第26話 陽キャイケメンから誘われて体育のペアを組むことになりました(超気まずい)

「マジか。部屋に上がり込めるほど鳴宮に心開いてるんだ」

「あはは、そりゃ他の男子よりはね」

「ほー。いつもは2人きりになるだけで好意持たれるかもしれないから面倒だって誰にでも距離が近めな癖に面倒なこと言ってるのに」

「誰がめんどくさい女だって!? んー……優陽くんは大丈夫だと思ったからね」

「その心は?」

「こうして私といるようになって1ヶ月経つのに全然意識してるような様子ないし、とにかくカッコつけていいところ見せるどころか、極度な自虐して自分を卑下してるし……超可愛い私といるのにとにかくずっと自然体なんだよね」

「なるほど。そりゃ、女子からしたら信用出来るポイントだ」

「でしょー」


 と、女性陣が会話している中、俺は冷や汗をかき、黙り込んでいた。

 なんだかとても恥ずかしいことを言われているような気がするけど、今はそれどころじゃない。


 これを聞いて……意中の女の子が他の男子の部屋に頻繁に上がり込み、あまつさえ心を開いているという旨の話を聞いて、一体藤城君はどう思うのだろう。


 誰かを好きになったことがない俺でさえ、きっといい気はしないであろうことは容易に想像がつく。

 恐る恐る、ちらりと藤城君をうかがうと、


「……ん? なんだよ?」


 俺が見ていることに気が付いた藤城君が怪訝そうに返してきた。

 あ、あれ? い、いつも通りだ。


「え、えっと、藤城君?」

「……? だからなんだよ?」

 

 声音からしても、負の感情を感じない。

 どこまでいってもフラットだ。


「あの……卵焼き食べる?」


 声をかけた以上、なにか話題を振らないといけないと思い、俺は迷った末に供物を捧げるという選択を取る。


「はぁ? いや、貰えるなら貰うけどよ……」

「う、うん。どうぞ」

「……って卵焼きも美味えな」

「あ、拓人ずるい。鳴宮、私とももう1回トレードしようよ」

「ちょ、2人とも! 私の分がなくなるじゃん!」

「さも自分のもののように言ってるけど、俺のだからね?」


 そんなやり取りがあり、昼休みは過ぎていった。

 ……藤城君、本当に気にならないのかな?






 5時間目、体育。

 今日は体育館でバレーをすることになったんだけど……。


「——じゃあ、最初は2人組になって練習ね。そのあと試合していくってことで」


 そんな体育の教師の一言で、俺は再び地獄に突き落とされていた。


(……出た。ぼっちが恐れるワードトップ3には絶対に入る、2人組)


 こちとらそう言われて今までスムーズに2人組を組めたことがない筋金入りのぼっち。

 先生と組むこと数知れずのベテランエリートだ。 

 

 今までだって誰かに声をかけようと思ったことこそあれど、それを実行出来たことは少ない。

 声をかけたとしても、微妙な反応をされ、上手くいった試しだってない。


 そのことがどうしようもなくブレーキになっているのだ。

 だから、今回も次々と出来ていく2人組を眺めることになると思っていたんだけど、


「——鳴宮」

「へ? な、なに? 藤城君」


 なぜか藤城君に声をかけられ、俺はたじろぐ。

 昼休みのこともあるし、藤城君がどう思っているのか分からない以上、声をかけられるのはどうしたって緊張してしまうのだ。


 なんかこう、不自然過ぎるくらい普段通りなせいで、逆にかなり怒ってる説がある。


「練習。オレとやろうぜ」

「……へ!?」

「嫌か?」

「そ、そんなことないよ!」


 首が千切れんばかりに横に振るう。

 ど、どうして俺を誘ったんだろう……? 

 

 人生で初めて先生や、余ってる人同士で組まなくていい記念すべき日になったし、嬉しいのにまったく気分が晴れやかじゃない。

 

 ……はっ!? やっぱり藤城君は怒ってるんだ! だから、練習とかこつけて俺をいびるつもりなのでは!?


 こんなバカなことを考えるくらい、俺は動揺してしまっていた。


「じゃ、ボール取ってくるわ」


 軽い調子で言って、藤城君は踵を返す。

 ま、まずい! ただでさえ怒ってるのに、そんな雑用をやらせるわけには!


「そんなの俺が行くよ! 雑用ならイケメンリア充陽キャの藤城君よりクソ雑魚ナメクジ陰キャの俺の方が適性あるからさ! 任せて!」

「どうした急に!?」


 藤城君の驚愕の声を置き去りにして、俺は駆け出す。

 唸れ俺の両足……! 1秒でも早くボールを手に入れるんだ! 日頃のトレーニングの成果を見せてやる!


 恐らく今の俺は、今世界中でボールを取りに行ってる生き物の中ではいいところに食い込めるくらい早いだろう。

 上位の9割は多分犬。


 とにかく、この場で誰よりも先にボールを確保した俺が戻っていると、藤城君とクラスメイトとの会話が聞こえてきた。


「お前なんで鳴宮と組んでんの? 仲良かったっけ」

「あー……ほら、あれだよ。オレら成り行きだけど林間学校のグループ一緒になったからさ。仲良いやつ同士の中に入るとどうしてもいづらいだろ? だからまあ、親睦でも深めておこうと思ってな」

「なるほどなー。え、お前超いい奴じゃん」

「おーそうだよ。もっと褒めろ」


 ……今の会話が建前じゃないなら、本当になんていい人なんだろう。

 うん、本当に今のが建前じゃないなら、ね。


「ふ、藤城君。ボール取ってきたよ」

「サンキュ。……ところでなんかお前昼休みからおどおどしてない?」

「そ、んなことないよー?」

「誤魔化すつもりあるならせめて目ぇ逸らさずに言えや。なんだよ、マジで」

「いや……その……」


 本当に気にしていないのなら、改めて自分からこの話題を掘り返していいのかな……?

 迷っていると、藤城君が「あ、お前もしかして……」となにかを察したように呟いた。


「鳴宮、ちょっとこっち」


 それから、俺は肩に手を回され、人から離れた位置に連れて行かれる。

 わけも分からず、今から占められるのではと不安に駆られる俺に、藤城君は肩を組んだまま、声を潜めて尋ねてきた。


「お前、空がお前の部屋に遊びに行ってるって聞いて、オレがなんか気にしてるんじゃないかとか思ってたりする?」

「……」

「やっぱり図星かよ。分っかりやすいなーお前」


 なにも言えない俺を見て、藤城君がため息をつく。


「そりゃ、気にしてないって言ったら嘘になるよ」

「っ……! ごめん」

「なんでお前が謝るんだよ? お前なんも悪いことしてねえじゃん」

「だって、俺……秘密にしてたし……」

「仕方ねえだろ? ってかオレがお前の立場でもそうするわ。そんなこと言い出せるわけがねえし」


 藤城君が苦笑する。


「それに、お前がオレに気を遣って黙ってたんだってこともなんとなく分かるしな。オレの気持ちを知る前にそうなってたんだから、鳴宮にはなにも落ち度がない。そうだろ?」

「そうかもだけどさ」

「かもじゃねえ。そうなんだよ。で、そんな状態なのに、お前はオレに協力を申し出てくれたわけだしな。放っておくことだって出来たのに」


 黙って話を聞く俺に、藤城君は「それともさ」と続ける。


「自分がもっと優位な立場にいるから、影でバカにしてやろうとか思ったりしたのかよ、お前」

「そ、そんなことしないよ!?」

「だよな。そんだけ聞ければオレとしては十分」


 少し声を大きくした俺に、藤城君がニッと笑う。


「ってか、それが分かれば合点がいくんだよ」

「えっと、なにが……?」

「お前と空がいつもどこで遊んでるのかとか。男が空と一緒に外で歩いてたら割とすぐ噂になりそうなもんだし、お前は目立ちたくないって言ってたし空はオタクだってこと隠してるわけじゃん」

「……そうだね」

「だから、その辺の疑問が一気に解消されたっていうか、ぶっちゃけもしかしたらどっちかの家で遊んでんのかな、とは思ってたし。1ヶ月も交流があって、なにかしらの噂1つ立たないっておかしいし」


 なるほど、そういうことか。

 藤城君が感じていた疑問に、俺は得心の声を上げた。


「おし。じゃ、この話はここまでにして練習始めようぜ」

「うん」


 けど、よかった。藤城君が怒ってないみたいで。

 まあ、それはそれとして、だ。


「藤城君」


 歩いて距離を空けていた藤城君に声をかける。


「んぁ?」

「やっぱり黙っててごめん」


 改めて頭を下げると、少しだけ間が開いてから、藤城君が吹き出す声が聞こえてきた。


「真面目かよ。もういいって。ほら、練習しようぜ」

「うん!」


 ようやく俺たちの間にも、ボールが宙を行き交い始める。

 そのまましばらく、パス練習を続けていると、藤城君がトスを上げながら、「そう言えばさ」と切り出してきた。


「教えてもらったやつ。あれ面白かったわ」

「え、本当に!?」


 俺はリアクションとトスを同時に返す。


「ああいうのって読んだことなかったんだけど、読み始めたら意外と止まらなくなってよー」

「うんうん!」

「で、イラストもヒロイン可愛かったり、主人公とかもカッコよくてさー。1巻しか買ってなかったけど気になって続き買ったのもあるわ」

「お、いいね! ちなみにどの作品が1番面白かった?」


 ポーンポーンとボールと言葉が弾み続ける。


「とりあえず鳴宮が一押ししてた3等分も面白かったけど、オレはあれだな。あの魔法学園ファンタジー」

「ああ、あれ! 俺もあれ凄い好きでさ! 世界観とか凝ってるし、出てくるキャラ全員が魅力的で––––」


 そこまで言いかけた時だった、


「!? おい鳴宮! 危ねえ! 左!」


 藤城君の慌てた声が、俺の言葉を遮った。

 左……? って、


「あぶなっ!?」


 左を向いた途端、俺の眼前にボールが迫っていた。

 それを認識した瞬間、俺は反射的に片手でボールを受け止める。


「わ、悪い鳴宮! こいつがふざけてスパイク打ってきやがって! おい、お前も謝れよ!」

「本当にすまん!」

「いいよ、俺はこの通り怪我もしてないし。気を付けてね」


 ボールを駆け寄ってきたクラスメイトの2人に返す。

 それから、俺はふぅっと息を吐いた。


「あーびっくりした。ありがとう藤城君。お陰でなにもなく済んだよ」

「お、おう。けどお前、今のよく反応出来たな……」

「あはは、偶然だよ」


 実際、藤城君の声がなかったら間に合ってないわけだし、運がよかったなぁ。

 笑いながら言う、俺に、なぜか藤城君は怪訝な顔を返してきた。


 でも、練習を再開すると、藤城君の顔から怪訝な表情は消え、俺たちは再びラノベについての話に花を咲かせたのだった。

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