第6話 美少女陽キャは部屋に訪れる

「おっじゃまっしまーす」


 鍵を開けて、先に部屋に入ると背後から跳ねるような声音が聞こえてきて、芹沢さんが俺の後ろに続く。


「わー、結構いいところ住んでるね」

「俺はワンルームでもいいって言ったんだけどね。今まで仕事の都合であちこち連れ回したし、これくらいはさせてくれって言うから素直に甘えておいたんだ」


 今まで我慢させた分、高校に入ったら友達をたくさん部屋に呼んでほしかったらしい。

 

 その親からのありがたい厚意を受けた俺は現在進行形で真逆の道であるぼっち街道をまっしぐら状態だったので、ものすごくいたたまれない気持ちになったことをよく覚えている。


 ……まあ結局親の期待を裏切り、友達たくさん部屋に呼ぶどころか、高校でも1年ほどぼっちを貫き、1人も呼んだことがないことは秘密にしてるんだけどね。多分泣かれるし。


 とまあ、色々ありはしたけれど、最初は広過ぎると思っていたこの1LDKの部屋も立地もいいこともあり今はそこそこ気に入っていた。


「おー……!」


 リビングに足を踏み入れた芹沢さんが、なにがそんなに楽しいのか目を輝かせて部屋を見回す。


「わー、優陽くんの部屋だー」

「これで俺の部屋じゃなかったらホラーでしょ」


 少し笑いながら言うと、芹沢さんがむっとする。


「そうじゃなくて、なんか優陽くんって感じの部屋ってことだよ」

「俺って感じって……」


 そう言われて、自分でも改めて部屋の中を見回していく。

 置くならここしかないという位置に置かれたなんの変哲も面白味もない家具配置に、シンプルで無難な家具類。


「なるほど。つまり、なんの面白味もなくて飾り気もなくて地味ってことか」

「なんで今の会話の流れからそんなネガティブ方面に持ってけるの!?」

「え、違うの?」

「違うよ!」


 違ったか。俺なりに素直に受け取ったつもりだったんだけど。

 もうっ、と芹沢さんは頰を軽く膨らませて、不満を露わにしてから、また部屋をきょろきょろと見回す。


「それにしても綺麗にしてるね。凄く好感が持てるよ。やっぱり男の子の部屋って散らかってるイメージあるからさ」

「あはは、そう言ってもらえると家具と私物以外の自分の痕跡を消すレベルで掃除したかいがあるよ」

「あはは、もー優陽くんってば、さすがにそれは冗談でしょ?」

「へ?」

「へ?」

「「……」」


 最初は笑っていた芹沢さんも俺のきょとんとした反応を受け、冗談ではないことを悟ったらしく、お互いに無言で見つめ合う形に。


「なんでそのレベルで掃除する必要があったの!?」

「いや初めて友達を部屋に招くわけだしなにか粗相があってもいけないと……」

「やり過ぎだよ! ここまでしてくれる気持ちは嬉しいけどさ!」

「喜んでもらえてよかったよ」

「後半部分しか受け取ってない!? そんな純粋な目をして微笑まないでよ! あまり綺麗にされ過ぎてもこっちが気を遣うから! なんか汚すことになりそうでごめんね!」


 よかれと思ってやったことだったけど、どうやら過剰だったらしい。

 まあ、実は俺も途中から薄々やり過ぎかなーと思ってた節はあるけども。失礼があってはならないという気持ちが勝ったよね。

 

「うう……なんか急にこの部屋が神聖な場所のように思えてきたよ……」

「はは、大げさだなー、芹沢さんは。ただの1LDKの一室だよ?」

「そう思わせた超本人が大げさとか言わないでよ……」


 芹沢さんがジト目で睨んでくる。

 それから、疲れたようにため息をついた。


「あのね、確かに私は世が世ならクレオパトラ、楊貴妃、私と崇め奉られる存在だと思うよ?」

「まさかの世界三大美女入り」


 小野小町には勝てるというのか。


「けど、私は普通にいつも通りの君で接してくれた方が嬉しいよ」

「……そういうものなの?」

「うん。気を遣われても遣わせても、お互いに疲れるだけだと思うし。ほどほどでいこうよ」

「じゃあ消臭スプレーを部屋中に散布して一気に半分消し飛ばす必要もなかったのかな?」

「ないよ! なんてもったいないことするのさ! 反省して!」


 怒られてしまった。

 確かに途中から薄々……ってこれはもういい。

 

「ほらほら、肩の力抜いて! リラックスしていつもの優陽くんになる!」

「へぁっ!?」


 芹沢さんがいきなり手を伸ばして俺の頬を挟みこんできたので、つい間抜けな声を上げてしまった。

 そのまま小さな手でこねくり回されていく。


「ほれほれー、早く力抜いていつも通りになって笑ってくれないとやめてあげないよー?」

「ちょっ、芹沢さっ、分かった、分かったから!」


 どうにか攻撃から抜け出して、ようやくひとごこちついた。

 相変わらず距離感が近過ぎて陰キャを殺しかねない人だ。


 けど、異性に顔を触られるという異性に免疫がない陰キャにとっては極度の緊張をもたらすのを体験してしまったせいか、さっきよりは自分の力が抜けているのが分かる。


 ……自分では気づいてなかったけど、結構肩肘張っちゃってたんだなぁ。

 それから、言われた通りに下手くそながら、口角を上げて見せた。


 すると、芹沢さんは俺の下手くそな笑顔なんかは比較にならないくらいの完璧で可愛らしい笑顔を浮かべる。


「ん! 合格! 次からは最初からそれでお願いね!」

「……もう次来ることまで確定してるんだね」

「だって優陽くん、外だと気が気じゃないんでしょ?」


 ごもっとも過ぎる意見だった。


「って、ごめん。お客さん立たせたままにしちゃって。好きなところで寛いで」

「じゃ、お言葉に甘えて。あ、本棚見てもいい?」

「ご自由にどうぞ」


 許可を出すと、芹沢さんは目を輝かせて本棚へと向かう。


「おー……! さすがのラインナップって感じ! 数もかなりあるし!」

「まだ寝室の方にもあるよ。そっちも好きにしてくれていいから」

「え、ほんと? えっちなものとかない?」

「あったら勧めてないから」

「えー、なんだー……」


 なんで残念そうなんだよ。

 交友始めて間もない異性の友達にそんなもの見られたら迷わず切腹を選ぶ。


「あ、『3等分の許嫁』のブルーレイ! 2期まで全部揃ってるじゃん!」

「観たいなら観てもいいよ?」

「いいの!? じゃあ観る! 劇場版ももうすぐだし、ちょうど予習したいと思ってたんだよねー!」

「ゴールデンウィークだよね」

「うん! アニメでも神作画だったし声優もハマり役で、このクオリティ以上のものを劇場で観られるなんて……! たまらないよね! しかも劇場版ってあの超エモいシーンあるところでしょ!? もー、神!」


 凄い。一瞬でエンジンかかった。

 こういうのを見ると、芹沢さんが本当にオタクなんだなぁ、という実感が湧いてくる。

 まあ、わざわざオタクだっていう嘘をついて俺と友達になるメリットなんてないわけだし、疑ってたわけじゃないんだけど。


 とりあえず飲み物とコップを用意し、お菓子が大量に入ったレジ袋をウキウキとしながらアニメ視聴の準備をしている芹沢さんの元へ持っていく。


「わ、ありがとー。いくら?」

「え、いいよ。俺が勝手にやったことで……」

「そういうわけにはいかないでしょ。部屋使わせてもらってるのはこっちなんだし、お金使わせたのも私なんだから」


 引き下がってくれなさそうだったので、買ったものの値段を少し安く告げ、「はいっ」と差し出されたお金を受け取った。

 

 なんというか、気遣いが出来るというか、自己評価の高さは異常だけど、こういう部分はかなりしっかりしてる人だ。


 お金を受け取り、どう過ごすべきか考え始める。

 さすがに芹沢さんの隣に座り、一緒にアニメ鑑賞はハードルが高い。

 そこまで考え、掃除に夢中で朝からなにも食べていないことに気がついた。


 ひとまず、なにか作って食べようかな。

 アニメを観始めた芹沢さんを尻目に、俺はキッチンに向かい、冷蔵庫の中を物色していく。

 ……この材料ならパスタかな。


 作るものも決まり、準備をしていると、


「なにか作るの?」


 芹沢さんがアニメをそっちのけでこっちを見ていた。


「うん、朝からなにも食べてなかったからパスタでも作ろうかと思って」

「そりゃこんなに綺麗にしてたら食べる暇もないだろうね。というか、料理出来るんだ」

「1年も1人暮らししてるから、一応困らない程度には」


 会話しながらそのまま並行して料理の準備を続けていると、芹沢さんが視線をテレビに戻さずにこっちを見続けていた。

 

「……もしかして食べたい?」


 聞くと、芹沢さんはこくんと無言で頷く。

 それから、照れくさそうにはにかんだ。


「実はあまり食べてこなかったから、結構お腹空いてるんだよね」

「そうなんだ。バタバタしてたの?」

「いや、せっかくだし優陽くんの部屋でピザでも頼んで一緒に食べようと思って。部屋で遊ぶんだし、そっちの方が楽しそうでしょ?」


 なるほど、そういうことか。

 

「ちなみにメニューは? なにパスタ?」

「ボロネーゼ風にしてみようかと」

「いいね! 楽しみだなー」

「あまり期待せずに待っててよ。人に振る舞うのは初めてだし、自信ないから」


 期待を込めた眼差しに苦笑で返し、俺は調理を開始した。 






「よし、出来た」


 香ばしい匂いが満たすキッチンの中で、呟く。

 俺的には中々満足のいく出来だと思うけど……。

 問題は完成したという呟きを聞いて、ワクワクしながらこっちを見ているお客さんだろう。


 彼女がどう思うかで、今後料理を振る舞うかどうかが決まってしまうのだから。

 もしまずいと言われたら2度と人前でキッチンに立たずにひっそりと生きていく。

 ……それ今までの俺となにも変わらないのでは?


 と、不安に駆られながらも皿に盛り付けてテーブルに置くと、芹沢さんの顔がパッと綻んだ。

 なんだろう、この顔だけで既に作ったかいがある。


「超美味しそう!」

「口に合えばいいんだけど……」


 芹沢さんはフォークを手に取り、「いただきます」と言うと、早速料理を口に運ぶ。

 固唾を飲んでそれを見守っていると、芹沢さんが「んっ!」と声を上げた。


「美味しい!」

「……本当に?」


 恐る恐る確認するように聞き返すと、「うん!」と屈託のない笑みが返ってきた。

 この笑顔で嘘を疑うのは無理がある、よね?

 2口目も笑顔のまま頬張る芹沢さん。どうやら本当らしい。


 俺は安堵の息をついて、ようやくパスタを口にする。うん、美味しい。

 

「期待以上だったので50空ちゃんポイントを上げましょう」

「謎のポイント制度」


 溜まると一体なにがあるんだろう。ちょっと興味がある。

 というか俺の記憶が正しければ、昨日のイケメンに付けてた点数より高いんだけど。

 つまり俺の手料理にはイケメン以上の価値が?

 イケメンが低いのかこっちが高いのか判断に困るところである。


 まあ、ともあれ。


「口に合ったようでよかったよ」

「ま、ぶっちゃけマズかったらどう誤魔化そうかとか考えてたんだけどね」

「……そのぶっちゃけは心にしまっておいてほしかったよ」


 妙なオチをつけられたものの、その後は終始美味しそうに食べてくれた。

 それから、一緒にアニメを観たり、最近ハマっているラノベについて語り合ったり、ゲームで協力したり、対戦を行ったりした。


 そんなことをしている内に時間は過ぎていき、あっという間に日が暮れる時間帯だ。

 

「——そろそろ帰ろうかなー」


 呟いて、芹沢さんがグッと伸びをする。

 その際胸部の膨らみが強調され、視線がうっかりそっちにいきそうになるのを咄嗟に堪えた。

 いくらなんでもちょっと無防備過ぎると思うので気を付けてほしい。

 実際にどうこうすることはないけど、俺にだって普通に性欲は存在しているのだから。


「そこまで送るよ」

「ううん、玄関までで大丈夫だよ」


 ふるふると首を横に振った芹沢さんは立ち上がり、玄関へと向かう。

 背中を追うように、俺も玄関へ向かうと、靴を履いた芹沢さんがくるりとこっちを振り返った。


「今日はありがと! 凄く楽しかった!」

「うん、こちらこそありがとう。俺も楽しかったよ」


 それこそ、時間が飛ぶように過ぎるくらいには。

 俺の言葉を受けた芹沢さんは、両手を腰の後ろで組み、もじっと身体を動かしてから、照れくさそうに見上げてくる。


「……また、来てもいいかな?」

「もちろん」


 ふっと笑ってみせると、芹沢さんはお返しと言わんばかりに眩し過ぎる笑顔を返してきたのだった。






「――ただいまー」


 空が自宅に帰り、帰宅の挨拶をすると、返事が返ってくることはなかった。

 空にとって、それはいつも通りのことである為、特に気にすることなく、靴を脱いで玄関を上がる。


(思った以上に面白い人だったなー)


 部屋に入った空が思い返すのは、ここ1年観察を続けてようやく昨日、念願のオタク友達になった優陽のことだった。

 

「まさか、ただ友達を招くだけなのに部屋中をピカピカにしてるなんて思いもしないじゃん。しかも、料理も凄い美味しかったし」


 優陽の予想を超えた奇行についつい思い出し笑いを浮かべてしまう。

 これまで色々なタイプと友達になってきた空だったが、明らかにこれまでにいなかったタイプだ。

 

「陰キャにありがちなコミュ障タイプかと思ったのに、全然普通に会話出来るし。ほんと、もっと早く話しかけておけばよかったよ」


 そのひとりごとには、表情通りのうきうきとした感情が乗っている。


「ほっ、と」


 ご機嫌な気分のまま、空が着替える為に服を脱ぐ。

 すると、鏡に彼女の均整が取れたスタイルの下着姿が映る。


「……うん。我ながら、今日ももの凄い美少女だね。今日もう終わるけど」


 人には決して見せてはいないが、空は自分の可愛さを維持、向上の為に人知れず努力は怠っていない。

 鏡の前で色々とポーズや、表情を作ってみて、その努力が今日も問題なく発揮されていることを確認し、空は満足そうに頷く。

 

(このまま先にシャワーでも浴びちゃうかー)


 そう考えた空は、下着姿のまま浴室へと向かう。

 これから、もっと優陽とたくさん話せればいいなーと思いながら。

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