第21話 陰キャとゲームフレンドのリアル友達申請

「——それにしても、奇跡ってここまで重なるものなんだね」


 NoRさんとまるでラブコメの世界のような出会い方をしたあと。

 立ち話もなんだということで、俺たちは近場のファーストフード店に移動していた。

 

 もし芹沢さんがこの場にいたら、女の子と2人きりなのにファーストフード店なんてマイナス100ポイントです、とでも言われそうだけど、俺にはこの選択肢しか思いつかなかった。どうか許してほしい。


「ん。凄い偶然」


 ポテトを摘み、小さく頰を膨らませたNoRさんはがもぐもぐとしっかり咀嚼し、飲み込んでから相槌を返してくる。

 なんだろう、もの静かで小柄な体躯も相まって、小動物味が凄い。


 でも、あまりに現実離れした妖精みたいな可憐な見た目だとか、食べている時の姿勢の良さなどからは、まるでどこかの良家の令嬢味が伝わってくる。

 もしかしたら、本当にいいところのお嬢様なのかもしれない。


「そういえば、NoRさん」


 ひたすらにマイペースに食事をし続けているNoRさんに気になっていたことを聞こうと名前を呼ぶと、


「——乃愛」

「え?」

「名前。乃愛、白崎乃愛しろさきのあ。NoRはネット上の名前だから」

 

 あ、なるほど。

 確かにこうしてリアルで会ったのに、俺たちはまだ自己紹介すらしていなかった。


「えっと、トワこと鳴宮優陽です。それで、白崎さん。さっきのことなんですけど——」

「乃愛でいい」

「え、いや……」

「乃愛でいい」

「で、でも、それは……」

「乃愛でいい」

「……」

「乃愛がいい」


 あ、これはいって選ぶまでイベント進行しないやつだ。

 まさか現実でこのイベントに遭遇することになろうとは。

 ……って、ほんのりと感動してる場合じゃない。どうしよう。


 こういうのって、1回口に出して呼んでしまえばどうってことはなくなると思うんだけど、その1回を超えるまでがハードルが高いんだよね……。

 俺のような普段から人付き合いが乏しいタイプは特に。


 悩んでいると、俺をジッと見ていたNoRさ……白崎さんが「……ん。やっぱりいい」と少し目を伏せた。


「苗字でもいい。大丈夫」

「……? どうしたの、急に」


 いつも静かな声音だけど、今のはほんのわずかに、いつもより静かな声だった気がして、聞き返す。


「……私、人との距離の測り方が凄く下手」

「……あー、それはなんとなく分かるよ」


 今までの感じからして、薄々そうなんだろうなーとは思ってた。


「昔から、そう。仲良くなりたいと思って動けば、距離の詰め方がおかしいって言われる。そのことを反省して、距離を取ったら、今度は逆に付き合いが悪いって」

「……もしかして、学校に行かなくなったのって」

「そう。人によってちょうどいい距離の取り方が出来なくて、馴染めなくて、行かなくなった」

 

 なんて返せばいいか、一瞬で思いつかなかった俺は、口を閉ざす。

 そんな俺を見て、白崎さんはぽつりと続ける。


「前にも言ったけど、学校に行かなくなったことはそんなに気にしてない。……ただ、トワさんに迷惑をかけ続けてることは、本当にごめんなさい」

「そんな! 迷惑だなんてことは……!」

「ううん。いきなりリスコに誘ったり、通話したいだとか、オフ会だとか、思い返せばグイグイいき過ぎだった。本当に悪い癖」


 自己嫌悪、寂寥感、そして後悔。

 その呟きには、そんないろんな感情が込められているような気がした。

 でも——。

 

「俺はそんな風には思わないかな」

「……え?」


 俺の言葉に、白崎さんが俯きがちになっていた顔をパッと上げる。


「だって俺からしたら羨ましいくらいだよ」

「羨ましい……?」

「うん。俺は、自分から声をかけることが苦手だからさ。だから、誰かと距離を縮める為にちゃんと行動が出来るのが羨ましい。眩しいくらいに」

「……」

「確かに、距離感を測るのが苦手で、人によってはそれが鬱陶しいと思われるかもしれない。迷惑かもしれない。けど、それで誰かを傷付けたりしたわけじゃないでしょ?」


 こくり、と白崎さんが無言で頷く。


「俺にだってそうだよ。困らせようとしたの?」

「そんなわけないっ」


 尋ねると、これまでのもの静かな雰囲気を一変させ、少し大きな声ですぐにそう返してきた。

 その反応に「うん。知ってる」と微笑んでみせる。


「リスコ通話のことも、今日のオフ会のことも、正直びっくりはしたよ」

「……だったらどうして、誘いを受けてくれたの?」

「うーん……君が一生懸命だったから、かな」

「……一生、懸命」

「うん。そんな風に俺なんかと仲良くなりたいって一生懸命になってくれたのが伝わってきたからだよ」


 だからさ、と俺は続ける。


「君の言う悪い癖がなかったら、俺たちがこうして会って話すことは絶対になかったんだよ」


 そう告げると、白崎さんがなにかを堪えるようにきゅっと唇を引き結ぶ。


「それに、君が距離感を測るのが苦手だっていうのは見てれば分かるんだから、周りが距離を取ったり、突き放したりしないで、ちゃんと教えてあげることだって出来たはずだよ。まあ、これは綺麗事だろうけど」

「……うん」


 言うだけなら簡単で、誰しもが自分に合わせてくれるわけじゃない。

 それは分かっているからこそ、白崎さんの周りにいた人たちを責めることは出来ない。


「だから、これからは……ちゃんと教えられるか分からないけど、間違ってたら俺が教えるからさ」


 自信なんてない。

 ないけれど。

 こればかりは今度は俺の方から、伝えないといけない。

 勇気には勇気を返し、誠実には誠実を返したいから。


「名前呼びなんてさらっと出来なくて、日和っちゃう見ての通りの陰キャ野郎だけどさ。改めて、俺と友達になってください。——

「あ……」


 異性を名前で呼ぶのなんて初めてで、緊張で渇く口をどうにか動かして、言葉を紡ぐと、しろさ……乃愛が目を見張った。

 ……ってこの名前を呼んだ流れでもし断られでもしたら、俺、死ぬほどダサくない? いや、ないとは思うけどさ……。


 不安になっていると、やがて、乃愛がわずかに口角を上げ、ほのかな微笑みを浮かべた。


「うん。よろしくお願いします。——


 こうして、俺たちは無事にリアルでも顔見知りの友達となることが出来たのだった。

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