第36話 美少女たちとの筆談タイム

(……ねっむ)


 地元の人を招き、この土地の歴史や文化を話してもらうという郊外学習が始まってから1時間ちょっと。

 

 聞き取りやすいように意識しているのか、やたらゆったりとした声音と身体の疲労が合わさり、俺は見事に眠気に誘われていた。


 こんなに眠くなるのなら、自由時間に睡眠を取っておけばよかったと思うけれど、泊まりがけのイベントで、時間に余裕があるからといって、睡眠を選ぶ人の方が圧倒的に少ないだろう。


 俺だけではなく、そもそも大半の生徒が船を漕いでいたり、中には既に抵抗を諦めて机に突っ伏している猛者もいる。俺もそっちに混ざりたい。切実に。


 ただ、ここで寝てしまうとレポートの時に地獄を見そうなので、眠気に抗いながら必死に話の内容とホワイトボードの内容をノートに写していく。


 そうしていると、腕が指で突かれた。

 わずかに視線をそっちに向けると、


「……わりい……鳴宮……先に……逝く」


 隣に座っていた藤城君がそれだけ言い残し、机に突っ伏す。

 

(俺ももう限界だけど……任せて、藤城君……! きっちりノートは取っておくから……!)


 正直、眠ってしまったところで誰も俺を責めないと思うけれど、グループの皆の為に少しでも役に立ちたい。

 その思いで必死に眠気に抗いながら、シャーペンを動かすことに集中する。


 どうにか残り時間が30分を切るぐらいまでいったところで、視界の端で揺れるなにかに目が吸い寄せられた。


 顔をそっちに向けると、芹沢さんがこくり、こくりと船を漕いでいた。

 そのあどけない寝顔に視線を奪われるように、思わずまじまじと見つめていると、芹沢さんがぴくんっと小さく肩を跳ね上げる。


(あ、起きた)


 自分の行動にびっくりしたのか、船を漕ぐのが止まり、ゆっくりと瞼が開いていく。

 そして、ぼんやりとした瞳がこっちに向けられ、目が合ってしまう。


 1秒、2秒と視線がぶつかり、徐々に芹沢さんの瞳に焦点が戻ってきて、


「……っ!? 〜〜っ!」


 俺に見られていることに気付いた芹沢さんの顔が赤く染まった。

 それから、わたわたと慌てたような動きを繰り返し、ようやく落ち着いたのか、ノートになにかを書いて、ジトリとした視線と共にこっちに滑らせてきた。


『私の寝顔が国宝級に可愛いからってなに盗み見なんてしてるのさ』


 ノートにはそんな文言が丸っこい文字で書き殴られていた。

 俺は少し考え、


『目の前で頭が揺れてたらそりゃ見るでしょ。俺は悪くない』


 真っ当な主張で返す。

 その文字に目を落とした芹沢さんは「……うぐ」と小さく漏らす。

 どうやら反論出来る部分が見つからなかったらしい。


 続けて、俺は文字を書く。


『眠たいなら寝ててもいいんじゃない? ノートは俺が取っとくから』


 俺の文字を見た芹沢さんが軽く首を横に振り、自分のノートに返事を書き始める。


『今ので完全に目が覚めたよ。どうもありがとう』

『どういたしまして』

『ただ私の寝顔を拝んでおいて、ノーリアクションは許さない。せめて可愛いと50回くらい言え。もしくは書け』


 芹沢さんがたんたん、とその部分をペンで叩きながら、不満そうな顔をする。

 俺は思わずくすりと笑う。


『言うのも書くのもめんどいからやだよ』


 正直な心境を吐露すると、もっと不満そうな顔が返ってきた。

 

『なんか、最近優陽くんがどんどんやり返してくるようになってる気がするんだけど?』

『いつまでもやられっ放しじゃいられないからね』


 うぎぎ、みたいな悔しそうな顔をしている芹沢さんに、またくすっと笑ってしまう。


 それから、話はいろんな方向に飛び始めた。

 唐突に始まった筆談だったけど、思いの外盛り上がってしまい、ついつい夢中になって続けていると。


 横から、俺のでも芹沢さんのものでもないノートがスッと差し出された。

 

『お2人さん。仲が良いのは分かったから。今が何の時間が忘れてない?』

『私だって眠いの我慢してノート記入してるんだけど?』


 几帳面な読みやすい字に、芹沢さんと揃って顔を上げれば、そこには呆れたような目をして俺たちを見ている和泉さんがいた。

 俺と芹沢さんは顔を見合わせ、2人してノートに字を書き、ほぼ同時に和泉さんの前に突き出す。


『『すみませんでした』』

 

 なおも呆れた様子の和泉さんが、またなにかを文字を書いて見せてくる。


『私も混ぜてくれるなら、許す!』


 断る理由も、はずもなく、そこから俺たちは和泉さんも交えた3人で、筆談を始めたのだった。

 ちなみに、郊外学習が終わる頃には、そこに至るまでの板書よりも、筆談の文字の方が多かった。ような気がする。






 眠気をどうにか乗り越えたあと、俺たちは食堂で夕食に舌鼓を打ち始めた。


 さすがに人数分の料理が作られている、なんてことはなく、バイキング形式だけど、それでもこの人数用の量を用意するのは簡単なことじゃないはずだ。


 用意してくれた従業員の人たちに、心の中で感謝を告げ、食事を進めていく。


「ってか筆談とか逆に面白そうだな。起きとけばよかったわ」

「あんたは筆談って柄じゃないでしょ。字汚いし」

「言われるほど汚くねえよ。お前さてはアレだろ。自分も眠いの我慢してやってたのにオレだけ寝落ちしたのが許せねえんだろ」

「分かってるじゃん。ちなみに寝てる間のノートを写させるかどうかは私の機嫌次第だってことも忘れずにね」

「ほんとすいませんでした。梨央さんが好きなパティスリーのスイーツでいかがですか?」

「うむ。くるしゅうない」


 よく即興でここまで息の合ったやり取りを行えるなぁ。

 目の前で流れるように掛け合いを始める2人に素直に感心してしまう。


「おかわり行ってくるー」


 芹沢さんが立ち上がり、皿を持って料理が並んでいるテーブルに歩いていく。

 そこそこ混雑しているみたいだし、戻ってくるのはちょっと時間がかかるかもしれない。


「ね、肝試しどうしよっか」


 そのタイミングを見計らって、和泉さんが切り出してきた。

 確かに、このあとはすぐにキャンプファイヤーもあるし、3人で打ち合わせをするタイミングはここぐらいしかないかも。


「どうって、くじに細工する以外になんかやることあるか?」

「確かにそれ以外なにも出来なさそうだよね」

「それは分かってるけど、改めて情報を共有しておきたかったんだって」


 そこで言葉を区切った和泉さんがややトーンを落とした真剣な声音で「拓人」と呼んだ。


「あんたがやめるって言うなら、ここでやめることも出来るよ? 別に無理してここで行動起こす必要もないし。……どうする?」


 和泉さんの問いかけに、藤城君は少し押し黙る。

 やがて、彼はふう、と小さく息を吐き出した。


「いいよ、やってくれ。……1年の頃からなにも行動せずにいたのが今の現状だしな。いつかはなにか動かないといけない時が来ると思ってた」

「……ん。その意気やよし。そうでなくちゃサポートしがいがないってもんよ」


 藤城君の答えに、和泉さんがニッと笑う。

 この2人には、やっぱりなにか絆めいたものを感じる。

 きっと1年の頃から、多くの時間を過ごしてきたからこそのものなのだろう。


(なんだろう。俺にはそんな相手いないし、羨ましいなぁ)


 2人を見て、俺は密かにそんなことを思ったのだった。

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