第30話 理由とオチが悲し過ぎる話とシェフ任命
「——あー腹減ったー」
前方を歩く藤城君がお腹を摩りながら言う。
「もー意識しないようにしてたのになんで言うかなー」
「ま、上級はコンプ出来たわけだし空腹になったかいはあったんじゃない?」
和泉さんが手に持ったスタンプカードをひらりと振る。
そこには、上級コース3つ分のスタンプが、確かに押印されていた。
全部語ると長くなりそうなので、ダイジェスト版で説明すると。
俺がボルダリングの上級コースをクリアしたあと、アスレチックコースを決められた時間内にクリアするというフリーランニング体験を藤城君が余裕のクリア。
次に、池の上に設置された足場を飛び移って向こう岸まで渡るというスリル満点のコースを俺がどうにかクリア。
まあ、各々が中級まではちゃんとクリアしていて、上級は男子が担当した、といった感じだ。
とりあえず、綺麗に清掃されているとはいえ、池に落ちて濡れることにならなくて本当によかった。
……というか、ここのアクティビティ忍者でも育成したいのかな?
「クリア出来たのはいいよ? でも、ここから自分たちでお昼用意しないといけない件について」
「う……それを言われると弱いなぁ」
「しかも米炊くの飯盒だぞ? そんなの小、中の自然教室以来やったことある奴いる? 上手く出来る奴いる?」
「……私、料理なら多少は出来るけど、飯盒はさすがに自信ない。空は?」
「右に同じく。……優陽くんは? さすがに飯盒は出来たりはしない、よね?」
言葉と共に、3人からの視線がこっちに向けられる。
「えっと、多分出来るよ?」
「出来るの!?」
「うん。中学の自然教室の時、とにかく役に立とうとひたすら練習したから。まあ、結局大雨が降ってお披露目の機会は文字通り日の目を見ることはなかったんだけどね」
「理由とオチが悲し過ぎる……!」
「大丈夫。今となっては土鍋でご飯炊けるくらいちゃんと身になってるから」
「転んでもただじゃ起きねえな、お前」
「そういうのが謎のハイスペックぶりに繋がってるんだね、多分」
「あはは、そんな大げさなものじゃないよ。俺はただでさえ人より劣ってるんだから、出来ないものを出来ないままにしておくともっと劣っちゃう。だからやるしかないってだけだよ」
そう言うと、3人は目を合わせ、それぞれがやれやれみたいなリアクションを取って、なんだか温かな眼差しを向けてきた。一体なんなんだろう。
「ま、ともかく。鳴宮がいれば食事面は問題なしってことだな。早いところ行こうぜ。これ以上腹減ったら動けなくなりそうだわ」
藤城君の声に、俺たちはまた歩を進め始める。
しばらくそのまま歩いていると、
「——なあ、空」
「ん? なに?」
「鳴宮って、逆に出来ないもんとかあんのかな?」
後ろからそんな小さな声が聞こえてきた。
「……どうだろうね。私もまだそこまで付き合いが深いわけじゃないけど、今のところは大体なんでも器用にこなしてるかなー。なんでそんなこと聞くの?」
「や、あそこまでなんでも出来ると、逆に出来ないもんが気にならねえ?」
俺なんて出来ないことだらけなんだけどなぁ。
後ろから聞こえてくる会話に、俺は内心で漏らす。
藤城君の問いかけに、芹沢さんは「うーん……そうだねえ」と呟き、「あ」と口を開いた。
「友達とか?」
なんてことを言うんだ。
それからしばらくして、俺たちは宿舎に辿り着いた。
「じゃあ部屋に荷物置いたら外に集合ね」
和泉さんの一声で、俺たちは一旦解散して、バスから着替えなどの荷物を回収して、それぞれが泊まる部屋に向かう。
今は自然ふれあいセンターと呼ばれているこの建物は、元々ホテルだったらしく、かなり大きな宿泊施設だ。
その為、俺たちの学校の2年生が全員泊まっても部屋数には余裕があり、班ごとに分かれて部屋を使用させてもらえることになっている。
(本当によかった。藤城君ならともかく、他の男子と一緒だったら絶対気まずかったし)
内心で胸を撫で下ろしながら、割り当てられた部屋の扉を開ける。
「へえ。広いし結構いい部屋だな。元ホテルなだけあるわ」
「そうだね。もし野外でテント張って宿泊とかだったらしんどかったから、ありがたいよね」
「はは、言えてる。ちなみに、お前さすがにテント設営出来たりは……」
「もちろん練習済みだけど?」
「あーうん。もうなんか分かってたわー」
藤城君がやや疲れたように声を発した。
だって、出来なかったらもっとハブられる可能性があるんだもの。
「さて、部屋でゆっくりしたいところだけど、行くか。待たせたらなに言われるか分かったもんじゃねえし」
「あはは、だね」
俺が人を待たせるなんてこと、あってはならないことだ。
俺と藤城君はやや駆け足気味に、野外炊事場へと向かうと、既に昼食を作り始めている人たちもいるらしく、なんだかいい匂いが漂っている。
匂いを辿っている内に、野外炊事場が見えてきた。
どうやら、芹沢さんたちはまだ来ていないらしい。
「おし。これでどうにか無駄に文句を言われることはなくなったな」
「うん。……まあ、すぐに来るだろうし、先に準備してようよ」
「だな」
昼食の献立は皆で話して決めればいいとして、それ以外の必要そうなものは準備しておいてもいいはずだ。
俺と藤城君が空いている調理場とテーブルを確保していると、芹沢さんと和泉さんが野外炊事場に入ってくるのが見えた。
2人は、きょろきょろとあたりを見回し、俺たちに気が付くと、手を上げながら近づいてくる。
「ごめん。お待たせ」
「おー。場所取っておいたぞ」
「うむ。褒めて遣わす」
「逆だろ。オレらを褒めろ。なんで遅れた側が偉そうなんだよ」
「あはは、じょうだんじょうだん。場所取りありがとね」
茶目っ気たっぷりに謝罪され、藤城君は毒気を抜かれたように「ったく」と呟いた。
こういうことを嫌味なく自然に出来るのが凄い。
俺が関心していると、この場を仕切り直すように、和泉さんが口を開いた。
「で、鳴宮シェフ。昼食の献立はなににする予定?」
「うーん……無難にカレーとサラダなんてどうかな?」
「マジか、最高」
「意義なーし! 優陽くんのカレーとか絶対美味しいし!」
「普通のカレーだと思うし、あまりハードル上げられても困るんだけど……期待に添えるように頑張るよ」
というか、いつの間にか俺がメインで料理を作ることになってるけど、いいのかな?
「じゃあ、鳴宮が飯盒とか味付け担当で、私と空が具材切ったり、サラダ作ったりして……拓人は」
「分かってるよ。料理じゃ力になれねえし薪割りとか火起こしだろ」
「おっけー! よーし、皆、がんばろー!」
芹沢さんがかけ声をかけながら、拳を突き出すと、藤城君と和泉さんが「おー」と拳を突き合わせる。
俺がそのノリについていけずに立ち尽くしていると、
「ほら、優陽くんも!」
芹沢さんが笑いながら、促してきた。
その笑顔に応えるように、俺も、「お、おー」と控えめに拳を突き合わせる。
それから、俺たちはそれぞれの持ち場に向かったのだった。
***
あとがきです。
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