無自覚ハイスペック陰キャぼっちが実はオタクだった学校のアイドル的存在美少女とオタ友になってしまった件。
戸来 空朝
第1話 陰キャと陽キャ、部屋に2人
テレビの中で動くキャラクターたちのにぎやかな声と場面を彩るBGMと、手元から聞こえるコントローラーのカチャカチャという音が室内に響く。
時折、そこに「うわっ!?」や「ちょっと待って!?」などの人の声が合いの手のように挟まって、より一層室内のにぎやかさに拍車をかけている。
「――よし、これでまた俺の勝ち」
自分の操作しているキャラが1番にゴールした瞬間、長めの黒髪に使い古したスウェット姿の全体的にどこか野暮ったい雰囲気の少年がコントローラーを置いて勝ち誇るように隣を見た。
「うぅー……っ! アイテム運悪すぎだって!」
視線を向けた先で、負けたことに悔しさを隠そうともせずに恨みがましい目をこっちにぶつけてくる対戦相手。
毛先の方でややウェーブのかかった明るい茶髪のセミロングに、ぱっちりとした大きな二重の瞳で童顔気味な可愛らしい顔立ち。
野暮ったい少年とは違い、服装も白色のシャツにオーバー気味な爽やかな水色のベストを合わせ、白色の膝丈スカートの格好とちゃんとお洒落にも関心があるのが目に見えて分かる。
その可愛らしい顔立ちは今は不満を宿しているが、それすらも彼女の可憐さを引き立てていた。
「さっきもそれ言ってたけど、負けは負けだからね?」
「うぐぐ……おのれー……! 次こそ見てろよー!」
なにをどう言ったとしても今の状況では言い訳にしかならないと思っているのか、気合い十分に再度コントローラーを握った少女の聞き分けのよさにくすりと笑みを零す。
「どう勝つかより、もう負けたあとなにを作るかを考えた方が賢明なんじゃない?」
「まだ負けが決まったわけじゃないですー。あ、そうだ。次勝った方が勝者ってことにしない?」
「しれっと今までの勝負の意味を無くすようなこと言われても」
「そこをなんとかお願いします! この私の可愛さに免じて!」
「なんでそれで俺が了承すると思ったの!? 相変わらず自己評価高いねほんと!」
自己評価の高さとは裏腹にきっちり頭を下げて両手を合わせているあたり、提案の必死さがうかがえる。
今、2人は昼食をどちらが作るかという賭け事の元、レースゲーム3本先制というルールで雌雄を決している最中だった。
会話からも分かる通り、既に少女の方が2敗していて、あとがない状態だ。
うるうるとした瞳で両手を合わせて見上げてくる少女に、少年は「うっ……」と思わずたじろいでから、深いため息を吐き出した。
「……まあ、いいよ。どうせ俺が次勝てばって状態は変わらないわけだし」
「やった! さすが私! 可愛くてよかったー!」
「ごめん、前言撤回させてもらってもいいかな。今すげーイラッとした」
「駄目でーす。男に二言は許されませーん」
意気揚々とゲームをスタートしようとする少女に、少年は再度ため息をついて、渋々と置いていたコントローラーを握る。
そうしてゲームがスタートした。
「あ、サンダー出た」
「嘘っ!? ちょ、今打たれると……ああっ!?」
少年が使用した全体攻撃の雷のアイテムが無情にも空中に飛び出た少女の操るキャラを撃墜し、少女のキャラは谷底へと落ちていき、順位を大きく落とす。
こればかりは運が悪かったと言わざるを得ないだろう。
「だからなんでそんなに緑コウラの精度高いのさ! そっちの分だけ全部ホーミング機能付いてない!?」
「いやそんなシステムないから。お先に」
「ああっ!?」
少女のキャラが少年の放ったアイテムでスリップしている間に、少年は持っていた加速アイテムで一気に速度を上げて抜き去った。
そんな小競り合いを繰り返し、レースも終盤に差し掛かる。
「よーし、スター! ほらほら、すぐ後ろにいるよ! 大人しく道を空けた方がいいんじゃない? ……あ、追いつく前に効果切れちゃった」
「……よし、ここかな」
煽るようにくねくねと後方で蛇行していた少女のアイテムの効果が切れるタイミングを見計らって、少年は持っていたアイテムを後ろに投げた。
「ちょっ、また緑コウラ!? しかも後ろに投げて当ててくるとかなんなの!? そのせいでまたコースから落ちちゃったし!」
「わーいラッキー」
「いや明らかに狙ってたじゃん! よくこんな酷いこと平然と出来るね! だから友達が少ないのでは!?」
「そっちこそ煽り運転なんて最低だと思う。恥を知った方がいいのでは?」
「え、そこ!? 自分で言っておいてあれだけど、友達少ないって発言に腹を立てるべきなんじゃないの!?」
「え? だって事実だし。あと少ないんじゃなくていないんだけど」
「あ……な、なんかごめんね?」
「やめて。自分で認めておいてなんだけど、そういう気の遣われ方は心にくるから」
なんだかいたたまれない空気になってしまったが、少年は油断なくしっかりと画面を見たまま操作を続行していく。
1位を取れば勝ちなのではなく、順位が上の方が勝ちというルールなので、このまま行けば問題なく勝てるはずだ。
少年がそう思っていると、少女が隣でふっと笑う気配がした。
「でも、私は優陽くんと友達になれて嬉しいよ?」
「な、なに急に? どうしたの?」
優陽と呼ばれた少年は思わず操作を止めて少女の方を向いてしまう。
「思ったことを口にしただけだよ。優陽くんはどう?」
「そ、そりゃ……まあ……俺も嬉しいし、楽しいけどさ」
急にそんなことを言われながら可愛らしい微笑みを向けられてしまい、優陽は照れ、戸惑うままに自らの本音を口にする。
そんな優陽に対し、少女の顔が更にパッと明るくなった。
「うんうんそっか。その答えが聞けて私は満足です。……それはそれとして隙アリ!」
「あっ!?」
つい屈託なく笑う少女の顔を惚けて見つめてしまっていた優陽が慌ててテレビに視線を戻すが、既に遅く。
優陽のキャラはとっくにコントロールを失った状態で壁に激突して止まっていて、少女のキャラがそれを呆気なく抜き去っていった。
結果、優陽が最下位という形でレースは幕を閉じてしまう。
「やったー! 私の勝ちぃ!」
「ちょっ、今のはさすがにズル過ぎじゃない!?」
「ええーなにが? 優陽くんが勝手に操作を止めて私の方を向いただけでしょ? 話をするなら画面見ながらでも出来たはずだよね?」
「うぐっ!」
「それに私に見惚れてて完全に操作をおろそかにしたのは誰だっけ?」
「俺……です……」
「その通り。まあ? 私が可愛過ぎるっていうのが悪いところももちろんあるんだけどね? ただでさえ優陽くんは女子と関わりもないのに、私のような美少女が笑ってたら見惚れちゃっても無理ないかー。いやーごめんね? 私が可愛くて」
まるでお手本のようなドヤ顔を向けられ、あまりのウザさに優陽の中でなにかが切れる音がした。
ゆらりと立ち上がった優陽は、にこりと笑みを浮かべて少女を見下ろす。
「負けは負けだし、大人しく買い出しに行ってくるよ。……今日はピーマンの肉詰めにしようかな」
「え」
笑顔のまま呟いた優陽に少女がぎしりと固まった。
そんな少女の横を優陽が歩いて通り過ぎようとすると、「ま、待って!」と腕を摑まれる。
「なに? どうしたの?」
「い、いや。その、さすがにそんな手の込んだ料理を作ってもらうのは悪いと言いますかね……?」
「あはは、そんなこと気にしなくてもいいよ。俺手の込んだもの作ったりするの好きだしね」
「うっ、友達の女子力が仇に!? や、やっぱ私の負けでもいいよ! むしろ私に作らせてください!」
「いやいやいや、うちの学校のアイドル的存在にしてクラスでもトップカーストに君臨しておられる芹沢空さんにモブキャラぼっちこと鳴宮優陽がお手を煩わせるなんてとてもとても」
引き攣った笑みを浮かべている空に優陽は爽やかな笑みのまま応対した。
「それによく考えたら部屋主がお客さんをおもてなしするのは当たり前だしね」
「き、気にしなくていいってば! 私たちの仲じゃん!」
「うーん、そう言われればそうだね」
納得して頷いた優陽に空がホッとした表情になる。
「じゃ、ピーマンの肉詰めはやめてスタッフドピーマンにしようか」
「それ言い回しをお洒落にしただけで料理自体はなにも変わってないよね!? 私にとっては洒落にならない事態なんだけど!?」
「え、ゴーヤチャンプルの方がいいって?」
「誠に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げられたことで、ようやく優陽の中で溜飲が下がった。
「じゃあ、今日は生姜焼きでいい?」
「はい、ありがたき幸せです」
2人の間で話がまとまったところで、そろそろこの2人の関係性について説明しておこうと思う。
全体的に野暮ったい雰囲気の少年、
やたら自らの可愛さについて自画自賛を繰り返していた美少女、
この2人は所謂、陰キャと陽キャに分類される人種である。
どっちがどっちかは今更あえて言うことでもないだろう。
そして、この2人の関係性は友人だ。
本来なら、陰キャと陽キャという位置付けで、決して交わらない正反対の立ち位置にいる2人がどうして友人関係となっているのか、それは2人が同じ趣味を抱えているからだったりするわけで。
見た目が野暮ったい優陽がオタク趣味を抱えているというのは正直、見たままだと思うのだが。
学校のアイドル的存在で、クラス内でもトップカーストに所属している空と同じ趣味と言われても首を傾げてしまうことだろうが。
実はこの芹沢空という少女は、周囲に自らの趣味を隠ししている隠れオタクだったわけで。
正反対のはずの優陽が空と関わり、隠れオタクだということを知ることになり、友人となったのは少し遡って2人が高校2年生に進級したばかり、およそ1ヶ月近くも前のことになる。
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