第27話 林間学校当日、バスの中

 あっという間に日は流れていき、林間学校当日となった。

 日程は1泊2日。

 初日は寝泊まりする宿舎のある山の麓にバスで移動し、そこからグループごとに別れて、各々が宿舎を目指してハイキングをする。


 宿舎に着いたら夜にあるキャンプファイヤーまでは自由行動。

 昼食は自分たちで作ること意外は、割と自由が利くルールとなっている。


 宿舎で1日明かしたら、各グループで朝食を取り、昼前には下山。

 と、まあ林間学校とは名ばかりの危ないことや一般的なマナーやルールを守る以外の制約のない、学校の行事にしては緩いプチ旅行的なイベントだと思う。


 俺たちは既にバスに乗って学校を出て、山の麓に向かっている真っ最中だ。


「拓人ー、ポッキーちょうだい」

「ほらよ」

「あ、私にもー」

「もう1袋やるからそっちで分けろ」


 前方の席から振り返ってきた和泉さんと芹沢さんに、藤城君がお菓子を渡す。

 車内は、こんな風にお菓子を分け合ったり、トランプなどのカードゲームをしていたり、会話で盛り上がっていたり、そんな光景で満ち満ちていた。


「鳴宮も食うか?」

「あ、うん。ありがとう」


 ……人からポッキー貰ったの初めてだ。


「え、お前なんでちょっと泣きそうになってんの?」

「いや、グループの一員としてちゃんと接されるのって初めてでさ。それに、こうやって移動中のバスとかでお菓子とか貰うのって憧れてたから……ってどうしてそんな優しい目をして袋ごと渡してくるの?」

「いいから食え。全部やるから。な?」

「う、うん……?」

「鳴宮。グミもあるよ。お食べ」


 前方に座っていた和泉さんも、藤城君と同じようにとても優しい目をして俺を見てきた。

 もしかしなくても、気を遣わせてしまった感じらしい。


 そうでなくても、貰いっぱなしなのも悪いので、俺は謝罪の意味も込めて、持っていた手提げ袋の中からとあるものを取り出し、グループの3人の前に差し出した。


「これ、ちょっと作ってみたんだけど、よかったらどうぞ」

「ん? クッキー? って待て。今お前が作ったって言ったか?」

「う、うん」

「え、鳴宮ってお菓子も作れるんだ?」

「まあ、一応はね。さすがに料理ほど頻繁に作ったりしないから、全然下手の横好きレベルだけど」

 

 味の種類はプレーン、チョコ、抹茶、チーズケーキ風の4種とプレーンにチョコチップを混ぜたもの。

 味の説明をしながら、クッキーの入った袋を配っていると、


「ふーーーーーーーーーん」


 頭上からそんな声が響いてきた。

 声に釣られるように視線をやや上に向けると、座席の背もたれの上の方から顔を出した芹沢さんが、ジト目でこっちを見下ろしてきていた。


「な、なに?」

「いやー? べっっっっっっっつにー?」


 溜めなっが。べとつの間に何個小さいつが挟まったんだろう。

 それが分からないほどの溜めだった。


「あー……クッキーいらない?」

「…………いるけど」


 芹沢さんはぶすーっとしたまま、俺の手から袋を受け取る。

 ダメだ。今の会話のどこで地雷を踏んだのか、俺にはまったく見当もつかない。

 

「んっ!? おいしー!」

「うんま!? お前これで下手の横好きレベルってマジで言ってんのかよ!?」


 そんな俺たちを尻目に、先にクッキーを食べた2人は好感触。よかった。


 そっちはそっちで喜びつつ、困りもしているのでとりあえず原因の究明の為にスマホでメッセージを送る。

 あまり会話を周りに聞かれると関係性を勘ぐられるかもしれないしね。


『(優陽)ごめん。俺がなにかしたなら謝るよ』

『(優陽)だからなんでそんな風になってるのか教えてくれない?』


 藤城君と和泉さんが色々な味を口にして、感想も口にしているのをBGMに、返事が来るのを待っていると、


『(芹沢空)私、優陽くんの友達なのに、君がお菓子作れるっていうの初めて知った』 

『(芹沢空)なんかそういうのは1番最初に私が知ってたかったなーとか思ったりして』

『(芹沢空)優陽くんが皆と仲良くなっていく反面』

『(芹沢空)私だけが知ってる君が減ってくのが寂しいような気がして』

『(芹沢空)つまりは自分でもめんどくさいと思う複雑な心境なのです』

 

 そんなメッセージが連続で来たり、時に少し間が空いたりしながら、チャットに刻まれていく。

 芹沢さんがなんたが面白くなさそうにしていた理由を知った俺は、


『(優陽)うん。すっごくめんどくさい』


 迷うことなく、自分が今感じたことを文字にして、チャットに刻見返した。


「はあ!?」


 この返答は予想もしていなかったのだろう。

 メッセージに既読の文字が付いた瞬間から、前に座る芹沢さんがすっとんきょうな声を上げた。


「うわっ。なに急に?」


 急に大声を上げた芹沢さんを、和泉さんが非難がましい目で見つめる。


「ご、ごめん! なんでもないから!」


 それから、すぐにメッセージが返ってきた。


『(芹沢空)普通そんなにハッキリ言う!?』

『(優陽)や、だってめんどくさいし。俺悪くないじゃん』

『(芹沢空)それはそうだけども! だとしてもそんなストレートに言わなくてもいいじゃんか!』

『(優陽)だから、作ってほしいお菓子をリクエストしてくれたら許してあげましょう』

『(優陽)それでどうかな?』


 そう送ると、沈黙が返ってきて、少し間が空いてから、


『(芹沢空)マドレーヌが食べたいです』

『(芹沢空)ごめんなさい』


 送られてきたメッセージを見て、俺はくすりと笑う。


『(優陽)はい。許しました』

『(優陽)上手く作れるように練習しておくよ』


 返信すると、既読は付いたものの、また沈黙。

 と、思ったら前の方から袋を開ける音がして、なにかを齧るような音が聞こえてきた。


 そして、手元からピロンと音が鳴る。


『(芹沢空)優陽くん』

『(芹沢空)前見て』


 画面に視線を落とし、そのメッセージを視界に映した俺が、文字に従って顔を上げた先で、


「これすっごく美味しいね!」


 最上級の笑顔が咲いていた。

 俺たちがそんなやりとりをしている間にも、バスはどんどん山へと向かっていくのだった。

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