第2話 陰キャ、リア充の告白劇に映り込む

 数日前に進級したばかりなせいなのか、教室内はまだ浮ついた空気が流れている。

 

 それでも、この高校で過ごすのも2年目なこともあり、入学した時みたいに知らない人間ばかりだということもないのか、すぐに誰しもがこの1年の間に知り合った友人だったり、同じ部活の仲間だったりと顔見知り同士の仲良しグループで固まって楽しそうに話していた。


 ……俺以外はね。

 

 まあ、そもそも高校の1年の間どころか小学校から今まで友達すらまともに出来たことがないし、挨拶すらしていないせいで、なんならまだ会話どころか一言も発していない。

 

 と言ってもこれが俺、鳴宮優陽のいつも通りなので、今更どうということもないんだけど。


「おっはよー!」


 にぎやかな声の中でも一際目立つ明るい声が響き、俺は読んでいたラノベ(ブックカバー装着済み)から少しだけ顔を上げ、ついつい声の方を一瞥してしまう。

 

 声で誰かは既に分かっていたけれど、視線を向けた先にいたのは、可愛い子の中でも恐らく飛び抜けて可愛い子だった。


 毛先のあたりがややウェーブのかかった明るい茶髪のセミロングにぱっちりとした二重の大きな瞳で、童顔気味の顔立ちはとても愛嬌がある。

 

 学校指定のカーディガンを羽織り、上手く制服を怒られない程度に着崩しているあたり、一目で陽の者だということが分かってしまう。


 彼女が横を通り過ぎる間に何人が彼女に挨拶をしたのかを数えることが面倒になるくらいには、彼女はクラスの人気者だ。


 そんな彼女の名前は芹沢空さん。


 クラスでもトップカーストに君臨していて、その人気はこのクラスだけでなく、学校中に浸透していて、この学校のアイドル的存在とも言われている美少女だ。


 登校しても会話どころか挨拶すら交わす相手のいない俺みたいな陰キャぼっちとは正しく対極の存在。

 

 ……まさか今年も同じクラスになってしまうとは。

 彼女と同じクラスになりたい人間なんてそれこそたくさんいるはずだし、2年連続同じクラスになったなんて人に知られたら暗殺されるかもしれない。

 

 まあ、俺に興味のある人間がいるわけもないので、今のところは事故と病気以外命の心配は必要ないだろうけど。


 俺って卒アルであーこんな奴いたな的なポジションだしね。


 悲しい自虐をしながら、芹沢さんがクラスで最も親しくしているグループに合流していくのをなんとなく最後まで見送っていると、一瞬目が合ったような気がした。

 

 まさか、俺の視線が気持ち悪過ぎて気づかれた? いや、そもそも本当に目が合ったかどうかも一瞬過ぎて分からなかったし、きっと気のせいだよね。うん、勘違いするのも烏滸がましい。


 そう結論付けた俺は、再び手元のラノベに視線を落としたのだった。






 まだ新学期が始まったばかりということもあり、午前中だけの授業が全て終わり、あとは帰るだけになった。

 ……なったんだけど、


「……はぁ」


 俺はゴミ箱を抱えながら、歩き、ため息をついていた。

 

 本来なら、今日の掃除当番は俺ではなく別の2人なんだけど、なにやら2人とも用事があったらしく。

 まぁ、ぶっちゃけ押し付けられましたよね。

 部活ですぐに行かないととか言ってたけど、2人揃って校門から出て行ったのは窓から見てましたしね。

 

 それでも親しくもないクラスメイトに気を遣ったり遣われたりする方が掃除を1人でするよりはしんどいと思ってしまうあたり、俺の陰キャっぷりがうかがえる。


「けど、毎回押し付けられるようなことになったらさすがに面倒だなぁ……」


 そんなことをぼやきながら、ゴミ捨て場へ1番近い廊下を歩き続けていると。


「……ん?」


 自分の足音や開けられた窓から聞こえてくる運動部の活気にあふれる声に混ざって、近くから話し声が聞こえた気がして、足を止めた。

 

 気のせいだったらそれでいいと思いつつも、なぜか足音と息を殺し、声がしたかもしれない教室内をそっと覗き込む。


 そこでは、2人の男女が向かい合っていた。

 状況と雰囲気からして、間違いなく告白現場という名の青春の1ページだろう。

 

 しかも、女子の方は俺も知っている人物。我がクラスが誇る美少女こと芹沢さんだ。

 

 ……どうしよう。さすがに告白の最中に横をゴミを捨てに通るのは気まず過ぎる。

 かと言って、ここ以外だとどこも遠回りになるし……。

 

「急に呼び出してごめんな」

「いえ、大丈夫ですよ」


 やばい。迷っている間にアオハルがおっ始まった。

 このままここにいることが向こうにバレてしまえば輝かしい青春の1ページにゴミ箱を抱えた陰キャが異物混入することになってしまう。

 

 かと言って、物を抱えたまま動くと物音が立つかもしれないし、下手に動けない。

 仕方ないので、俺は息を潜め、ゴミ箱をその場にゆっくりと下ろす。

 

 幸いなことに空気となるのは得意分野だ。

 いつもクラスメイトたちからも空気のように扱われてるしね。泣けてくる。


「あのさ、ここに呼び出した時点で用事は分かってると思うんだけど」

「はい」

「空って、今付き合ってる人とかいなかったよな?」

「はい、いないですよ」

「よかった。なら、俺と付き合ってくれないか?」


 え? 告白ってこんなにさらっと出来るもんなの?

 卓球のラリーみたいなテンポ感なんだけど。

 こういうのってもっと一世一代の大場面みたいなもんなんじゃないの?

 

 陽キャリア充ともなるとそれぐらい連絡事項程度で済ませられるもんなのかな。心臓強過ぎない?


 告白された側の芹沢さんはと言うと、なにかを考えるように一瞬目を伏せ、申し訳なさそうに眉根を寄せた。


「ごめんなさい。今は誰とも付き合う気はありません」


 そんなお断りの定型文が聞こえてきたところで、俺はあることに気がついてしまう。

 ここにいたら、中から出てきた時にどのみち鉢合わせるんじゃ……。

 

 芹沢さんが告白を断ったのだから、そう時間がかからない内に教室から出てくるだろう。

 そこまで考えた俺は、今更ながらにこの場を離れようと置いていたゴミ箱を抱え上げ、


 ——ピロンッ。


「……っ!?」


 やっば、スマホの通知切ってなかった!?

 突然の音に肩をビクンと跳ねさせ、驚き慌てた俺は、抱えていたゴミ箱を落とし、ガタンッと音を立ててゴミ箱を倒して中のゴミをぶちまけてしまう。

 

 そうなってしまえば、教室の中にいる2人もこっちを見てくるわけで、


「あ、え、えっと……どうも……」


 2人と目が合った俺は気まずさのあまり挨拶をしてしまった。

 そのままぎこちない愛想笑いを浮かべ、手早くゴミを回収しようとすると、なぜか芹沢さんが「あ、あー」とわざとらしい声を上げた。


「ごめん! 今日掃除当番だったっけ!? 忘れてた!」

「へ?」


 慌てたように駆け寄ってくる芹沢さんをぽかんと見つめてしまう。

 事態が飲み込めないでいると、俺の傍までやってきた芹沢さんが、その場でくるりと身を翻した。


「そういうわけなので、この話はこれで終わりってことでいいですよね、先輩?」

「あ、ああ……」

 

 教室の中に取り残された先輩とやらが呆気に取られている間に、芹沢さんは手が止まっていた俺の代わりに手早くゴミを拾い、「ほら、行こっ」とゴミ箱を抱えてゴミ捨て場の方に向かっていく。

 

 なにがなんだか分からないけど、とりあえず芹沢さんのあとを追いかけ、隣に並ぶ。


「え、えーっと……とりあえず、俺が持つよ」


 どう声をかけていいのかは悩んだけど、女子に持たせっぱなしなのはダメだってことは対人経験に乏しい俺でも分かる。


「うん、ありがと。いやーでも、助かったよ。その件でもありがとね」

「え? その件って、もしかしてさっきの告白のこと?」

「うん、それ」

「勝手に聞いてて咎められるならまだしも、お礼を言われる理由が分からないんだけど……」


 改めて考えてみても、どこにも感謝される要素がない。


「あそこを場所に指定するのが間違いだよ。だってあの場所ゴミ捨て場に1番近い廊下があるんだから、そりゃ人も通るでしょ」

「まあ、確かにそうかも。……で、助かったっていうのは?」

「告白現場をぶち壊してくれてありがとうってこと」


 晴々とした笑顔でぶち壊してくれてありがとうって……よほど嫌だったのかな。そんな素振り一切見せてなかったあたり、表情を取り繕うのが上手過ぎない? 


「けど、もう終わりかけだったし、俺があそこでやらかさなくても自然と解散になりそうな感じだったよね?」


 疑問に思った俺が問うと、芹沢さんは「ちっちっち」と口にしながら、立てた人差し指を振る。

 コミカルな動作は、愛嬌たっぷりでとても可愛らしい。


「あそこからが長い可能性があるんだよ。人によっては粘りタイムだからね」

「あーなるほど。でも、さっきの人、爽やかそうで好青年っぽかったし、引き際はよさそうだったけど」

「甘い、甘いよ。あれは遊び慣れてる感じだね」

「えっと……その心は?」

「まず、私とあの人は接点がありません。1度話したことがあるくらいのものです」

「そ、そうなんだ」


 鹿爪らしい顔をして人差し指を立てたまま、まるで教師の授業のような口調に、少しだけ面食らってしまう。

 というか接点なかったんだ。

 あまりにも自然に名前呼びしてるもんだから、てっきり知り合いなのかと。


「それなのに、私のことを名前で呼んじゃうあたりとか。いかにも手慣れてるって感じがしない?」

「……するね」

「でしょ。ああいうタイプに限って、断ったのにお試しで、とか今度部活の試合があるからそれを見て判断してほしい、とか言い出すんだよ」

「な、なるほど」

「まあ、開口一番に謝罪してくるあたり、相手の時間を使わせてるっていう意識はあったっぽかったから、その点はプラスかな。けど馴れ馴れしいのはやっぱエヌジーなので、容姿とかの総合的な部分と合わせて30空ちゃんポイントってとこかな」

「謎のポイント制度」


 どういう採点基準なのかは分からないけど、かなり辛口だ。


「まったく。確かに私は可愛いけど、お試しで付き合ったりだとかそういうことはしない身持ちの硬い女なのに。失礼しちゃうね、ほんと」

「一切の謙遜もしないんだね」


 苦笑混じりにツッコむと、芹沢さんは遠い目になった。


「私ほど可愛いと過度な謙遜も嫌味と取られてしまうのですよ。可愛い過ぎるのも考えものだね、ほんと」


 うんうん、と頷いている芹沢さん。

 なんだろう。話したことはなかったけど、思ってた感じの性格とは全然違う。

 

 さして仲良くないのにこれ以上ツッコミを入れていいものなのかな?

 普通に対応の仕方に困り、そんなことを悩んでいると、


「時に鳴宮くんはどうしてゴミを捨てに行ってるの? 今日掃除当番じゃないでしょ?」


 芹沢さんは俺の顔を覗き込むように見上げてくる。

 あまりの距離感の近さに、俺は大いにたじろいだ。

 俺の反応を見て察したのか、芹沢さんが「あ、ごめん」と距離を取ってくれた。

 

 まったく、陽キャ特有の距離感の近さは陰キャを殺すのだから注意してほしい。


「危ない危ない。まーたいたいけな男子生徒を恋に落としてしまうところだった。いやー自分の魅力が自分でも恐ろしいよ」

「いやさすがにこれだけで惚れるほどちょろくないから」


 自己評価の高さが凄まじい。

 俺は肩を竦めつつ、

 

「……これについては大体予想ついてると思うけど」

「もしかしなくても押し付けられた?」

「……正解」

「そうだろうね。鳴宮くんが掃除当番なら、私がその前にやってないとおかしいし」


 掃除当番は出席番号順だし鳴宮のな行より前に芹沢さんのさ行が来ていないとおかしいしそりゃ気付くよね。

 

 芹沢さんは「困った人もいるもんだね」と呆れたように腰に手を当てた。


「まあいいよ、別に。話したことのない人間とコミュニケーション取りながらやるよりは、1人の方がずっとやりやすいし」

「って言う割には、鳴宮くん普通に会話出来てるよね。もっと陰キャ特有のもごっとした喋り方するのかとばかり」


 あまりに明け透けな物言いに、俺は苦笑を零してしまう。


「俺は自分から人に話しかけたり積極的に人と関わるのが苦手なだけで話すくらいなら普通に出来るよ」


 確かに対人関係に苦手意識はあるけど、それはそれだろう。


 俺の言葉に得心がいった様子の芹沢さんは「ふーん」と呟いたのち、続けて小さくぼそりと呟く。


「……なんだ。それならもっと早く……」

「え? もっと早くってなにが?」

「っ!? なんで今のが聞こえてるの!? 声かなり小さかったのに!」


 ひとりごとを拾われて目を丸くする芹沢さんに、俺はにこりと笑う。


「あはは。だって俺如きウジ虫が相手の言葉聞き逃して会話が成立しなかったら相手を不快にさせるだけじゃん」

「いや急に酷い自虐入ったね!? そんなに爽やかに笑って言うことじゃないよ!?」

「え? そうかな?」

「そうだよ! もっと自信持っていいよ!」

「……芹沢さんは優しいなぁ」

「やめて! 至極当然のフォローを噛み締めるように感謝しないで! なんだか私泣きそうだよ!」

「とにかく、だから人との会話は聞き逃さないように気を付けてるんだよね」

「そ、そうなんだ……」


 疲れつつもなにかドン引きした様子の芹沢さん。

 ……? 俺、なにか間違ったこと言ったのかな。まあ、いっか。


「で、結局なにがもっと早くなの?」

「な、なんでもないから! そうだ、私も掃除手伝うよ!」

「え? いやいや、それはさすがに悪いよ」

「いいから! 本来は2人でやるものなんだし、1人より2人でやった方が早いでしょ? なにかの縁だと思ってさ」


 う、うーん。それは間違いなくそうなんだけど、やっぱりどうにも気が引ける。

 しかし、俺が迷っている間にも芹沢さんは「ほらほら行くよー」とゴミ捨て場の方にずんずんと進んでいってしまう。

 

 結局押し切られるままに、俺はゴミ捨てから教室の掃除を芹沢さんと一緒に終わらせる形になってしまった。


「ありがとう。助かったよ」

「いやいや、なんのなんの」


 時間を取らせてしまったにも関わらず、芹沢さんは気にしていないという風に朗らかに笑う。

 性格は思ってた感じとちょっと……いや、だいぶ違ったけど、やっぱりいい人だ。


「さて、終わったことだし……——一緒に帰らない?」

「うん、いいよ」


 とりあえず鞄を取って……ん?

 

「ごめん、今なんて言った?」

「え? だから一緒に帰ろうって」

「一緒にって、あの一緒に?」

「そう。共に、トゥギャザー」

「……えええええええ!?」


 なんで!? どういう目的で!?

 芹沢さんのようなトップカースト層が俺のような底辺オブ底辺を誘う理由が分からない!

 ……はっ!?


「さてはマルチ!?」

「じゃないから。単に一緒に帰りたいと思ったからだけど。ダメ?」


 うっ……! 小首を傾げながらの上目遣い……!? こんなの断れるわけが……!


「い、いや……ダメとかじゃないけど……」

「ならオッケーってことで! ほら、行くよー」


 意気揚々と歩き出した芹沢さんの背中を唖然と眺めてから、俺も慌ててあとを追いかけたのだった。

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