第18話 エプロン姿の陽キャ美少女がトラウマを抉ってくる話
藤城君に一通り作品を布教したあと。
俺は目当てのラノベを数冊買って、ビニール袋を揺らしながら、帰路についていた。
「藤城君、気に入ってくれるといいんだけどな」
いや、教えた作品はどれも自信を持っておすすめ出来るものだし、大丈夫なはず。
もし、気に入ってくれたら、もしかしたら藤城君がそのままハマってくれて、ワンチャン同性のオタ友が出来るかも……ってそれはいくらなんでも思い上がり過ぎか。
自らの妄言を恥じていると、マンションに辿り着いた。
郵便物が届いているかを確認し、自分の部屋へ。
部屋は2階なので、俺はいつも通りエレベーターを使わずに階段で向かう。
階層が低いと出るのも帰るのも楽で助かる。
そうして、自分の部屋の前に立った俺は、あらかじめ出しておいた鍵で扉を開けて中に入った。
「ただいまー」
リビングにいるであろう芹沢さんに聞こえるように声をかけつつ、靴を脱ぎ、部屋に上がる。
「……ん?」
すると、リビングから肉が焼けるような香ばしい匂いが漂ってきた。
不思議に思いながら、匂いに誘わられるように廊下を歩き、リビングへの扉を開けようとドアノブに手を伸ばしたところで、1人でに扉が開かれ、
「——お帰りー、優陽くん」
エプロン姿の芹沢さんが立っていた。
「ただいま……?」
予想外の光景に疑問系でもう1度帰宅の挨拶を口にしながら、俺はまじまじと目の前の芹沢さんを見つめてしまう。
無地の紺色に左右の腰付近に大きめなポケットが縫い付けられていて、胸元には白い猫があしらわれている。
芹沢さんが着るにしてはどこかシンプル過ぎるように思ったけれど、そのシンプルさがかえって彼女の可愛らしさを引き立てているような気がした。
俺の沈黙をどう受け取ったのか、芹沢さんがからかうような笑みを浮かべる。
「ふふん、どうやらエプロン姿の私が可愛すぎて声も出ないみたいだね?」
芹沢さんが得意げに、俺に見せつけるようにその場でくるんと回り、前屈み気味になり、軽く敬礼のポーズを取りながらウィンクをしてきた。
「いや、可愛いというよりはそこまでいくとあざとい」
「つまり超可愛いってことだね。さすが私」
「後半の文言は聞こえてないの?」
どういう耳の構造してるんだよ。
呆れていると、芹沢さんが「ちっちっち」と指を振った。
「意外と分かってないなー優陽くんは」
「えっと、なにが?」
「いい? あざといっていうのはラノベでもの凄く可愛いって意味なんだよ。つまりあざとい私は超可愛いってことなの。おーけー?」
「今更超可愛いの部分は否定しないけど、この世界はラノベじゃないよ」
もしこの世界がラノベだったとしても、俺の役割はモブだろうけど。
……それはそれとして、
「どうしたの? そのエプロン」
部屋に置いてなかったし、わざわざ持ってきたのだろうか。
指摘すると、芹沢さんが裾の部分を軽く摘んだ。
「や、私って結構この部屋で料理とかするじゃん」
「そうだね。どっちが料理するかのゲームでかなりの頻度で負けてるからね」
まあ、その度に謎の私の可愛さに免じて次勝ったら私の勝ち理論を持ち出してきて、勝負をちゃぶ台返しされてなかったことになって、俺が作ることも多いんだけど。
「今までは男友達の部屋にエプロンを置くのはさすがにちょっといきすぎかなーって思ってたんだけど、やっぱり必要かなって」
「そうかもね。大体運が絡んでない9割くらい俺が勝ってるし」
「うるさいな。余裕こいてられるのも今の内だからね。……というわけで、悪いんだけど置かせてもらっていいかな?」
「うん、いいよ」
返事をしつつ、いい加減リビングに入ろうとすると、なぜか芹沢さんがそこに立ったまま横に避けてくれない。
仕方なく、俺が横を通り抜けようとすると、そうはさせまいと言わんばかりに、芹沢さんが進路を塞いでくる。
なんで俺ディフェンスされてるの?
「えっと、入りたいんだけど」
眉を下げて困惑する俺に、芹沢さんはにこぉっと笑顔を浮かべた。
「ここを通りたくば、私のエプロン姿について可愛いと100回言ってからにするんだね」
「なんだこの自己顕示欲の強過ぎるゲートキーパー」
端的に言って超めんどくさい。
「そういうのって言わせるものじゃなくない?」
「だって君言わないと女の子の服装褒めないタイプじゃん」
「うぐっ……!」
まさかのど正論。
でも人付き合いの乏しい隠キャにそんなことが自然に出来るわけがない。
言ったところで、なんか変に照れて凄い気持ち悪い言い方になるのは目に見えている。
……けど、この場では言わないと通してくれそうにないしなぁ。
「……可愛いです」
嘆息と共にお望み通りの感想を口にすると、芹沢さんはどうやら本当に満足してくれたみたいで、
「ん。通るがよい」
満足そうに頷いて道を開けてくれた。
「けどどうしてもそのエプロン? いや、可愛くないわけじゃないんだけど、なんか意外なチョイスだね」
言っては悪いけど、もっとこうあざとさと可愛さとかに全振りしたものを選びそうなものなのに。
「やーもっと可愛いエプロンもあったんだけどね。やっぱシンプルなものを身に付けた方がより私の可愛さが引き立つと思ったんだよねー」
「……そうなんだー」
やばい。完全に思惑通りだった。
いや、別に可愛いって思ったのは嘘じゃないし、いいんだけど。
打算的なものに引っかかってるのが分かるとどうにも釈然としない。
「で、なに作ってたの? 言うの忘れてたけど、冷蔵庫にハンバーグのタネが——」
「実はそれ使わせてもらってるんだ。そろそろ帰ってくる頃だと思って。もう出来るとこ」
「あ、そうだったんだ。ありがとう」
じゃあテーブル拭いたり皿準備したりしてようかな。
そう思い、戦利品をソファに置き、諸々の準備を始める。
「あ、そういえばさ。藤城君と偶然会ったよ。エイトで」
「ふーん、そうなんだ。……へ? エイトに拓人!? いたの!?」
「うん。ラノベも布教出来たし、ちょっと仲良くなったかも」
「ちょっと待ってほんとにどういうこと!?」
「えーっと、それは——」
ありのままを伝えようとして、俺は口を噤んだ。
そのまま伝えたら藤城君が芹沢さんのことを好きなことをバラすことになってしまう。
こ、ここは伝えても困らないことだけを……え、えっと……。
「な、なんか3等分の映画やってるから興味が出て、それで原作を買いに来たーみたいな?」
よ、よし! 俺史上最高レベルの嘘だ!
咄嗟に出たにしては上出来過ぎる!
けれど、芹沢さんは「えー拓人がー?」と訝しそうな顔をしていた。
俺が冷や汗を流してそのまま様子をうかがっていると、
「……まあ、それだけ作品が魅力的ってことだもんね。さすが3等分」
得心したように頷いたので、俺はつい拳を握る。
「イエス!」
「イエス!? なに急に!? どうしたの!?」
「な、なんでもないよ! 大丈夫! 俺なりの発声練習だから!」
「なぜこのタイミングで発生練習を!? なにも大丈夫じゃないよね!?」
「ほ、本当に気にしないで! とりあえず興味を持った藤城君に俺がたまたま会って、色々と布教したってだけの話だから!」
追求されたら困るので、有無を言わせぬ早口で畳み掛けた。
そのかいあって、芹沢さんは「そ、そうなんだ……」と引き気味に納得してくれた。
それから、芹沢さんはなんだか思案するような顔になって、呟く。
「うん。それならちょうどいいかもね」
「ちょうどいいって?」
「……相変わらず当たり前のようにひとりごとを拾って会話に繋げてくるのはもういいとして」
芹沢さんがこほん、と仕切り直すように咳払いをする。
「林間学校の班なんだけど、優陽くん。私たちと一緒にならない?」
「……ええ!? 俺が芹沢さんたちと!?」
突然の提案に驚く俺をよそに、芹沢さんが「そ」と続ける。
「梨央は優陽くんのこと好印象っぽかったし、拓人とも仲良くなったんでしょ? ならちょうどいいかなーって」
「い、いやいやいや! 俺なんかがトップカーストのメンバーに混じっていいわけないじゃん! 絶対悪目立ちするよ!」
ただでさえ一緒に班になりたいという人はいっぱいいるだろう。
そんな中、俺如き陰キャがその枠に入ってしまえば、確実に良くない注目を浴びてしまうのは間違いない。
「でも、優陽くん。このままだと結局目立つことになるのは変わらないよ?」
「え?」
首を捻ると、芹沢さんは再度こほん、と咳払いをしてまるで教師のような口調に変え、
「——どこか鳴宮くんを入れてくれる班は」
「ぐわぁぁぁぁぁぁああああっ!?」
突如抉られたトラウマに俺は胸を抑える。
「ね? 結局目立つでしょ?」
「く……! 小学校と中学校の遠出イベントごとにそうなって、ものすごくいたたまれない空気になった記憶がッ!」
しかも班に入れてもらっても邪魔者みたいな目で見られた思い出まで鮮明に蘇ってきた。普通に死にたい。
「ご、ごめん。まさかそこまで効くとは思わなくて……」
「い、いいんだ。ただ、それはぼっちには効き過ぎるから今後一切使わないでもらえると助かるかな……」
強く言い切ると、なんだかもの凄く悲しい目をされた。
なんでトラウマを呼び起こされた俺の方が申し訳なくなってるんだろう……。
「と、とにかく! 皆の前で晒し者にされて目立つか、私たちと一緒になって目立つか! 優陽くんに選べるのはこの2択しかないんだよ! さあ、選んで!」
「悪魔の2択!」
ただ悲しいことに、本当にこの2つ以外に、俺に選べる選択肢はない。
コミュニケーションが難しい見知らぬ人たちの班に入り、いたたまれない空気になるか。
まだ多少はコミュニケーションが取れるであろう芹沢さんたちの班に入り、周りから嫌な注目を集めるか。
……。
…………。
………………。
このあと、俺がどっちを選んだかなんて、言うまでもないことだろう。
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