第20話 オフ会当日
あっという間に時間は流れ、オフ会当日のゴールデンウィーク最終日。
驚くべきことに、俺とNoRさんは同じ県に住んでいて、すぐにでも会える距離にいたのだ。
なので、現在、俺は待ち合わせ場所である都心の大きな駅に向かう為に電車に揺られながら、
「……はぁ」
そっと陰鬱なため息を吐き出していた。
傍から見れば、今の俺はさぞ青白い顔をしているとことだろう。
(気が重いなぁ……)
今思えば、勢いだけでとんでもないことを承諾してしまったものだと若干後悔していたりする。
……決して会うのが嫌とかそういうんじゃないんだけども。
むしろ、友達が増えることは俺にとって喜ばしいことだ。
じゃあ俺がなにを憂鬱に思っているのかというと。
(会ってもし、ガッカリされたらどうしよう……)
自分がどう思われるか、ということだった。
(変に思われないように、一応髪はセットして服装も古着屋で買ったやつを着てきたけど……)
芹沢さんと店長のお墨付きはあるものの、自信のなさまでは覆い隠し切れなくて。
気の重さはまったく晴れずに、微妙に腹痛までしてくる始末だ。
我ながら情けないと、力なく吊り革を握りながら、再度そっと静かにため息を零していると、
「——ねえ、あの人さちょっと……」
「——分かるー!」
やや距離の離れた所に座っている2人の女性の声が聞こえてきて、俺はなんとなくそっちを見やる。
すると、たまたまこっちを見ていたのか、女性たちと目が合った。
「——わ、こっち見たよ!」
「——やばー!」
途端にきゃいきゃいと小声ではしゃぎ始めたように見えたけれど、俺は俯きがちになって、視線を逸らす。
(まただ……)
実はこういう風に視線を向けられ、注目されることは今日初めてじゃない。
自意識過剰かとも思ったけれど、ここまではっきりこっちを見てなにかを言っているのを聞くと、さすがに勘違いとも言い切れなくなる。
(そんなにキモいのかな、今日の俺……)
俺を見てなんの話をしてるのかは分からないけど、憂鬱な気分も相まって、全部悪く言われているように思えてしまう。
更に落ち込んでいると、電車が緩やかに速度を落とし始めた。
NoRさんとの待ち合わせはこの駅なので、つまり俺はここで降りないといけないわけだ。
(……うん。いつまでもうじうじしてても仕方ないよね。よし!)
自分自身を鼓舞するように、ふっと小さく息を吐き、俺が勇んで開いたドアから一歩踏み出すと、
——ビターンッ!
まるで誰かが派手に倒れたような音に、俺は反射的にそっちを向き、ぎょっと目を見開く。
なぜなら視線の先で、電車から降りる時に足でも引っかけたのか、薄い水色のワンピースを着た、腰のあたりまである長い白い髪の女性がうつ伏せに倒れていたからだ。
突然のことに驚いたのか、その場にいる人間は俺も含めて誰も声をかけにいくことすら出来ない。
思わずそのまま呆然と見つめ続けて、ようやく俺はそれどころではないとハッとなって、慌てて駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!?」
声をかけてみるけど、女性はピクリとも動かない。
ま、まさか打ちどころが悪くて意識がないんじゃ……!?
心配になってもう1度声をかけようとすると、
「……痛い」
もぞり、と女性が身じろぎした。
よ、よかった。意識はあるみたいだ。
「と、とにかくここにいたら危ないです。……立てますか?」
「ん。痛いけど、どうにか」
ようやく、女性が顔を起こした。
髪に劣らず、透き通るような白い肌にぼんやりと眠そうな青い瞳。
今は赤くなっているけれど、小ぶりな形のいい鼻と、白に映える薄いピンクの唇。
端的に言って、超が付くレベルの美少女だった。
一瞬惚けてしまったものの、俺は女性に向かって手を差し出す。
「捕まってください」
「ん。ありがと」
俺の手を女性の小さな手が握る。
そのまま力を入れて引き上げると、びっくりするほどに軽く、あっさりと持ち上がった。
「おお……お兄さん、力持ち」
「いや、あなたが軽過ぎるんだと思いますけど……」
女性はかなり小柄な部類で、恐らく150センチ程度だろうけど、それにしたって軽い。
立ち上がった女性はぱちぱちと瞬きをして、なにやら驚いているようだった。
それにしても、この感情表現の薄い感じとか、独特な話し方……なんか聞き覚えがある気がするような……?
頭の引っかかりを探っていると、女性が「あ」と声を発した。
「待ち合わせの時間。遅れちゃう」
待ち合わせ……?
出てきたワードに、俺の中の引っかかりが強くなる。
というか、よくよく声を聞くと、もうそうとしか思えないんだけど……いや、でも、そんなまさか、ね?
「……あの、つかぬことをお聞きしますけど……その、待ち合わせってどのような……?」
恐る恐る聞くと、女性はきょとんと首を傾げつつ、答えてくれた。
「オフ会。ゲームで知り合った人と会う」
「確定だぁぁぁぁああああああ!?」
NoRさん本人だこれぇぇぇぇえええええ!?
思わぬ奇跡に人目も場所も憚らず大声で絶叫してしまう。
たまたま同じ県の近場に住んでいて、同じ電車に乗っていて、お互いに顔も知らないのに、たまたま関わった相手が待ち合わせ相手本人だったなんて奇跡としか言いようがないだろう。
当のNoRさんらしき人は、俺が突然叫び声を上げたにもかかわらず、少しのリアクションも取らずに、不思議そうに俺を見つめてくるだけだった。
「あ、す、すみません。急に叫んでしまって」
「ん、大丈夫」
「ならよかっ——」
「ちょっと危ない人くらいにしか思ってない」
なにもよくなかった。
しっかりアレな人認定されてしまっている。
早く誤解を解かないと。
「ち、違うんですよ。叫ばざるを得ないくらいの奇跡が起こったもので、こう、つい勢いのままに」
「奇跡?」
未だに待ち合わせ相手本人だということに気が付いていないNoRさんに改めて向き直り、「えっと、間違っていたらすみません」と切り出した。
「は、初めましてNoRさん。お、俺がトワです」
緊張しつつ伝えるとNoRさんは「え」と変化に乏しかった表情を崩し、ぼんやりと眠そうな目を大きく見開いた。
そうに違いないと思いながら、間違っていたらどうしようと思ったけど、どうやらその心配は杞憂に終わりそうだ。
相変わらずリアクションは薄めだけど、本人なりにかなり驚いたらしいNoRさんは、見開いていた目を何度かぱちぱちと瞬きさせたのち、
「……奇跡?」
こてんと首を傾げ、さっきとは違うニュアンスでそう呟いた。
うん、まあ、やっぱりそういう感想になるよね。
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