第31話 陽キャイケメンの憂鬱
さて、飯盒とカレー調理の担当となった俺だけど、まずは火がないと話にならない。
なので、俺はまず先に米を洗い、あとは炊くだけという状態にして、藤城君の仕事を手伝い始めていた。
「よっ、と。薪こんだけあれば足りるか?」
「大丈夫だと思う」
「足りなかったら言えよ。すぐに追加すっから」
藤城君は首にかけたタオルでぐいっとやや乱暴に汗を拭う。
控えめに言ってもそのワイルドな仕草はやっぱりイケメンだ。
実際、さっきからちらちらと周りの女子が彼に熱い視線を送っているのが分かる。
「あ、あの……! ふ、藤城君! ちょ、ちょっといいかな……?」
「ん? なんだ?」
そんな中、遠目に見ていた女子の1人が近くまできて、藤城君に声をかけた。
「じ、実は薪が上手く割れなくて……私たち、女子だけの班で、出来る人がいなくて……お、教えてほしいんだけど、ダメ、かな?」
「あー……教えるの自体は別にいいんだけどさ。オレ今から自分たちのとこの火起こさないといけねえし、多分時間かかるだろうから、別の奴に聞いた方がいいと思う」
藤城君が申し訳なさそうに、断りを入れる。
それを見た俺は、「行ってきていいよ」と割って入った。
「火起こしは俺がやっとくから」
「……や、オレの仕事だし、お前の仕事増やすわけにはいかねえだろ」
「薪の割り方教えるだけなら、そんなに時間かからないでしょ? 女子だけの班の方が力仕事大変そうだし」
「……そうだな。悪い、ちょっと行ってくるわ」
声をかけてきた女子と一緒に歩いていく藤城君の背中を見送る。
まあ、薪が本当に割れないのかは分からないけど、あの子、どう見ても藤城君に好意があるみたいだったし。
……ってしまった!? 藤城君は芹沢さんのことが好きなのに、他の子に塩を送るような真似しちゃった!?
それで藤城君の好意が揺らぐことはないと思うけど、今の子がもし藤城君と距離が近づいたと思って、勇気を出して告白でもしたら、傷付くことは避けられない。
いいことしたのに悪いことしちゃったみたいな気分だ。
悶々としながら、火起こし用に薪を組んでいると、
「戻った。代わる」
「あ、うん」
戻ってきた藤城君に組んだ薪の前を譲る。
すると、藤城君は火を起こしながら「はあ」とため息をついた。
「あの子オレのこと好きなんだろうなー」
「ぶっ!?」
発言が突然過ぎて、激しく吹き出してしまう。
「気付いてたの!?」
「そりゃ、あそこまで露骨だとなぁ。その様子だとお前も気付いたんだろ?」
「……まあ」
同意すると、藤城君が再度ため息をつく。
「告白とかされるかもなー」
「……相談風自慢ってわけじゃなさそうだね」
「そんな性格悪いことしねえよ。ただなぁ、気弱そうな子だったし、そんな子が勇気持って話しかけてきてくれたとしても、振るのは確定してるんだぞ? 目の前で泣かれた時辛えのなんの……」
「もしかして経験談?」
「悲しいことにな。もう両手の指じゃ数え切れねえくらい。ただ、何回見ても慣れるもんじゃねえんだわ」
徐々に大きくなっていく火を見ながら、藤城君が眉を顰める。
そっか。モテる人にはモテる人なりの悩みがあるんだ。今度から無闇やたらに滅べとか思うのは控えよう。
(あ、そういえば……)
今の話で、俺は和泉さんが藤城君の好意に気が付いているということを思い出した。
この流れで伝えておこうと、俺はあたりをきょろきょろと見回し、誰も近くにいないことを確認してから口を開いた。
「藤城君」
「ん? なんだよ」
「和泉さんが藤城君が芹沢さんのことを好きって気付いてたみたいなんだけど……」
「ぶっ!?」
俺のカミングアウトに、今度は藤城君が派手に吹き出す。
「はあ!? ちょ、おまっ、マジかそれ!?」
「う、うん。多分確信まではいってないだろうけど、話した感じ、8割くらいは確信してる」
「ほぼ確信してんじゃねえか! それでお前、梨央に言ったか!?」
「い、いや話してないよ。いくらなんでもさすがに本人の許可を取らずに言えないって」
「……まあ、お前は勝手に話したりする感じでもないか」
どうやら信じてもらえたらしい。
なんだろう。こんな状況なのに、信頼を得ていることが嬉しい俺がいる。
「……にしても、そういうの気を遣ってるはずなのにどこでバレたんだよ……やっぱ急にオタクコンテンツに手を出したからか?」
「あ、うん。それは言ってた。あとは無意識なんだろうけど、芹沢さんを目で追ってる時があるって」
「……マジかよ」
藤城君が頭を抱えて呻く。
それから、少し顔を青くして呟いた。
「もしかして空も気付いてんのかな……?」
「それは分からないってさ。関係が拗れないように気付いてない振りをしてる可能性もあるかもとは言ってたけど」
「あ、あり得る……」
藤城君は更に顔を青くして、ぽつりと零す。
ど、どうしたら……と、とりあえず励ましの言葉を……。
「え、えっと……そういうのって、向けられてる側は案外気付かないもん、なんじゃないかな? ほら、外から見てる和泉さんだったから気付いたってだけで」
どうにかそれらしい言葉を搾り出すと、藤城君が数秒沈黙して、そっと口を開く。
「……グループ間で変な空気にならないようにってそのあたりはかなり意識してたから、確かに気付かれてない可能性もある。分かりやすいアクションを起こしたのだって、この前が初めてだからな」
「そ、それならきっと大丈夫だよ! 芹沢さんってああ見えて結構鈍いところあるし!」
例えば、俺の部屋に忘れ物をしたのに、次の日まで気付かなかったりとか。
ああ見えて、眠たい時は特にふにゃっとしているし、ぼーっとしていることもそこそこあるのだ。
あまりに向けられる好意が露骨だと気付くけど、モーションがなかった相手から急に告白されて戸惑った、みたいなことも言ってたし。
だから多分大丈夫だ、うん。
藤城君も思い当たることがあるのか、「そうだな」とさっきよりも少しだけ覇気のある声音で呟いた。
「うん。バレてるかどうかも分からねえことを気にしてても仕方ねえよな。サンキュ、鳴宮」
「お役に立てたようでよかったよ」
藤城君がどうにか調子を取り戻したところで、俺はもう1つ伝えないといけないことがあったことを思い出す。
「……で、和泉さんはもし藤城君が芹沢さんのことを好きなら友達として応援するとも言ってたんだけど……どうするの?」
「……あんま露骨にやるとそれこそバレるだろ。……けど、あいつが味方してくれるのはありがたいんだよなぁ……」
うーん、と藤城君はしばらく葛藤してから、
「……まあ、ほぼバレてるなら隠すだけ無駄だな」
諦めたようにそっと零した。
「あいつならその辺分かってると思うけど、余計なこととか、露骨なサポートは無しって条件でお前から伝えてくれるか?」
「え、俺から?」
「……自分で改めて言うのはなんか、恥ずいだろ。察してくれ」
ぶっきらぼうな声音に、俺は納得して頷いた。
「とりあえずここは見とくから、お前は女子の所に行ってこいよ」
「うん。分かったよ」
今の会話の間に、すっかり大きくなっていた火に背を向けて、俺は女子たちの元へ向かった。
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