第23話 白髪美少女の秘密
それから、ヒトカラにハマって練習していた時期があるという話をして、どうにかファッション陰キャ認定を免れたあと。
俺と乃愛は当初の目的通り、ゲームに興じることになっていた。
でも、ここで問題が1つ。
乃愛が持ってきたのはコントローラーと画面が分離する機種なんだけど、2人で1つの画面を見てプレイするには、隣に座らないといけなかったわけで。
それはまあ、いいんだけど。
さっきから肩とか太ももが当たったり、もの凄くいい匂いがしたりで、俺はまったく集中出来そうになかった。
「……乃愛。やっぱり少し近過ぎない?」
「ん。画面が小さいからこうするしかない。仕方ない」
「それはそうだけど……うーん……」
確かに画面は小さいし、離れれば見づらくはなるけど、離れる余裕がないわけじゃないと思う。
「……もしかして嫌?」
「嫌っていうか、困る、かな。さすがにここまで異性と密着してると緊張するし、ちょっとプレイに集中出来ないかも」
「ん。分かった。なら、少し離れる」
言葉と共に、スッと近くにあった温もりが遠ざかった。
それでも近くではあるので、もの凄くいい匂いはしているけれど、さっきよりは全然マシだ。
でも、緊張していると言いはしたけど、実は自分でも驚くくらいに落ち着いていたりもする。
肩が触れ合うくらい隣に美少女がいるという状況で、完全に気にしないのは当然無理だけど、それを差し引いてもあまり取り乱していない。
(……まあ、この1ヶ月、美少女といつも部屋で2人きりで過ごしてたからだろうなぁ)
さすがにここまで近くはないとはいえ、距離が近いのは芹沢さんも同じことだし。
知らず知らずの内に、自分の中で異性への耐性が培われていたらしい。
……もしかして、こういうのがファッション陰キャ呼ばわりされる理由なのでは?
「なにから遊ぶ? ソフトならかなりある」
「うーん、そうだなぁ……逆にそっちはどんな気分? 対戦? 協力?」
「ん。対戦。協力もいいけど、今はバチバチにやり合いたい」
「思いの外血の気が多い」
とは言え、俺もどちらかと言えば対戦の気分だったし、人のことを言えないわけだけど。
遊ぶゲームさえ決まってしまえば、あとは早かった。
あっという間に数回対戦をこなし、次のゲームに移っていく。
レースゲームに落ちものパズルゲーム、ミニゲームがたくさん遊べるパーティゲーム。
友達と直接会ってゲームをするのが俺も乃愛も初めてだったこともあり、不思議な高揚感に流されるまま次々にゲームをこなしていく俺たち。
きっと、この高揚感はお互いの実力がどのゲームにおいても拮抗していたのもあるのだろう。
そして、ゲームをしている内に、触れ合っていたことによる緊張だとか、肩や太もも付近に残っていた柔らかさや温もり、いい匂いに対する意識もすっかり消えてなくなっていた。
時間が許すことなら、そのまま何時間だって一緒に遊んでしまいそうだったけれど、部屋を取っていたのが2時間だけだったこともあり、あっという間に退出時間になってしまった。
ちょうど切りのいいところだったので、俺たちは手早く荷物をまとめ、支払いを終え、店を出た。
「これからどうしようか」
「ん。割と満足」
「実は俺も」
正直、このあとどこに行ってもさっきのゲーム以上に盛り上がる気がしない。
「じゃあ、帰る? これからは会おうと思えばすぐに会えるわけだし」
「ん。賛成」
満場一致で、今日のオフ会はお開きということになった。
本当に気の合う友達が出来たものだ。
そして、俺たちは駅に向かって歩き出したんだけど、
「……あの、乃愛?」
「……なに?」
「いや、どうしてそんなに俺から離れて歩いてるの?」
距離にして大体3人くらいが間に入る距離だ。
少なくともさっきまで一緒の空間でゲームをしていた間柄なのに、この距離は遠過ぎる。
「ん。カラオケの時、優陽くんが近いと困るって言ったから」
なるほど、それでか。
よかった、この短時間でとんでもない嫌われ方をしたのかと思ったけど、どうやらそうじゃなさそうだ。
「確かに言ったね。でも、この距離はいくらなんでも離れ過ぎだよ。会話がしづらいし、隣に来ない?」
「……座ってる時は隣がダメで、歩く時はいいの? よく分からない。どうして?」
「ごめん、それは俺にもちょっと分からない」
そう言われれば、どうして隣を歩くのと隣に座るのとじゃ、こんなに心理的なハードルが違って感じるんだろう。
どっちも隣には違いないのに。
疑問は置いておいて、手招きをすると、乃愛がてくてくと近寄って来たので、的確な位置で停止してもらい、俺たちは再び歩き始めた、
「そういえば、来る時同じ電車に乗ってたわけだし、俺たちって帰る方向同じなんだよね」
「ん。ここまで来たら、まだ別の奇跡が起こってもおかしくない」
「あはは、まさかー」
そして、2人して同じ電車に乗って。
「あ、俺ここの駅だから」
「ん。私も」
——ん?
同じ駅で降りて。
「え、えっと……ここを曲がったらすぐ俺の住んでるマンションで……」
「ん。私も」
——んん?
ずっと2人で歩き続け、遂にはマンションの前まで帰ってきてしまった。
俺はだくだくと汗をかきながら、隣でマンションを見上げている乃愛に切り出す。
「あの……ここが俺の住んでる所なんだけど……」
「ん。そう」
そう呟いた乃愛が、汗をかいてまさかと思っている俺をよそに、ふいに歩き始める。
そのまま無言で乃愛を眺めていると、彼女は俺の住んでいるマンションから目と鼻の先にある、別のマンションの前で立ち止まり、こっちを見てきた。
「私の家。ここ」
「…………」
人は驚き過ぎると声も出なくなるらしい。初めて知った。
同じマンションではなかったけど、それでも十分に奇跡と称しても許されるだろう。
これ以上奇跡なんて起こるはずがないと思っていた時期が、俺にもありました。
最後の最後にとんでもないことが発覚して、なんとも言えない空気になったけれど、これでいつでもオフで遊べると無理矢理納得して、別れの挨拶を済ませてこの場はお開きとなったのだった。
「——疲れた」
優陽と別れてからわずか数分後。
自分の部屋に帰ってきた乃愛は静かにひとりごちていた。
引きこもりにとって、ただ外に出ることでも体力を消費するのに、更に電車に乗って人に会うこともプラスされた乃愛の今の疲労は推して知るものだろう。
「けど、楽しかった」
緊張し過ぎて転んだのは失敗だったけれど。
それでも、外に出て、疲れるようなことをしてまで会いに行ってよかったと思えるものが、今の乃愛にはあった。
(想像通りの人だった)
実際に会ってみた優陽のことを思い返して、多分、人から見ればよく見ないと分からない程度に頬が緩む。
どう考えてもとっつきにくいタイプの自分がわがまま染みたことを言っても、決して突き放さず優しく笑って、ちゃんと教えてくれる、変わった人。
実際に会ってみて、より一層そう感じた。
(……あんなに柔和な顔付きの整った顔立ちの人が来るとは思ってもなかったけど)
優陽が自らを陰キャぼっちと自称していたこともあり、てっきり根暗系と言えばで簡単に想像が出来るタイプが来ると思っていたので、容姿に関してはかなり予想を裏切られた。
まあ、優陽の方も相手がこんな人間離れした容姿の美少女だとは思っていなかったので、そこはおあいこだろう。
今日のことを思い返し、上機嫌に鼻歌を歌いながら服を着替えていた乃愛は、ふと、ピタリと動きを止め、
「……んぅ」
ほんのわずかに眉根を寄せた。
結果的にはオフ会は成功だったとはいえ、実は乃愛からすれば失敗に思えたことが2つほどあったりする。
「……緊張し過ぎて転ぶなんてありえない。恥ずかし過ぎる」
自分を戒めるようにむいーっと頰を引っ張ると、姿見に映った自分が同じように変な顔になった。
白髪の美少女が下着姿で鏡に向かって変顔をしているのは、傍から見ればかなり奇妙な光景だ。
むにむにと頬を引っ張り回して、ようやくひと段落。
気持ちが落ち着いた乃愛は、頬から指を離し、小柄な割にそこそこ育った胸部に手を置いた。
「……ん。失敗だったけど、温かい」
失敗の恥ずかしさよりも、胸の中には、優陽がくれた確かな温もりを持った言葉がある。
(……? なんか、頬が熱いような……?)
それがなんなのか気になって、乃愛はまた頬をむにむにとこね回した。
それから、乃愛はラフな服装に着替え終え、自室……ではなく、もう1つある部屋に入る。
電気を点けると、かなり広めの部屋の中にはパソコンやモニターの類が置かれたテーブルに、マイクなど、様々な機材が置いてあった。
(ん。今日はする予定じゃなかったけど、気が変わった)
そう思い立つや否や、乃愛はスマホでSNSアプリを開き、とあることを告知してから準備を始める。
「危うく喋るところだったのは、本当に失敗。気を付けないと。身バレNG」
準備を進めながら、もう1つの失敗について自らを戒める。
そうこうしている内に、諸々の準備が終わり、SNSで告知した時間になった。
乃愛はそれを確認し、機材の電源入れ、口を開く。
(いつかは話してもいい。けど、今はまだ早い)
彼女が言う失敗の正体。それは——。
『皆ー、こんのえー。
自分が登録者数20万人越えの人気Vtuber——白峰のえるとして配信を行なっていることを話しそうになってしまったことだ。
確かなゲームの腕や淡々としていて静かだが、聞き心地のいい声を持ち。
それなのに歌う時は普段とは違う伸びのある歌声が話題を呼び、最近人気を集めている個人Vtuber。
彼女がそんな存在であることを、優陽はまだ知らない。
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