねたような表情と声音、本当に子供のような理由に俺はうっかり吹き出しかけ、すんでのところで堪えた。
やっぱり、怖いものが苦手なんて子供っぽいって自分でも思ってたんだ……!
「あ! 今笑ったでしょ!?」
「わ、笑ってないよ……!」
「嘘だ! 声が震えてるし!」
「いやいや、弱点だらけのクソ雑魚の俺が人の弱点を笑うわけないって……!」
「お、おう……急に凄い自虐入れてくるね……」
憤っていた和泉さんが、突然引いたような顔をする。
追求が止んだお陰で、俺も落ち着く時間が出来たので、改めて和泉さんと向き直った。
「だったら俺にも打ち明けずに黙っておけばよかったのに。なんで俺には言ったの?」
「……この状況になったらどうせ遅かれ早かれバレるし」
「あーなるほど。確かにそうかもね」
「それに、鳴宮ならからかったりしてこないと思ってたから……だったんだけどなぁ」
言葉尻にいくにつれて、和泉さんの目がじとりとしたものに変わっていく。
その様子を見た俺は、慌てて弁明を述べた。
「か、からかってないよ。笑いそうになったのも堪えたし」
「……やっぱり笑ったんじゃん」
「……あ」
やばい。完全に墓穴を掘った。
俺はどうにかこのじとっとした目から逃れたくて、咄嗟に別の話題を口にする。
「と、とにかくここでずっとこうしてたら後続が来ちゃうし、進むにせよ、リタイアするにせよ、そろそろ動かないとまずいんじゃない?」
「……それもそうだね」
「それで、どうするの? 怖いなら無理に進もうとしなくてもいいと思うけど……」
和泉さんのようにこういうのが苦手な人も少なくないだろうし、いくらなんでも必ずやらないといけないというわけではないはずだ。
「……いい。進む」
「本当にいいの?」
「リタイアしたら絶対ビビったって思われるし」
まあ、確かに芹沢さんたちはもう行ってしまったわけだから、ゴール地点で合流出来ないと色々と詮索されちゃうか。
そうなったら、和泉さんが俺に苦手なものを打ち明けた意味もなくなってしまう。
「ま、暗めの雰囲気に怖がったりしてみましたが、いくら先生たちが脅かし役に気合入れてるって言っても、実際のところはたかが知れてる――」
『――うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!?』
『――きゃぁぁぁぁぁああああああああ!?』
和泉さんが自らを鼓舞するように喋っていると、どこかから響いてきた誰かの叫び声にかき消される。
気のせいかもしれないけど、今の叫び声、なんか芹沢さんたちのものだったような気がしてならない。
俺たちは思わず黙ってお互いの顔を見合わせた。
(というか、触れなかっただけで悲鳴自体は割と頻繁に聞こえてきてるんだよね……)
和泉さんは恐らくめちゃくちゃ強がって我慢してるんだろうし、俺もあえて意識させるようなことを言わない為に、聞こえないふりを貫いていたところがあるけど。
「あー……行こうか」
「……」
和泉さんが顔を青くして、無言で頷いた。
そのまま少し歩いたところで、山道が開け、廃屋が建っている場所に出た。
中々雰囲気がある。多分、初めに仕掛けてくるのはここだろう。
「和泉さん。多分ここになにか仕掛けられてるから、気を付けよう」
俺がそう言うと、和泉さんは無言でこくこくと頷く。
こうして伝えておけば心構えくらいは出来るだろう。
そうして、砂利の音を鳴らしながら、廃屋付近を通り過ぎる。
「……あれ?」
なにも出てこない。
試しに、そのまま歩き続けて、廃屋エリアが終わるところまで移動してみるけど、やっぱりなにも起こらなかった。
(絶対あそこから飛び出してきたりとか、大きな音でも鳴らすもんだと思ってたんだけど)
俺は首を傾げつつ、和泉さんの様子をうかがうのを忘れない。
「肩透かしだったね。大丈夫?」
「……なんとかね。ちょっと慣れてきたかも……」
よかった。頷くだけのロボットと化していた和泉さんが、ようやく言語を取り戻せたみたいだ。
「もしあれだったら、背中くらいは貸すから。顔隠すのにでも使ってよ」
「あはは、なるべくそうならないようにするけど、もしもの時はお願いしようかな」
せめて怖さを紛らわせようと、冗談めかしたトーンで言うと、同じくらい冗談めかしたトーンが返ってきた。
うん、これなら大丈夫そう。
そう思っていると、背後からバーンと音が鳴り響く。
その音に肩を跳ねさせながら、振り返ると、
「お前らイチャイチャしてんじゃねーぞゴラァァァァァァッ!」
廃屋から飛び出てきた男性教員(噂によると彼女無しらしい)が雄たけびを上げながらダッシュで追ってきた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!?」
そのあまりの形相に、俺たちは泡を食ったように全力で駆け出す。
とにかく必死に足を動かし、走り続けていると、男性教諭はようやく諦めてくれた。
なんか手に鉈のようなものを持っていたような気がするけど、おもちゃだと信じたい。
「はぁっ……! はぁっ……!」
「っ……! っ……!」
無事に逃げ延びた俺たちは揃って息を整える。
(想像してたのとはまったく別の恐怖だった……殺されるかと思った……!)
なおも激しく音を立てる心臓を落ち着かせるように、胸に手を当てて、大きく息を吐き出すと、横で和泉さんがぺたんと崩れ落ちた。
「だ、大丈夫!?」
「……ご、ごめっ……腰抜けて……」
「え!?」
ど、どうすればいいんだろう……このままにしておくわけにもいかないし……。
(……いや、いくら考えたところで、この場で俺が取れる行動は1つだけだ)
悩んでいる時間がもったいないと、俺は早速行動に移す、
「分かった。とりあえず俺が背負うから、乗って」
俺は和泉さんの前に、背中を向けてしゃがみ込んだ。
***
あとがきです。
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