第25話 陰キャのグループ加入とやらかし

 ゴールデンウィークが明けて、数日後にすぐに行われる林間学校に向けて、今日の1限目は林間学校についての話をする時間が設けられていた。

 

 俺にとってトラウマである班決めもその中に含まれているわけだけど……。

 今年はもうその心配はしなくていいので、安心して先生の話に耳を傾けられる––––。


「おーい、どこか鳴宮を入れてくれるところはないかー?」


 ––––そのはずだったのになぁ……。

 現在、俺はなぜか例年通り、周りの人たちから気まずい注目を集めることになっていた。

 

 まあ、当然仲のいい人同士で組んでいるグループなのに、異物を進んで入れたがるもの好きな人はいないわけで。

 つまるところ、めちゃくちゃ肩身が狭いです。


(うぅ……やっぱりこの状況は辛過ぎる……!)


 さて、芹沢さんたちと同じ班になるという話だったはずの俺が、どうしてこんな地獄のような時間を味わう羽目になっているのか。

 それは、とある事情があるからなんだけど……。


「はーい先生」

「お、どうした芹沢。もしかして鳴宮をグループに入れてくれるのか?」

「はい。私たちまだ3人ですし。もし鳴宮くんが嫌じゃなかったら、ですけど」

「そうか。鳴宮もそれでいいか?」

「は、はい」


 こ、これでやっと気まずい空気から解放される……!

 いくら、作為的にこの状況を作り出したとはいえ、超辛かった。


 けれど、俺が自然に芹沢さんたちの班に合流するには、この流れを挟む必要があったのだ。

 

 ––––この、1人あぶれた俺を、芹沢さんたちが仕方なく引き取るという状況を。


 こうでもしないと、俺が自分から芹沢さんたちと接触しても、芹沢さんたちが俺に接触しにきても、不自然に思われてしまうから。


 ようやく肩身の狭い思いから解放された俺は、そそくさと芹沢さんたちに合流する。


「よろしくね! ゆ……鳴宮くん!」

「う、うん。よろしく。班に入れてくれてありがとう」


 当たり障りのない会話をしつつ、それとなく周囲の様子を確認すると、狙い通り、好奇や怪訝な視線を送ってくる人はいなかった。

 

 もし、この自然な流れじゃなかったら、きっと今頃は視線での集中砲火を浴びていたことだろう。

 そのあとの質問ラッシュまで容易に想像がつく。

 

 とりあえずの危機を脱した俺は、林間学校について話す先生の声に耳を傾けたのだった。






「——いやー、上手くいってよかったね!」


 昼休み。

 片手にサンドイッチを持った芹沢さんがそう切り出してくる。

 俺たちは現在、和泉さんと藤城君を交えた4人で集まり、昼食を食べている最中だ。


 こうして一緒にいるのは不自然に注目を集めてしまいそうだけど、せっかく同じグループになるんだし、交流を深めるという名目で、芹沢さんたちがクラスメイトたちに説明してくれたので、その心配はいらない。


「だね。あの提案したのって鳴宮なんでしょ?」

「うん、まあ、ね」

「ああでもしないと周りが変に思うってのは分かるけど、よく自分からあんな空気の中に飛び込もうと思えるよな、お前」


 弁当箱を手に持った和泉さんが面白そうに、惣菜パンを飲み込んだ藤城君が呆れながら、それぞれ言ってくる。

 2人の言う通り、この計画を立案したのは俺自身だったりするわけで。


 正直、呆れられてもなにも言えない。


「……まあ、めちゃくちゃ気まずいものはあったけど。これくらいはね。そうでもしないと、皆に迷惑かけちゃうことになるから」


 なんで鳴宮を班に誘うのか、等の質問をされ、勘ぐられ、周りが立てた波風に迷惑を被るのは俺じゃなくて、この3人になるのだから。

 

 仲間に入れてもらう立場の俺が、泥を被るのは当然のことだろう。


 特になんのこともなく、そう告げると、芹沢さんたちが呆気に取られたようにこっちを見てくる。

 どうしたんだろう。

 

「……相変わらず、覚悟決めた時の優陽くんの男気どうなってるの? エグくない?」

「エグいって、そんなに特別なことしてるつもりはないんだけど……」

「いやいや、普通は鳴宮みたいにそう簡単に腹なんて括れないもんだよ。拓人なんて大事な場面で結構ひよったりしてるし」

「なんでそこでオレを引き合いに出すんだよ! ……まあ、確かに肝据わってんなとは思うけどよ」

「や、やめてよ皆して! そんな大したことじゃないってば!」


 実際覚悟決めたように見えて、内心はうじうじしてたんだから。

 そんなに大げさに称賛されるようなことじゃなくて、やっぱり普通のことだと思う。


 俺が本気で言っているのが伝わったのか、3人はそれぞれ呆れたような顔をしつつ、それ以上の追求をやめてくれた。

 いい人たちだ。


 それから、本当に親睦を深める為に、俺のことに対する質問の時間が始まった。


「え、鳴宮って1人暮らしなのか?」

「うん」

「すげえな。オレ絶対無理だわ」

「私もー。憧れるけどね、1人暮らし。大変じゃないの?」

「最初はね。でも、慣れたら結構楽しいよ。色々と楽だし。誰かに気を遣わなくていいし」


 まあ、俺は家族と暮らしていた時から、仕事で忙しい両親の為に自分から率先して家事をやっていたから、最初から割と生活出来ていた。

 

 けど、決して狭くはない部屋のことを1人で全部やらないといけないから、家事が出来ても最初はそれなりに苦労した覚えがある。


「へえー。じゃあ、もしかしてそのお弁当って鳴宮の手作り?」

「うん、まあね」

「マジか。お前料理出来るのかよ」

「もう1年1人暮らししてるわけだし、それなりにはね」


 返事をしながら、箸で卵焼きを摘むと、和泉さんが俺の弁当をまじまじと見つめてきた。

 もしかして、なにか欲しいのかな。


「えっと、よかったらどれか食べる?」

「お、いいの? じゃあ、貰うだけじゃ悪いし、トレードで」


 そうして、俺のからあげと和泉さんのベーコンのアスパラ巻きのトレードが成立している最中、

 

「じー」

 

 なんか芹沢さんがめっちゃ見てくる。

 オノマトペを口にしながらめっちゃもの欲しそうにしてる。

 俺は苦笑して、芹沢さんの方に弁当を差し出した。


「はい。好きなのどうぞ」

「え、いいの!? いやー悪いねー!」

「さすがに白々しいにもほどがあるよ」

「あはは、ごめん。でも私トレード出来るちょうどいいものがないから、ここは私の超絶可愛いスマイルだけで、どうか1つ」

「別にいいけどさ。それはそれとして等価交換って知ってる? そんなものもらっても俺側に得がなくない?」

「誰の笑顔がからあげ以下!? 私の笑顔でご飯なん杯でもいけるって評判なんだぞー!?」


 どこでだよ。

 頬を膨らませて睨んでくる芹沢さんは置いておいて、俺は藤城君の方にも弁当を差し出す。


「よかったら藤城君もなにか取っていいよ」

「お、ならオレもからあげもらうわ。サンキュ」

 

 これで3人にからあげが1個ずついき渡ることに。

 芹沢さんは大丈夫だって分かるけど、2人の口に合うかな。

 少し緊張しながら、3人がからあげを口にする様子を見守る。


「ん! これ美味しい!」

「うっま!」


 どうやら心配は杞憂だったようで、俺はホッと胸を撫で下ろす。


「口に合ったみたいでよかったよ」

「私これ凄い好きなやつ」

「オレも。やべえ、今めっちゃ白米食いてえんだけど。これ絶対白米に合うわ」


 ここまで喜んでもらえると、作ったかいがあるというものだ。

 ぼっちだったから、誰かが自分の料理を食べて喜んでくれるのは凄く嬉しい。


「うんうん。やっぱり優陽くんの料理は最高だねー。ところで、このからあげ作り置きとかしてないの?」

「もちろんしてるよ。もしかしたら芹沢さんが来るかもと思って結構多めに」

「え、ほんとっ!? なら今日遊びに行くね!」


 俺たちがいつも通り、そんなやりとりをしていると、横から聞こえてきた「ふうん」という声が耳朶を打った。


「もしかしてだけど、空って結構鳴宮の部屋に遊びに行ってる感じ?」


 あ。

 し、しまった……! 和泉さんと藤城君がいるのについいつもの感じで話しちゃってた!

 俺、藤城君に芹沢さんがよく部屋に遊びに来るって言ってないのに!


 ま、まずい……! どうにか誤魔化して——!


「うん、実は結構行ってるんだよねー」


 ダメだ終わった。

 俺が誤魔化す前に、無情にも、こっちの事情など知る由のない芹沢さんは、無邪気に頷いてしまったのだった。

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