第28話 黒髪美少女は察している
それから、そこそこの時間を要して、俺たちは目的地である山の麓に着いた。
ここからグループごとに分かれて、山の上にある宿舎を目指していくことになる。
「おーし、オレたちも行くかー」
「だねー。で、問題はどっちに行くかだよね」
芹沢さんの声に、俺は右から左へと視線を動かす。
宿舎へ向かうルートは2つあって、1つはお気楽に上を目指せるコース。
もう1つは、スタンプラリーなどが用意されたアクティビティコースだ。
「んー……せっかくだし、私はアクティビティの方かなー。皆は?」
「どっちかと言えば、オレもそっちだな」
「私もアクティビティ派。楽しそうだし。ゆう……鳴宮くんはどうかな?」
3人の視線が俺に向く。
「俺も皆と同じかな。それと、いつもどおりでいいよ。芹沢さん」
「え、いいの?」
「うん。多分、この林間学校中に芹沢さんのコミュ力で仲良くなったって皆思うだろうし」
まあ、名前呼びされることに注目は集めるだろうしそれは気は重いけど、芹沢さんのコミュ力という理由でゴリ押してもらおう。
「それもそうだね。なら、いつも通り優陽くんで」
「2人の話も意見もまとまったし、そろそろ出発しよっか」
「意義なーし」
3人が歩き出したので、俺も少し後ろに続く。
「けど、鳴宮は本当にこっちでよかったの? なんか私らが先に意見言っちゃったから、無理して付き合ったりさせちゃってない?」
「大丈夫だよ。俺、身体動かすこと自体は嫌いじゃないから」
「そうだよ、梨央。こう見えて、優陽くんはインドア派陰キャとは思えないほど身体仕上がってるから」
「うっそ。そうなの?」
和泉さんが意外そうな目をこっちに向けてくる。
「優陽くん。ちょっと力こぶ出してみてよ」
「え、い、いいけど……」
急に言われて、戸惑いつつ、俺は言われた通りに腕を曲げてみせた。
「うっわ!? すっご!?」
「いや、お前マジかよ……! ちょ、ちょっと触ってもいいか?」
「あ、私もいい?」
「う、うん。いいよ」
歩き始めたのに、すぐに立ち止まって、なぜか俺の筋肉を触るという謎の時間が始まってしまう。
指先でつんつんと触られながら、「おぉー」とか「すげえな、これ」と反応を聞くのはもの凄くこそばゆいものがある。
「って、なんで芹沢さんまで触り始めてるのさ……」
「や。気になったもんで、つい」
「ついって」
……まあ、もういいか。
そのまま、なすがままにされていると、3人は満足したらしく、俺から離れていく。
「いやぁ……確かにこれはインドア陰キャにあるまじき仕上がり具合だね」
「お前なんでそんな身体してんだよ?」
「えーっと、一言で言うと、家庭の事情、かな」
「なんだそりゃ」
怪訝な顔をする藤城君に、俺は事情をかいつまんで、簡単に説明してみせる。
すると、藤城君は「なるほどなぁ」と苦笑を零した。
「なんかお前が変わり者な理由が分かったわ。あと、無駄にスペックが高い理由も」
「だねー」
「……スペックが高いって……うーん……そうかなぁ……?」
変わり者はともかく、やっぱりスペックが高いと言われても自分ではまったくピンとこない。
納得して頷く2人に、今度は俺が首を傾げる。
「鳴宮ってなんか部活やらないの? それだけ鍛えてるのにもったいない」
「梨央、よく考えて? 筋金入りのぼっちが自分からチームプレーが必要な環境に飛び込んでいけると思う?」
「あ……」
「うん。芹沢さんが言わなかったら俺がそのまんま言うつもりだったけどね? 人に言われるとめちゃくちゃ釈然としない」
まあ、いっか。
女性陣2人が楽しそうにしているの見てしまえば、文句なんて自然に引っ込んでしまった。
「気を付けろよ。あいつらよく2人で結託していじってくるから」
「あはは、知ってるよ。いつも教室で藤城君たちのやりとり、聞こえてたから」
慰めるように肩をポンと軽く叩かれ、俺は笑いながら答える。
「なにさー。人を悪者みたいにー」
「実際に被害被ってんだろーがよ! こっちがよ!」
「ぶー、器小さいぞー」
「んだとぉ?」
気心の知れた友人同士といった風の気安い会話が目の前で繰り広げられる。
芹沢さんの藤城君に対するこの気安い感じは、俺といる時とは別ベクトルの気安さな感じだ。
「あ、そういやさ。この間鳴宮に教えてもらってラノベ色々と読んでみたんだけどさー」
「ああ! なんかエイトに拓人がいたーって聞いてびっくりした! で、どうだった!?」
「結構面白かった。だからお前のおすすめも教えてくれよ」
「えーそれ聞いちゃう? オタクにおすすめを聞くのは長くなるよー?」
前方で2人が話しているのをなんとなく眺めていると、くいくいと袖が引かれる感触。
ちらりとそっちを見やれば、和泉さんがいつの間にか俺の横に来ていて、少し顔を寄せて、ささやくような声音で話しかけてくる。
「ねね。鳴宮はあの2人、どう思う?」
「どうって……」
これって、やっぱり恋愛絡みでとかそういう意味だよね……?
ど、どうしよう。俺は藤城君の気持ちを知ってるから、和泉さんの質問に対して正解を答えられるけど、勝手に言うわけにもいかないし……。
かと言って、適当に嘘をついたり、誤魔化そうとすると確実ボロを出すのが俺だ。
少し逡巡し、俺は当たり障りのない返答をする。
「え、えっと……仲良さそうに見えるとしか……」
「それもそうだけど、それだけじゃなくてさー。なんかいい感じに見えない?」
「ま、まあ……そうだね」
実際、お似合いに見えるのは間違いない。
「だよね。というか、拓人は空のこと好きだと思うんだよね」
「……っ! ど、どうしてそう思うの?」
「拓人は隠してるつもりかもしれないけど、多分自分でも気付かない内に、無意識で空を目で追ってる時あるし」
「う、うん」
「そもそも、空が好きなものを知って、すぐに拓人も手を出し始めるんだもん。そりゃ、そう思うでしょ」
まあ、俺もそこでまさかと思ったわけだし……付き合いのない俺が気付けて、和泉さんが気付けないわけがないよね。
あれ? それなら、もしかして芹沢さんも気付いてるんじゃないのかな……。
「あ、あのさ。今の話を聞いて、ちょっと気になったんだけど」
「ん? なに?」
俺は感じた疑問をそのまま聞いてみることにする。
「もし、藤城君が本当に芹沢さんのことを好き、だとして……それなら、芹沢さんも気付いてるんじゃないの?」
「どうだろうね。拓人はそこまで分かりやすく好意をアピールしてるわけじゃないけど、空が分かってて放置してる可能性も否定は出来ないし」
「分かっててって……なんで……?」
「変に拗れない為、かな。グループ内で友達から好意を寄せられてるって気付いて、好意を向けられた側が向けた側がまだなにもしてないのに変に動くと、間違いなく拗れるし」
だから、と和泉さんは続ける。
「好意を向けた側が決定的に動くまで、向けられた側は気付かない振りをして、友達として接する。そうすれば、振った振られたのあとに気まずくなることはあっても、今すぐにグループが崩壊することはないからね」
「……うん。そうだね」
「別に好意を持たれたからってグループ内で仲良くしたくないわけじゃないし、恋愛対象として見れなくても、友達として付き合っていきたいってことはよくあることだよ。グループ間の恋愛なんて、大体そんなもんだよ、多分」
「……なるほど」
得心のいった俺は、頷いた。
「ま、空が本当に分かってない可能性も全然あるし、そもそも、拓人のことだって私の憶測だからね」
「……和泉さんは、もし藤城君が本当に芹沢さんのことを好きだとしたら、どうするの?」
「え? 普通に応援するよ? 私が仲良くしてる友達同士がカップルになるとかすごーく嬉しいもん」
実にあっけらかんとした返答。
その反応に俺は、この人になら話してもいいんじゃないかなと思った。
でも、やっぱり藤城君の気持ちを勝手に人に伝えるのは、いくら相手が同じグループの友達だったとしてもよくないとも思う。
(部屋で2人になった時にでも、和泉さんのことを藤城君に話してみよう)
そう考えていると、
「あ、あれ! 広場がある!」
芹沢さんの声に顔を前に向けると、前方に広めのスペースが広がっていた。
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