第32話 陽キャ美少女たちの辟易とカレーの話

「——ねえねえ、芹沢さんのとこはなに作んのー?」


 俺が女子たちの方に赴くと、派手な容姿をした男子生徒が2人、食材を切っている芹沢さんたちに話しかけていた。

 

 うちのクラスではなく、別のクラスの男子たちだ。


(取り込んでるみたいだし、話を切るのも悪いよね)


 そう思い、とりあえず話が終わるまで待つことにする。


「うちはカレーとサラダだよー」

「へー! そうなんだー!」

「マジか! 芹沢さんと和泉さんが作るカレーとか絶対食いてえんだけど!」

「それな。ねね、出来たら食わせてよ!」


 グイグイと迫る男子生徒たち。

 対して、芹沢さんと和泉さんは、男子生徒たちに視線すら向けない。

 傍から見ていて、本気で相手にしていないのが丸分かりだ。


 まあ、包丁を扱っている時に話しかけ続けるのは危ないし、仕方ないだろう。


「えー? どうしよっかー、梨央ー」

「うーん……ま、別にいいんじゃない?」


 マジで!? と盛り上がっている男子たちをよそに、そこでふと、和泉さんが俺の方を一瞥し、ふ、と口角を上げ、「ただ」と切り出す。


「残念だけど、うちのメインシェフは私たちじゃなくて、彼だから」

「「へ?」」


 和泉さんがくいっと顎をしゃくり、こっちを指すと、男子たちの視線が俺に向けられる。


「え、えっと……どうも」

「どう? 彼の手料理でいいなら、分けてあげるけど?」


 その言葉に、男子たちはお互いの顔を見合わせ、2人揃って出来損ないみたいな愛想笑いを浮かべた。


「え、えーっと……やっぱり遠慮しておこうかなー……はは……」

「じゃ、邪魔してごめんねー」


 そう言い残し、男子たちはへこへことしながら去っていく。

 ごめんね、俺の手料理で。


「ふう。やっとどっか行ったかー」

「いやあ、しつこかったねぇ。結構投げやりな感じで扱ってたんだけどなぁ。自分の班手伝わずになにやってんだって感じだよ」


 肩を竦め、辟易した様子の芹沢さんたち。


「な、なんか2人がそこまでぞんざいに接するのって珍しいような……」

「だってあの男子たち、他校に彼女いるの知ってるし」

「それなのに、下心丸出しで近づいて来て、あわよくばワンチャンみたいな感じがキツいよねー」

「ねー空、気付いた? めっちゃ足とか胸に視線向けてきてたの」

「あーほんとそれねー。まったく困ったものだよ」


 思った以上にボロカスに言われる男子生徒たち。

 ……俺も視線には気を付けよう。マジで。いや、そんな意識的に見ようとしてるわけじゃないんだけどね? とにかく気を付けよう。


「とりあえず火は起こせたよ。なにか手伝うことある?」

「んー大丈夫かな。こっちももうすぐ終わるから」

「優陽くんはご飯炊くのに戻っててもいいよ。具材が切れたらそっちに持っていくから」


 言いつつ、2人はテキパキと分担して具材を切っていく。

 芹沢さんが料理出来るのは知っていたけど、和泉さんもかなり手際がいい。


 料理なら多少は出来ると言っていた言葉通り、普段からキッチンに立っている人の手付きだ。

 これならなにも心配することはないかな。


 そう判断した俺は、お言葉に甘えてご飯を炊くべく、火元に戻った。

 それから、芹沢さんたちが切った具材を持って来たので、並行してカレーを作り始めた。






「——いっただっきまーす!」


 ほどなくして、出来上がった料理がテーブルに並び、俺たちは食事を開始した。

 芹沢さんの明るい声に合わせて、各々が「いただきます」と手を合わせ、スプーンを握る。


 ルーと米を混ぜる人、米を掬ってルーを絡めるようにする人、こうして見ると、食べ方にも個性が合って面白い。


 それぞれが1口目を口に入れ、咀嚼して飲み込むまでを終えたところで、


「……鳴宮」


 和泉さんが俺を呼ぶ。

 そっちを見やれば、和泉さんはしかつめらしい顔で、こっちを見ていた。


 も、もしかしてまずかったのかな……?

 そんな心配をしたのも束の間、和泉さんは真顔のまま感想を口にした。

 

「これ、すごーく美味しい」

「あ、美味しいんだ。よかった。真顔だったからてっきりまずいのかと……」

「紛らわしくてごめん。あまりに美味しくて表情が消し飛んだだけだから。私これすごーく好き」


 消し飛ぶて。

 和泉さんってクールに見えて、割と表現豊かで面白い人なのかもしれない。


「や、気持ちは分かるぜ、梨央。マジ美味えわ、これ」

「うん。優陽くん、これもしかしてなにか語彙力なくなるデバフがかかってる?」

「そんなデバフかけられないから。ただのカレーなのに皆して大げさだって」


 というか美味しいなら普通に和気あいあいと食べてほしい。

 そう伝えると、3人は俺の要望通り、すぐにいつもの感じに戻ってくれた。


「優陽くん、このカレーってどんな隠し味入れてるの?」

「あ、それ私も知りたい」

「味噌だよ。前にどこかで知ってから、やってみたら美味しかったから。うちの隠し味は大体これ」

「へー味噌! それだけでこんなに味変わるんだー!」


 芹沢さんが意外そうな声を上げる。


「隠し味もそうだけどさ、カレーって家によって個性あるよな」

「あーあるある。うちは前の日に余った肉じゃがそのまま入ってたりとか。なんか前の晩に余ったおかずが入れられてることが多いんだよねー」

「オレんとこは大根入ってる。小さい時からそうだったから、友達んち泊まりに行って出てきたカレーに大根入ってなかった時びっくりしたわ」

「あはは、でも確かに大根は珍しいかもね。……芹沢さんの所は?」


 何気なく芹沢さんに話を振ると、


「……あー、うちは……なんだろ、普通?」


 少し逡巡し、こてんと首を傾げる。


「うん。特になにも特筆することのない普通なカレーだね。いいなー皆、個性的なカレーで」

「いや、普通のは普通のでいいと思うよ?」

「だな。何事もオーソドックスがあるから、アレンジが効くんだよ」

「あ、珍しく拓人がいいこと言った」

「珍しくは余計だろ!」

「いやーでもやっぱ羨ましいよー。基本が大事なのは分かるけど、もっとこう……可愛い私に似合うものがよかった」


 芹沢さんが不満そうにしながら、カレーをぱくりと口にした。


「……可愛いカレーってどんなのだろうね……」

「……さあ? ルーがピンクとかなんじゃねえの、多分」


 そんなやりとりをしつつ、食事を進める中、1つ気になったことがあった。


(さっきの芹沢さん。なんか迷ってるというか、煮え切らない感じだったような……)


 ただカレーについて答えるだけなのに、そんなに迷うことがあるのだろうか。

 ……いや、藤城君も和泉さんも普通にしてるし、多分俺の気にし過ぎだよね。


 そのあと、俺たちは会話を楽しみながら、食事を終えたのだった。

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