第3話 陰キャ、美少女から友達申請をされる
なんでかは知らないけど、学校のアイドル的存在の美少女と下校を共にすることになりました。
なんでかは本当に分からないけれど、今日はいい天気です。
そんな風に現実逃避をしていると、やや前方を歩いていた芹沢さんがくるりと振り返った。
「鳴宮くんの家ってどの辺?」
「……まだちょっと歩く感じかな」
「そうなんだ。……ってさっきからずっとなんできょろきょろしてるの?」
「いやちょっと襲撃とか暗殺とかを警戒して」
「なんでそんな心配を!?」
「え、普通するでしょ」
「だからなんで!?」
「だって学校のアイドル的存在の子と俺みたいなのが一緒に歩いてるんだよ? ファンからしたら襲撃案件じゃない?」
襲撃暗殺その他諸々エトセトラを抜きにしても、少なくとも、好意的な目では見られないことだけは確かだろう。
「まあ、確かに私の隣を歩く権利なんてお金を払ってでも欲しいって人はたくさんいるだろうけど。さすがにそこまではないよ。……多分」
「自分で言ってて自信なくさないでよ。むしろこっちが1000円くらいなら払うからぜひ代わってほしい」
「私の隣を歩くのがそんなに嫌なの!? というかそんなに安くないよ! 万くらいの価値はあるし!」
「いや、嫌とかじゃなくて気が気じゃないんだよ、ほんと」
言いつつ、周囲をきょろきょろと再確認。
見渡す限りでは人はいなかったので、ひとまず安堵の息を吐き出した。
「……それで、隣を歩くのに諭吉さんがかかるらしい芹沢さんは俺に何の用があるの? そろそろ教えてよ」
単に一緒に帰りたいからだと言っていたけど、さすがに関わりのない人からそう言われて素直に鵜呑みにする人はそうはいない。
「んーそうだねー……とりあえず言うよりも見てもらった方が早いかな」
「見る?」
首を傾げると、芹沢さんがポケットからスマホを取り出して、なにやら操作をし始めた。
……まさかなにかしらの俺の弱みを写真に収めていて脅迫される、とか? いやいや、まさかね。
そんなバカなことを考えていると、芹沢さんがこっちに画面を見せてきたので、わずかに身構えつつ、覗き込んだ。
そこに表示されていたのは、1枚のイラスト。とある電子書籍の表紙だ。
「これって……」
見たことのある画像に思わず顔を上げ、芹沢さんの顔を見てしまう。
芹沢さんはなぜかむふんと得意気に胸を張った。
「そう。大人気ライトノベル『3等分の許嫁』です。鳴宮くんもよーく知ってるよね?」
「う、うん。もちろん」
「ちなみに私は三女派です。あの自分のことを世界一可愛いと思ってる子が自分の可愛さになびかずにあまつさえ適当にあしらわれてむきーってなって絶対意識させてやるーってなってる感じが最高に可愛いと思う。そっちは?」
「え、あ、お、俺は次女、かな」
「お、そうなんだ! いやー次女もいいよねー。おっとりほわほわ系の長女と小悪魔系(自称)で実は結構あわてんぼうなポンコツ系三女に挟まれてるからしっかり者で周りからは才女に見られがちなんだけど、実はかなり不器用な努力家で主人公のことも最初警戒してたのに意識していって恋愛も不器用にアプローチしてる姿なんてもう最高だよね!」
突然のことに面食らったけど、この聞いてもいないことを目を輝かせながら早口で語る姿はとても既視感がある。
(けど、芹沢さんが……?)
既視感の正体にはすぐに思い当たったけど、クラスどころかもはや学校のアイドル的存在の女の子なのにそんなことがあるのかと、頭に浮かんだ答えを自分自身が疑ってしまい、中々言葉に出せない。
俺が黙ったままでいると、芹沢さんが「こほん」と咳払いをし、どこか照れ臭そうにはにかんだ。
「これで分かったと思うけど、実は私……オタクなんだよね。それも結構ガチなレベルで」
「や、やっぱりそうなんだね……」
本人から答え合わせをされ、自分の考えが間違っていなかったことが分かった。
けど、まだ分からないことがある。
「芹沢さんがオタクだっていうことは、驚いたけど理解したよ。でも、それがどうして俺と一緒に下校って話になるの?」
「実は、ずっと前から鳴宮くんと話してみたかったんだよ」
「え……俺と……?」
「うん。ほら、私って可愛くて学校でも人気者じゃん」
「まあ、そうだね」
可愛くてという修飾が果たして必要だったのかはこの際置いておくことにしよう。
嘘は言ってないわけだし。
「で、そんな私がさっきみたいにオタク語りをし始めたらどうなると思いますか」
「まあ、いくら人気者と言えども浮くだろうね」
「それもあるけど、興味のない話を捲し立てられても意味分からないし、迷惑にしか思わないし、引かれちゃうよねって話」
「それは、まあ、うん」
「そういう話が出来る人が周りにいればよかったんだけど、悲しいことに私の周りにはオタク趣味の人がいなかったわけですよ」
偏見かもしれないけど、確かに芹沢さんがいるカースト層だとそういうオタク趣味な人種は稀と言ってもいいと思う。
とはいえ、最近はオタクを公言している陽キャも増えてきているわけだから、1年の時も今も同じクラスにそういう人がいなかっただけかもしれないけど。
「それで、あー友達と思いっきり好きな作品について語り合いたいなーとトップカーストにいて充実しながらも同時にどこか鬱屈とした日々を送っていたわけだけど」
「呼吸するように自己評価の高さをほのめかしてくるね」
「そんな日々の中で見つけたのが君なんだよ」
「えーっと……? 俺なんか目立ったことした? してないよね、間違いなく。基本的に自信ない俺だけどそれだけは自信を持って断言出来るよ」
精々授業中の静かな空気の中でくしゃみをかましたくらいしか覚えがない。
それだけで目をつけてくるのはただのヤンキーだし、そもそもオタクは関係ない。
「……私が自己評価高いのは自覚してるけど君の自己評価の低さも大概だよ」
「割と妥当で正当な評価してるつもりなんだけど」
「それでそこまで自己評価低いのはある意味凄いよ……まあ、いいや。話を戻すと1年の頃、たまたま君が読んでるラノベの挿絵が目に入ってさ! それがちょうど私も読んでた作品だったんだよ!」
「わ、分かったからちょっと落ち着いて。スイッチ入るの早い」
「あ、ごめん。つい」
あまりの距離の近さとテンションの高さにたじろいでいると、芹沢さんが半歩後ろに下がった。
なるほど。確かに作品を語るごとにすぐにこういうオタク特有の悪癖が出てしまうなら、周りに隠していることも頷ける。
「まあ、そんなこんなで話しかけるタイミングをうかがっている内に1年が経って、また運良く同じクラスになって、話しかける機会が出来たから、こうして下校に誘ってみたってわけ」
「そういうことね。話は分かったけど1年ってコミュ力強者の芹沢さんにしては随分時間をかけたね」
「うん。だって鳴宮くんぼっちだからさ」
「それは事実だけどなんで急に切りかかってきたの?」
こういう言いにくいことを本人を前にしてズバッと言ってのけるあたり、俺如きに話しかけるのに1年も要するタイプにはますます思えないけど。
「だから、私みたいな超可愛い人気者が急に話しかけたら驚かせるでしょ? 周りから注目も集めるだろうし。そういうの嫌かと思ってさ」
「……なるほど」
納得してしまった。
気遣いの結果の1年だったらしい。
というかこんな気遣いも出来るコミュ力強者に1年も話しかける隙を見せなかった俺も何者なんだろうか。
「あとは急に声をかけて惚れられても困るし。せっかけ見つけたオタ友候補なのに」
「1年も気遣わせて悪いと思ってたのに台無しなんだけど」
あと惚れないから。
俺くらいになったら俺如きに好かれてもキモがらせてしまうだけだと反射的に悟り開くレベルだから。
「でも、なんで俺? オタクなんて学校に所属してる陰キャ層を漁ればそれこそ履いて捨てるほどいるでしょ?」
「それもそうだけど、1番最初に気になったのが鳴宮くんだったからね。それに、誰でもいいってわけじゃないから」
「……そうなの?」
「初対面でもなんとなくこの人とは合わなさそうだなーとかあるから」
「へえ、凄いね。友達ゼロのぼっちにはまったく分からない感覚だ」
「……それ自分で言ってて悲しくならないの? まあ、とにかく、鳴宮くんとはなんとなく話が合いそうな気がしたから。君に話しかける機会をうかがってたんだよ」
「そ、そうなんだ……」
腰の後ろに手を組んで、前屈み気味になりながら、イタズラっぽく笑ってこっちを見上げてくる芹沢さん。
一見あざとい仕草なのに芹沢さんがやるといっそ憎いくらい絵になっている。
……確かにこれは惚れられても仕方ないね。俺じゃなかったらこれで落ちてるだろう。
「お、照れてる?」
「……ノーコメントで」
「えへへ、答え合わせいただきー!」
満点の笑顔からふいっと顔を逸らすと、笑い声の耳に対する追い打ち。
色々と落ち着くまで顔を逸らしたままでいようと思っていたら、芹沢さんが俺の視線の先に回り込んできた。
「ということで……私と友達になってくれる?」
上目遣いと共に差し出されたのはスマホ。
その画面に表示されていたのはRAINのQRコードだった。
「……俺で良ければ、喜んで」
さすがにこの場面で断れるほど、強心臓はしていない。
それに、友達が出来るということは、素直に嬉しかった。
「やたーっ。改めてよろしくね、優陽くん!」
「え」
急に呼ばれた名前にスマホを持ったまま固まってしまう。
この人さっきまで俺のこと名字呼びだったのに、距離の詰め方ヤバくない……?
「私のことも名前でいいよ?」
「……いや、そういうのは自分で呼びたいと思ったらやるから。強制されてやるものじゃないから。……よろしく、芹沢さん」
「……ふーん。そっか」
言うと、芹沢さんは一瞬驚いたように目を見開き、少し嬉しそうに頷いた。
「というか、優陽くんRAIN入れてたんだね。ぼっちだからてっきりインストールしてないとばかり」
「……家族との連絡用だよ」
相変わらずストレートに心を抉ってくるもんだね。
そんなこんなあったが、こうして俺は学校のアイドル的存在美少女と連絡先を交換し、友人となってしまったのだった。
***
あとがきです。
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