第19話 ゲームフレンドは友達になりたい

『林間学校?』


 今日あったことを報告すると、NoRさんの抑揚が少ないけれど、不思議そうな声音がヘッドホンの向こうから耳朶を打つ。

 

 彼女と出会ってから数日しか経過していないけど、あれから夜はこうして通話しながらゲームをするようになっていた。


 今日は有名なサンドボックス系のゲームをしているところだ。


「うん。連休明けにすぐにね」

『なるほど。それで、クラスのトップカースト層と班を組むことになった、と?』

「恐縮なことに」

『ふむ。……断罪』

「なんで!? ああっ!?」


 画面内で俺のキャラがNoRさんのキャラに殴られ、その衝撃で高い所から落ちた先はマグマ。

 

 どうにか陸地に上がって生き延びようと試みるも、上がれそうな所はなく、俺のキャラは持っていたアイテムごと、燃え尽きてしまった。


『悪は滅びた』

「誰が悪!? というかなんで急に殴ってきたのさ!」

『ん。全陰キャぼっちの気持ちを代表して?』

「アイテムロストしないといけないほどの業を背負った覚えはないんだけど!?」


 まあ重要なアイテムは念の為にボックスに避難させておいたわけだし、NoRさんもそれが分かってるからマグマに突き落としてきたんだろう。

 だとしても、あまりにも残酷過ぎる所業だ。


『陰キャぼっちを名乗っておきながらトップカースト層と交友が持てるような人を世の同族が許せるとでも?』

「ごめん。俺が間違ってたよ」


 経緯はどうあれ、学校のアイドル的存在と友達になり、トップカースト層と少なからず関わりを持ってしまうことになったのは事実でしかないわけで。

 俺が仮にその話を他人から聞いたらきっと殴りたくなる。

 

『分かってくれたならいい。……けど、羨ましい』

「羨ましいって……陽キャたちに混ざれるのが?」

『違う。陽キャと関わるくらいなら舌を噛む』

「それは過激にも程がない!?」


 俺も割と芹沢さんたちと話すまで陽キャに偏見みたいなものを持っていたけれど、さすがに自決するまでじゃなかったよ……?

 なにか陽キャに恨みでもあるのだろうか。


「じゃあ林間学校の方?」

『そう。……そういう学校のイベントを楽しめるのが羨ましいと思った』

「……」


 聞こえてきた声には、なんだか心からの憧憬が滲んでいるような気がして、俺はつい口を噤む。

 

 なんだろう、病気かなにかで学校を休みがちだったのかな……?

 って、そもそもNoRさんっていくつなんだろう? 

 既に学校を卒業した歳の近い大人だと勝手に決めつけてたけど。

 この際だし、ちょっと聞いてみようかな。


「あの、ちょっと話の腰を折るし、失礼なこと聞いていい?」

『……? なに? スリーサイズまでなら答える』

「超寛容だね!? さすがにそこまで失礼じゃないから!」


 個人的に気にならないといえば嘘になるし、聞いたら本当に答えてくれるのかという後ろ髪を引かれながら、俺は仕切り直しとばかりに口を開いた。


「えっと、NoRさんっていくつなの?」

『ん、16。トワさんと同い年』

「そうだったの!?」


 ゲームでたまたま知り合った気の合う人が、自分と同い年って一体どれだけの確率……? もしかしたら宝くじ当たるより低いんじゃ……。

 あれ? でも、そうなると、


「楽しめるのが羨ましいっていうのは? てっきりもう卒業したから縁がない的なことだと思ってたんだけど」

『私、学校行ってない』

「え」


 さらりとなんでもないことのように告げられ、身体が固まってしまう。


「ごめん! 無神経だった!」


 しかし、それも数秒程度のことで、俺はすぐに頭を相手から見えもしないのに机に擦り付けんばかりに下げる。

 すると、抑揚を感じさせない驚くほどにいつも通りなフラットな声が聞こえてきた。


『ん。全然気にしてない。トワさんは悪くない』

「……でも」

『ただ私が馴染めなかっただけ。それに、学校には行かなくなったけど、不幸なんて思ってない』

「……それはどうして?」

『今までは寂しいって思うことはあった。けど、引きこもったお陰で、トワさんと出会えて、こうして友達になれた。それだけで、十分』

「そっか。なら、いいのかな。俺もNoRさんと出会えたわけだし」

『ん。引きこもったかいがあった』


 抑揚が感じられないのに、ドヤ顔してるのがなんとなく分かって、くすりと笑みを漏らす。

 それから、どちらともなくゲームの話題を話し始め、さっきまであったどこか重ためな空気がすっかり無惨した頃。


「あ、ところでさ。もう1つ聞きたいことが出来たんだけど」

『ん。なに? 口座の暗証番号までなら答えられる』

「さっきより寛大になってない!?」


 一体この数分間のどこで更に信頼を得たのだろうか。


「その……さ。さっきの出会えてよかった云々の話に水を差すことになるんだけど……」

『なに?』

「……俺たちって友達なの?」

『え』


 瞬間、通話が切れたのかと疑うほどの沈黙が降りた。

 そして、いつもの抑揚の感じられないフラットさが消え去ったNoRさんの震え声が鼓膜を揺らす。


『と、友達じゃ、ない、の……? わ、私が、勝手に浮かれてただけ……?』

「ち、違うよ! 俺も内心ではちゃんと友達だと思ってるから! ただ、ちゃんと顔を合わせたことのないゲームフレンドをリアルで友人にカウントしていいのか分からなくて!」


 あまりに悲痛な声音に、俺は咄嗟に声を上げた。


 だ、だって友達になろうって口に出して始まった交友じゃなかったし!

 だからこそ、俺は彼女を友人だと思っていながらも、心の中で知人という便利なカテゴリーに置くことになっていたわけで。

 

 タイミングこそ最悪だったけど、決して悲しませようとしてした質問じゃないことは分かってほしい。

 

『……それなら、会う』

「え?」

『ちゃんと顔を合わせて、トワさんとちゃんとした友達になりたい』

「……えーっと、間違ってたらごめん。今俺ってもしかして、リアルで会おうっていうお誘いを受けてる……?」

『ん。間違いじゃない。そう言った』

「い、いやいやいやいや!?」


 思わずガタンッと音を立てて椅子から立ち上がる。


『ダメ?』

「ダ、ダメっていうか……そういうのは、ほら、まだ早いんじゃないかなーと思うわけでして……」


 出会ってからおよそ3日でオフ会はさすがにスピード展開が過ぎる。

 彼女は俺を信頼して言っているのだろうけど、だからと言って会おうと言われて、はい会いましょうと二つ返事で頷けるわけがない。


『じゃあいつなら早くないの?』

「そ、それは……」

『当人たちが会いたいと思えば時間なんて関係ないと、私は思う』

「うっ……! 確かにそうかもしれないけど……! や、やっぱり簡単にリアルで会うなんて言うべきじゃないよ。もし俺がヤバい奴だったらどうするのさ」

『ヤバい奴だったら自分でそういう忠告はしてこない。会おうって言ったら私の心配をしてくれて、即決せずに考えてくれる人が悪い人なわけがない。だから大丈夫』


 うう……! 信頼してくれるのは嬉しいけど、簡単に頷けるほど、リアルで会いたいって要求は軽くないんだよ。


『私、トワさんとちゃんと友達になりたい』

「……うぐぅ」

『……もしかしてトワさんは、私と友達になりたくない?』

「っだぁぁぁあああもう! そんなわけないだろ! 分かったよ! 俺も腹括るよ! やろう、オフ会!」


 なんかもう色々と耐え切れなくなった俺は半ばヤケクソ気味に叫んだ。


 よくよく考えれば俺の質問が発端で始まったこと。

 それならば、責任はしっかり取らないといけないだろう。

 ……でも、通話を申し出てきたことといい、NoRさんはもの静かな印象とは裏腹に、勢いで行動しがちなところがあるのかもしれない。


 こうして、明後日……ゴールデンウィーク最終日に急遽NoRさんとのオフ会が決まってしまったのだった。

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