第4話 美少女との電話
「……やっぱり夢じゃないよなぁ」
ベッドに放ったスマホを見下ろしながらそう独りごちる。
部屋に帰ってきてからもう同じことを何度も呟き、その度に頰をつねったりしてみてるけど、何度やったところで画面に表示されたものが消えたりすることはなかった。
「……まさか、あの芹沢さんと本当に友達になってしまったなんて」
RAINに新しく増えた友達の名前を見ながら、何度も夢かどうかを確認したはずなのに、未だに信じられない気分だ。
自分だって信じられないくらいなんだから、きっとこのことを誰かに話しても信じてもらえないだろう。……そもそも話す相手いないけど。
「……とりあえずよろしくの一言でも送っておいた方がいいよね」
悲しいことを考えつつ、芹沢さんとの個人チャットを開き、文字を打ち込もうとしたところで、スマホが音を鳴らす。
『(芹沢空)やっほー、優陽くん!』
『(芹沢空)早速連絡してみました!』
『(芹沢空)って、ありゃ? 即既読?』
『(芹沢空)もしかして私と友達になれたのが嬉し過ぎてメッセージを送る勇気がないままなにもないトーク画面を眺めてたり?』
『(芹沢空)いくら私が可愛いからってなにもないトーク画面を見つめてときめかれても困るよー?』
まずい。急に連絡が来たことに驚いて呆気に取られてつい眺めてしまっている間にあらぬ誤解をされてしまっている。
『(優陽)違うから』
『(優陽)よろしくって送ろうとしたところにちょうどメッセージが来ちゃっただけだから』
『(芹沢空)なーんだ、そっかー』
『(芹沢空)てっきり私の可愛さがついに次元の壁超えてアプリにまで影響を及ぼし始めたのかと思っちゃった』
『(優陽)え、いくらなんでもそこまで言うのは怖いんだけど』
自己評価の高さもここまでいくともはや別のなにかじゃない……?
というかいくら相手が美少女とはいえ、ただのトーク画面にときめきを覚えるのは変態と言っても差し支えないだろう。
『(芹沢空)私も私の可愛さが自分で怖くなる時があるよ』
『(優陽)あーうん、もうそれでいいです』
『(芹沢空)優陽くんも納得したところで話を戻すとね』
まるでこっちが脱線させたみたいな言い草だ。
履歴を見返したら脱線どころかそもそもそれらしい本題もなかったけど。
『(芹沢空)せっかく連絡先も交換したことだし』
『(芹沢空)念願のオタ話に花を咲かせようかと思って連絡しました!』
ああ、なるほど。そういうことか。
『(芹沢空)今って忙しかったりする?』
『(優陽)いや、大丈夫。空いてるよ』
家事とか色々やることはあるけど、明日は休みだし後回しにしても大丈夫。
そんなことよりも初めて出来た友達との交流をする方がよっぽど大切だしね。
『(芹沢空)よかった!』
『(芹沢空)それなら、電話してもいい?』
電話……?
出てきた単語に文字を打ち込む指が一瞬ピタリと止まる。
『(優陽)いいけど、このままチャットじゃダメなの?』
『(芹沢空)長文、打つ。めんどい』
なんで急にカタコト?
けど、確かに昼間のオタ話モードだとかなりの長文と連投になりそうなのは間違いない。
ひとまず、把握と返事を返すと、すぐに芹沢さんから電話がかかってきた。
初めての友達との電話、しかも相手は超がつくほどの美少女の異性。
そんなの緊張しないわけがない。
少しだけ気持ちを落ち着ける時間を要し、意を決して通話ボタンに触れた。
『もしもしー?』
瞬間、耳をくすぐってくる芹沢さんの声。
まるで耳の傍で囁かれているようなくすぐったさに、返事を忘れて黙り込んでしまう。
『あれ? 優陽くん? おーい? 聞こえてるー? もしもーし?』
何度も呼びかけられ、ようやくハッとした俺は慌てて口を開いた。
「も、もしもし! 聞こえてる!」
記念すべき初友達との初電話の第一声、見事に裏返る。
恥ずかしいので触れてくれるなと願ったけど、そんな俺の願いは届かず、スマホから楽しげな笑い声が聞こえてきた。
『優陽くん緊張し過ぎー』
「緊張というか……緊張もしてるけど、耳元で芹沢さんの声が聞こえてくるから……驚いたというか」
『ほうほう、なるほど。つまり優陽くんは私の声にまるで本職の声優がやるようなASMR味を見出してしまった、ということだね』
「そこまでは言ってないけど」
『まあ、私は声も天使級に可愛いし。そうなっても仕方ないよね』
「ねえ俺たちって今本当に会話出来てる? 電波障害とか起きてない?」
会話の噛み合わなさが異次元過ぎる。
俺はふう、と息を吐いて、自らの素直な心境を口に出す。
「……仕方ないじゃん。芹沢さんは異性と電話するのに慣れてるかもしれないけどさ、俺は友達とするのも異性とするのもどっちも初めてなんだから」
『あ、私も異性とするのは優陽くんが初めてだよ?』
「へ?」
『言ったでしょ? 私はこう見えても身持ちの硬い女だって。私が特定の誰かと電話なんてしたら相手を勘違いさせちゃうし』
「……じゃあ俺はいいの?」
問うと『んー』とのんびりした声が返ってきた。
『優陽くんは大丈夫だと思うんだよね』
「言い切ったね。その心は?」
『だって、そんな簡単に私に異性としての好意を抱くなら、今日この日までに容姿だけで惚れられてないとおかしいし。今日話してみてもそんな素振りまるで見せなかったから』
「えっと、信じてもらえるのは嬉しいんだけどさ……たったそれだけで信じてもいいの? 上手く隠してるだけかもしれないよ?」
『かもね。けど、私は優陽くんと話す為に1年間君のことを見てたんだよ?』
ふふん、と得意気な声。
『話したことはないけど、優陽くんのことを知りたいと思って見てたんだから。ただ同じ空間でなんとなく過ごしてただけならまだしも、どんな人か知りたいって意識して見ていたなら、1年は十分過ぎる時間だよ』
「……」
『だから、優陽くんがどういう人なのかはある程度は知ってるつもり』
「あー……えっと……それは、どうも」
『お、もしかして照れてる?』
「……そりゃ、ずっと見てたなんて言われたらね」
相手は仮にも校内で圧倒的な人気を誇るトップカースト所属の美少女なわけで。
そんな相手が俺のなんかのことを知りたいと思って見ていたなんて言われたら照れないわけがない。
『ふっふっふ。これでも私は人を見る目には自信があるんだよねー。私のお眼鏡に適ったことを光栄に思うがいいよ』
「……そうだね」
絶対買い被り過ぎだと思うんだけど。
とはいえ、そう言われて嬉しいのも間違いないので、ここは素直に喜んでおこう。
「それはそれとしてさ。そっちも異性と電話するのが初めてなら、耳元で男の声がするのって変な感じとかしないの?」
『私スピーカーにしてるから』
……その手があったか。
先人の知恵に倣い、耳からスマホを離した俺は早速スピーカーをオンにした。
『さ、気を取り直して早速話をしよ!』
「そんなに気合を入れること?」
『だって念願のオタ話だもん! ずっと我慢してた分歯止めが効かなくなって長時間+テンション上がって大声になって親にうるさいって怒られたらごめん! 先に謝っとく!』
ああ、今日のあの様子を見ているせいで簡単に想像つくなあ。
けど、その心配はない。
「大丈夫。うち親いないから」
『……え?』
なんのことでもないのでさらりと告げると、数秒前まで明るかった芹沢さんの声音が嘘のように静寂に変わった。
あれ? なんで急に静かに?
別になにも変なことは……あ。
「ごめん! 言い方が悪かった! 俺、親と離れて1人暮らししてるから怒られる心配はないってこと」
『……なーんだそういうことかー! 紛らわしいよ、もー!』
「あはは、ごめんごめん。対人経験少ないから言葉選び間違えちゃったみたい」
『そんな悲しいことを爽やかに言わないでよ……。けどそっかー、1人暮らしなんだー!』
その声に俺が言葉を返す前に、芹沢さんが『ねっ』と続ける。
『明日優陽くんの部屋に遊びに行きたい!』
「え!?」
『ダメ?』
俺の部屋に遊びに来る? あの芹沢さんが? 俺の部屋に?
あまりに現実味のない展開に、何度も今言われたことを頭の中で反芻してみたけど、どこまで行ってもやはりふわふわとしていて、現実感なんてものは湧いてこない。
「とりあえず芹沢さんがいいのなら、いいよ」
『ほんと!? やたーっ!』
驚いただけで、嫌だったわけじゃない。
というか、そこまで大げさに喜ばれると、ただ部屋に呼んだだけなのになんだかいいことをした気分になるな。
俺は知らず知らずの内に口角を上げ、頬を緩めてしまっていた。
『じゃあ明日の予定も決めなきゃね! どうしよっか?』
「時間はそっちの都合に合わせるよ。けど、とりあえず色々と準備とか掃除とかしたいから少し時間をもらえると助かるかな」
『分かった! じゃああとで改めてメッセージ送るね?』
「うん、待ち合わせ場所は考えとくから」
『了解っ!』
一段と弾んだ声音が鼓膜を振るわせる。
まるでスマホの向こうで敬礼でもしていそうなテンションだな、と思わずクスッと笑ってしまう。
『ひとまずまとまったところで話は戻るんだけどさ、優陽くんってどの作品が好きなの?』
「えっと、俺は——」
その後、芹沢さんが望んでいた通り、オタクトークをたっぷり行い、初めての友達との電話は終了したのだった。
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