第22話 陰キャ、ファッション陰キャ疑惑をかけられる

「それで、どこで遊ぼうか」


 リアルでの友達申請という、俺の今まで生きてきた人生の中でも、割と一大イベントが無事に済んだあと。

 俺はこのあとどこに行くかという話題を切り出した。


 大きめなイベントを真っ先にこなしてしまったせいで勘違いしそうだけど、オフ会はまだ始まったばかり。

 会うこと以外に話を決めてなかったので、ノープランであちこちぶらぶらするよりもここでしっかり決めておいた方がいいだろう。


「ん。どこでもいい。って言いたいところだけど、私、人の多い所が苦手。引きこもりなもので」

「そんな得意気に言われましても……」


 感情表現が薄いのに、どうしてかこういうところは分かりやすい。

 まあ、俺も人の多い所は苦手なんだけど。

 けど、今ってゴールデンウィークだし、最終日だとしても人の多くない所の方が少ない気がする。

 

 ……ついでに、俺の中の遊びに行く場所の選択肢も少ないわけだけど。

今まで友達と出かけたこと、芹沢さんとしかないし。……やっべ、悲しくなってきた。


「? どうしたの? なんか、目潤んできてる?」

「ごめんなんでもないんだ」


 と、とにかく今はこのあとどこに遊びに行くかだ。

 でも本当にどうしよう。乃愛も引きこも……インドア派だし、多分、出てくる案は俺と同じようなものになるよね。

 

 うーん、と頭を悩ませていると、ある部分に視線が行き着いた。


「そういえばそのリュック、なにが入ってるの?」


 なんだか、ただオフ会に来るだけにしては大きめな気がする。


「ん。ゲーム機とか。オフ会ならもしかしたら使うかもと思って」

「え、ごめん。俺、自分の持ってきてない」

「問題なし。ちゃんとコントローラーも2人分持ってきてる」


 そっか。オフ会ってただリアルで会うだけじゃなくて、ゲームとか持ち寄ってオフで遊んだりすることももあるのか。

 となると、せっかくだしゲームが出来て、人が少ない所、つまり個室がある場所がいい。


 ……そんなとこ本当にある? なんか難易度上がってない? 

 ……あ。

 難航するかもと思っていたけれど、意外なことに、その考えはするりと頭の中に降りてきた。


「カラオケ、なんてどうかな?」

「カラオケ?」

「うん。好きな時に飲み物が飲めて、小腹が空いたら食べ物もあって、なにより人と出会わないゲームが出来る個室。ついでに暇になったら歌える」

「天才」


 そうと決まれば、俺たちの行動は早かった。

 既に空になってるトレーを片付け、近場のカラオケ店を探す。

 どこも人が多いかもしれないけど、カラオケ店は結構あるし、その中のどこかが空いてさえいればいい。


「……そういえば、さっきなにを聞こうとしたの?」

「さっき?」

「ん。私が名前呼んでほしいって言った時」

「ああ、あれ。なんでこけた時すぐ起き上がらなかったのかなって」

「羞恥心と痛み」


 なるほど。こけた場所はコンクリで顔からこけて痛そうだったし確かに人前でこけるのは恥ずかしい。

 というかよく無傷だったものだ。


 そんな会話をしている内に、カラオケ店へと着いた。

 幸いにも空き部屋があったので、手続きをして、ドリンクバーで飲み物を注ぐべく、コップを手に取っていると。


「カラオケ、初めて来た」


 乃愛が興味深そうにあたりを見回しながら、呟いた。


「あ、そうなんだ。ここで好きな飲み物注げるから」

「ん。分かった」


 頷きながらドリンクバーの前に立った乃愛が、コーラのボタンを押し、すぐに離す。


 ——ジャッ!


「……?」


 首を傾げた乃愛がボタンを押し、またすぐに離す。


 ——ジャッ!


「……? 優陽くん。ドリンクバーの出が悪い」

「ボタンを押しっぱなしにするんだよ、それ」

「……なるほど。奥が深い」


 俺にはよく分からなかったけど、なにか奥深さを感じ取ったらしい。

 

「優陽くんはカラオケ、来たことある?」

「うん。あるよ。けど、結構久しぶり」

「……ファッション陰キャ?」

「今の受け答えでどうしてそんな結論に!?」


 一体どこにファッション認定される要素が!?


「ん。薄々思ってた。見た目とか陰キャを名乗るべきじゃない爽やかさ。カラオケに行ったことがある発言で確信した」

「初対面の人に会うから失礼のないように覚えたての知識で頑張ったのになんたる言い草! あとカラオケに行ったことがあるのかどうかって陰キャ認定にそんなに重要!?」

「カラオケなんて友達の多い人が行く所。陰キャぼっちが行くわけがない」

「世の中にはヒトカラっていうぼっちに優しい文化があるんだよ……」


 実は一時期、ヒトカラにはそれなりに通っていたことがある。

 理由としてはもし友達が出来た時の為。

 まあ結局友達が出来なかったので意味がなかったわけだけど。


「ん。なるほど。世界にはまだまだ未知が満ちている」

「大仰過ぎる言い方だし、ただ世間知らずなだけだと思うけど分かってくれたみたいでよかったよ」


 まったく、なにが悲しくてファッション陰キャ呼ばわりされないといけないんだ。

 そんなものファッションで着飾る意味がないのに。

 ……けど陰のオーラをまとうって聞き方によってはカッコいいような気がしないでもない。


「とりあえず早速ゲームする?」

「ん。まず歌う」

「そっかー。……って歌うの!?」


 予想外の返答に、俺は目を剥く。

 驚く俺を尻目に乃愛は立ち上がり、「せっかく来たし、やってみたい」とマイクを2本取ってきた。

 なんてマイペースさだ。

 

 けど、やってみたいと言っているのにこれ以上ツッコミを入れるのも野暮だよね。

 俺は小さく苦笑しつつ、端末を手に取り、テーブルに置いた。


「じゃあ使い方教える。ここで曲とか歌手を検索して、歌いたい曲を選んで送信するだけ」

「分かった」

「採点は付ける?」

「ん」


 採点機能の入れ方を教え、これで一通りのレクチャー終了。

 乃愛が端末を操作し始める。


(でも、乃愛ってちゃんと歌えるのかな)


 感情表現が薄いし、淡々と喋るので、申し訳ないけれど、歌っている姿はまったくと言っていいほど想像がつかない。

 

 そんな俺をよそに、乃愛が曲を入れ終えたらしい。

 室内にイントロが響き始め、乃愛がマイクを口の前に構え、そして第一声を発し——。


 ——曲が終わった。

 室内に響くアウトロが静かにフェードアウトしていく中、俺はぽかんと口を開けてしまっていた。


 普段の物静かな淡々とした口調からは想像も出来ないほどに、感情豊かに紡がれる伸びのある綺麗な歌声。

 つまるところ、予想を裏切ってめちゃくちゃ上手かった。


 画面に表示された89点という文字を見ながら、俺は拍手する。


「凄いね! 思わず聞き入っちゃったよ!」

「ん。ならよかった」

「もしかしてなにかやってたの? 歌関係の習い事とか」

「やってない。ボイトレはしてる」

「ごめん。自分で聞いておいてなんだけど、さすがにその返答は意外過ぎる」


 ついついツッコんでしまいつつ、「なんでボイトレを?」と続けた。


「ん。はいし——しゅ、趣味。ボイトレすればハキハキ喋れると思って?」

「なんで疑問系? というかはいし?」

「気にしないでほしい。そんなことより優陽くんの歌が聞きたい」


 あからさまに話を逸らされてしまった。

 まあ、言いたくないことなら無理に聞くのはよくないよね。


「別にいいけど、俺そんなに上手くないよ?」

「大丈夫。下手でも笑わない」


 ならいいか。

 もし笑われでもしたら死ねばいいだけだし(過激思想)。

 でも、久しぶりだし人前で歌うのは初めてだし、上手く歌えるかな……。


 不安を抱きながら、とりあえず最近よく聞くアニソンを入れる。

 そして、聞き馴染んだイントロが流れ始め、緊張しながらも、俺は歌声を紡ぎ——。


「——ふう。緊張したぁ……」


 フェードアウトしていく音楽を聞きながら、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 久しぶりにしては上手く出来た方だと思うんだけど……。

 乃愛がさっきから無言なのが凄く気がかりだ。


「あ、あの……? 乃愛?」


 呼びかけてみるけど、なにも反応が返ってこない。

 も、もしかしてそんなに下手だったのかな……?


「……優陽くん」

「な、なに?」

「なんでそんなに上手いの……?」


 乃愛が薄い感情の中に、精一杯の驚愕のようなものを乗せ、尋ねてくる。


「あ、よかった。てっきり下手過ぎて固まってるのかと……」

「ん。逆。上手過ぎる。というか92点で下手なんて謙遜が過ぎる」

「え、そう? 言い過ぎだよ。上手い人はもっと上手いし、俺なんて全然普通レベルだって」

 

 褒められて悪い気はしないけど、このぐらいなら割とゴロゴロいると思うし。

 あはは、と笑いながら、またまたー的なリアクションを取っていると、乃愛がなんだこいつみたいな怪訝な目をして、ぼそりと呟いた。


「ん。やっぱりファッション陰キャ」

「どうして!?」

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