第5話 美少女を迎えに

 芹沢さんとの電話から時間は経ち、次の日。

 

「――ふう。とりあえずこんなもんで大丈夫、だよね?」


 俺は掃除を終えた部屋を見渡していた。

 隅々まで掃除をした部屋は住み始めと遜色ないくらい綺麗になっている。

 それなのに、一抹の不安は拭えない。

 

 友達を家に招くのも初めてなのに、ましてや相手は異性。もし変なところとか、気に入らない部分があって不快にさせたら……?

 そうなったら最悪友達をやめるという展開にもなるかもしれないわけで。

 

「……いや、年末の大掃除どころか生涯で1番掃除した自信はあるし、おもてなし用のお菓子もぬかりなく用意してるんだから、絶対大丈夫なはず」


 なんなら変な匂いがしないように換気扇とか配水管の手入れも済ませてあるし、シンクだってかつてないほどピッカピカだ。

 

 不安は不安だけど、そろそろ迎えに行かないと芹沢さんが待ち合わせ場所に着いてしまう。

 もし、万が一待たせるようなことがあれば打ち首以外あり得ない。


 俺は財布やスマホ、鍵などをポケットに雑にねじ込み、部屋を出て、待ち合わせ場所である最寄りのコンビニへと向かう。


 実は電話のあとのチャットで芹沢さんの家は俺の部屋と割と近所であることが判明し、指定したコンビニも分かるというので、そこに決めさせてもらった。


 待ち合わせ場所にしては風情がなさすぎるけど、駅や人の多いところだと芹沢さんの知り合いに見られたら確実に誤解されてしまうので逆にちょうどいいのかもしれない。


 まあ仮に同じクラスの人に見られたとしても、一緒に歩いているのが俺だってことに気づかれない可能性の方が高い。悲しい。


「でも、さすがに一緒にマンションに入っていくのを見られたら言い訳のしようもないからなぁ」


 コンビニに着いた俺はそわそわと落ち着きなくあたりを見回しつつ、そう零す。

 

 指定した待ち合わせ時間よりも結構早く出てきたので、大体15分くらいそわそわとしつつ、回りを眺めるということを繰り返していると、こっちに向かって歩いてくる芹沢さんを見つけた。


 ちょうど信号で立ち止まっていた芹沢さんは俺に気づくと、口をあの形に開ける。

 それから、目尻を下げて笑みを作り、胸のあたりに手を挙げた。


 なんと言うか、あの可愛い笑顔と動きが俺に向けられていると思うととてもむず痒い。

 

 もし約束していなければ自分に向けられていると思い反応して、実は自分の後ろにいる人物に対してのアクションで勘違いして恥ずかしくなっているところだ。死にたい。


 黒歴史を思い出してしまい、悶えそうになるのをどうにか堪えていると信号が変わり、芹沢さんが小走りで駆け寄ってくる。


 なんとなく目を逸らすのも変で、駆け寄ってくる芹沢さんをまじまじと眺めてしまう。


 薄い水色の大きめなパーカーに膝に届かないくらいのショートパンツにスニーカー、更に頭には黒いキャップを被っていて、全体的にスポーティな服装だ。


 一見ラフに見えるのに、しっかりおしゃれに見えるので、色々と計算しているのかもしれない。

 まあ、おしゃれのことなんてさっぱり分からないんだけど。

 

 陰キャはパーカーのフードがあるのに帽子を被るというおしゃれを理解出来ないからね。偏見が過ぎる。

 

「やっほー、優陽くん。お待たせー」


 と、馬鹿なことを考えている間近くに駆け寄ってきた芹沢さんが上目遣いで見上げてきた。

 あまりの距離の近さに、やっぱり少したじろいでしまう。

 

 そんな俺の反応を見た芹沢さんは、こっちを見上げたままにまーっと笑みを浮かべる。


「もしかして、私服姿の私も天使過ぎた? まあ、当然のこととはいえ仕方ないなー、優陽くんはー」

「……確かにおしゃれだし可愛いなーとは思ってたけど本人に言われるととても釈然としないよ」


 言葉通り、納得がいかないので軽く目を細めてじとりとした視線と共に返す。

 すると、芹沢さんがなぜか「お、おう」と驚いたように呟き、さっきまでのからかいの笑みを引っ込め、口元をもにょっとさせた。


 と、思ったら唇を少し突き出し、じとーっとこっちをなんだか不満げに見上げてくる。

 頬は少しだけ赤く染まっていた。

 

「……もしかして照れてたり?」

「……」

「え、本当に?」


 冗談のつもりで言ったんだけど、まさか本当にそうだったらしい。


「でも、自分でも言ってるし、可愛いなんて言われ慣れてるでしょ? なんで照れるの?」

「……なんか優陽くんのは口説こうとしてきてないのが分かる分含みがないからガチ感が強くて受け流せなかったんだよ」

「えーっと……? ごめん、ちょっとよく分からないや。俺はただ思ったことを言っただけで……」


 本当に分からないので、首を捻っていると、なおもじとっとこっちを見上げていた芹沢さんが諦めたようにため息をついた。

 

 それから「だからそういうところだよ」と呆れたように呟き、軽くぽふんと腹部を殴ってきた。一体なんなんだ。


 なおも分からずにいると、


「いいから、もう行こっ。どっち?」

「あ、えっと、こっち」


 俺がマンションの方へ歩き始めると、芹沢さんが横に並んで歩き始める。


「優陽くん、よく人から天然って言われたりしない?」

「え? いや、言われたことないよ。そもそもあまり人と関わってこなかったし」

「あ、え……な、なんかごめんね?」


 なんだかものすごく気を遣わせてしまった。

 俺を見る芹沢さんの目にとても気の毒そうな色が浮かぶ。


「いいよ、別に。もう今更って感じだから」

「うーん……でも、どうして優陽くんって友達が出来なかったの? 見た目はちょっと野暮ったくて根暗っぽく見えるけど、普通に会話出来るのに」

「自覚はあるけど一言余計じゃない?」


 あまりに明け透けな物言いに思わず苦笑を漏らす。


「……うちの親が転勤族でさ。昔から転校も多くて、どうせ転校するのに友達作ってもなー、とか幼いなりに考えちゃって、自然と1人でいることが多くなったって感じかな。あとは昔は単にかなり人見知りだったから」

「あー、そういうこと」

「それで、この歳までろくに友達を作れずにいたら作り方も分からないままになっちゃったってわけ」

「なるほどー。ってことは、今1人で暮らしてるのも親の転勤の影響?」

「うん。高校に受かった時くらいにまた転勤が決まってさ。さすがにそのタイミングで転校するのはちょっとってなって。もう高校生なんだし1人暮らしってことで話がまとまったんだ」

 

 隣から「へー、そうだったんだー!」と明るい相槌が聞こえてくる。

 対人関係に乏しい俺でも上手く会話が出来ているような気がするのは、やっぱり芹沢さんが話しやすいからだろう。


 こういった細かな会話スキルを見ていると、さすがはトップカーストだなーと感服してしまう。

 そんなことを話している内に、マンションの前に辿り着いた。

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