第15話 陰キャと陽キャ美少女のネタバレ
「——ふうん、そういうこと」
目の前に座る和泉さんが相槌を打ちながらストローで軽く飲み物をかき混ぜると、からん、と氷が鳴る涼しげな音が響く。
「いやー、ごめんね? オタクだってこと隠してて」
自分が実はオタクで、今日は好きな作品の映画を観に行っていたと説明し終え、あっけらかんと謝罪の言葉を口にする芹沢さん。
そこには、オタバレに対する気まずさみたいなものは微塵も感じられない。
この人本当に自然にバレる分にはいいと思ってたんだなぁ。
「別にいいよ。人に言いづらいことなんて誰にだってあるし」
「ありがとー! 梨央のそういう話が分かるところ好きー!」
「はいはい、ありがとう。私も私のこういうところ結構好き」
えへー、と愛嬌たっぷりに笑う芹沢さんに対し、どこまでも澄ましたクールな微笑みの和泉さん。
陽キャって自分のことを自画自賛しないといけない性質でもあるのかな?
「……空がオタクだったってことは分かったけどさ」
それまで黙って話を聞いていた藤城君が口を開き、言葉を区切るようにグラスに入っていたコーラをぐいっと一気に飲み干す。
「結局この謎の人物のことはなに1つ分かってないんだけど?」
なぜだかどこか面白くなさそうな顔がこっちに向けられた。
「まあ、正直私も空がオタクなことよりも空が謎の男の子と一緒に休日を過ごしてたってことの方が驚いたし、そっちの方が聞きたかったけど」
さすがにいきなりぶっこむのはね、と和泉さんが肩を竦める。
そして、和泉さんと藤城君の視線が俺に向けられた。
トップカースト層の2人から見つめられるというこの状況は陰キャぼっちの俺にはどうにも居心地が悪過ぎる。
う、とたじろぎながら目を泳がせていると、隣から「んー」という声が聞こえてきた。
「ねえ、ほんとに言わないとダメ?」
「……え?」
その言葉に思わず声を漏らし、隣を見る。
目の前に座る2人もきょとんとした顔で俺から芹沢さんに視線を移していた。
俺たちの視線を集める中、芹沢さんはこっちを一瞥して、口を開く。
「2人とも、この人がどこの誰かは分からなくても、どこのまでは分かってるでしょ?」
「……まあ、そりゃあな」
「うん。私たちのことを知ってたし、同じ学校の人、でしょ」
「でも、彼のことを学校で見たことないよね? この人、容姿は結構カッコいいし、学校にいたら多少は話が耳に入ってきてないとおかしいのに。なんでか分かる?」
問われた和泉さんと藤城君が顔を見合わせる。
というか、びっくりするから急にカッコいいとか言わないでほしい。
「……学校とは違う格好をしてるから、でしょ?」
「正解。じゃあ、どうしてそうしてると思う?」
本来なら変装すると言っていたあなたが自分の可愛い顔を隠すのが世界にとっての損失だとのたまったからです。
とはさすがに空気を読んで言わなかった。
「……普通に考えたら自分だってことがバレたくないからだよな」
「ぴんぽーん。彼、普段は目立つのが苦手なタイプなの。だから、私と一緒にいるのを同じ学校の人に見られたら角が立つからって変装してるんだ」
確かにそれは気にしてたけど、俺のこの格好は予定外なんです。
とは、やっぱりこの状況じゃさすがに口に出せなかった。
「だから、私はこの人が自分のことを言いたくないって言う限り、言わない」
柔らかな口調だけど、そこには確固たる意志みたいなものがあるように聞こえた。
「……そ、空の言いたいことも分かるんだけどさ、今まで男と2人で出かけたりしてなかった奴が男と一緒にいて、しかもそいつが同じ学校の誰かなんて友達としてさすがに気になるっつーか……」
「やましいことはなにもないよ。この人は私にとって、今のところ唯一の趣味友達。他の人が知らない私の趣味を知ってた友達と一緒に好きな作品の映画を観に行くのってそんなにおかしいこと?」
「……特におかしくないね。無理に聞こうとしてるのはこっちだし」
和泉さんが小さく苦笑すると、まだ納得していなさそうだったけど、藤城君も軽く鼻を鳴らし、口を噤む。
それきり、会話が止まってしまう。
対人経験に乏しい俺でも分かる、微妙な空気だ。
そして、この空気を作り出した最たる要因は俺だってことも、分かる。
俺はそっと息を吐き出した。
「——芹沢さん。いいよ」
「……優陽くん? え、でも」
「確かに俺がこの人たちに絶対説明しないといけないってことはないけどさ」
そう。別に言わなくてもいい。
けれど、それでも俺が言おうと思ったのは、
「俺が言わなかったことで芹沢さんたちの仲が微妙なことになるのは嫌だなぁって」
3人がわずかに目を見開く。
もちろん、こんなことで仲に亀裂が入って、取り返しのつかないことになるなんてことはないのかもしれない。
でも、俺は今までグループというものに所属したこともないので、どんなことがきっかけで関係が悪化するかなんて測れないのだ。
「……もう1度聞くけどほんとにいいの?」
「陰キャでも、俺も男! 男に二言はない!」
「男らしっ!? ほんとになんなのその土壇場での男気!?」
男気かどうかは分からないけど。
俺が憧れてて、勇気をもらってるアニメやラノベの主人公ならきっとこうするはずだから。
呆気に取られていた和泉さんと藤城君の方を向き直り、芹沢さんが場を仕切り直すように咳払いをした。
「梨央、拓人。本人からのおーけーが出たから、改めて紹介するね。こちら、同じクラスの鳴宮優陽くん。私の趣味友達です」
「ど、どうも……」
紹介に合わせて、ぺこりと会釈。
まあ、紹介されても覚えられてるかどうかなんだけど……覚えられてなくても仕方ないよね。
そう思いつつ、顔を上げると、
「鳴宮って……え? マジで?」
驚いている2人と目が合った。
この反応……まさか、俺のことを認知してる……?
「そーだよ。学校では陰キャで友達がいなくていつもぼっちで本読んだりご飯食べたりしてるあの鳴宮優陽くんだよ」
「自覚はあるけど言い過ぎでは?」
この人俺の味方なの? それとも敵なの? 境界線の上で反復横跳びするのはやめてほしい。
「しつこいようで悪いんだけど、鳴宮でいいんだよね? うちのクラスの」
「う、うん。えっと、信じられないなら学生証でも見せようか?」
「……いや、いいよ。この状況でわざわざ鳴宮の名前出して嘘をつく意味もないし。ただ、あまりにも普段と違い過ぎるから、ちょっと信じがたくて」
和泉さんが困ったような笑みを浮かべる。
こうして間近で和泉さんの顔を見るのは初めてだったけど、なるほど。こういった表情1つとってももの凄く美人だ。
ぺしん。
「……芹沢さん。なんで今俺の肩を叩いたのか教えてもらっても?」
軽い衝撃に横を向いて犯人を見れば、なぜかむっとしてこっちを見上げる芹沢さん。
「なに見惚れてるのさ」
「別に見惚れてないって」
「いーや、見惚れてた。鼻の下伸ばしてた」
「伸ばしてないから。一体なにが気に食わなくてそんな噛み付いてくるの?」
「隣に私というもっと可愛い存在がいるんだから、梨央じゃなくて私に見惚れるべきだよ」
「なにそれどういういちゃもんの付け方!?」
どうやら自分を差し置いて別の可愛い女の子に見惚れてた(覚えはない)のが気に食わなかったらしい。
難癖の付け方がエキセントリック過ぎる。
と、そんなやり取りをしていると、和泉さんがくつくつと肩を揺らして笑う。
その反応につい和泉さんをまじまじと見つめると、おかしそうに「ごめんごめん」と口を開く。
「仲いいんだな、って思って」
「……仲が悪いなら一緒に行動してないよねって話じゃん」
からかうような口調に芹沢さんが少し唇を突き出してふいとそっぽを向いた。
まあ、仲良いのかって聞かれて悪いって答えるのは微妙だしいいって答えるのは恥ずかしいよね。分かる。聞かれたことないけど。
「なに? 私いつも男子に対してこんな感じじゃん」
「いや、あんたいつも誰にでも距離近いように見えて一線引いてるし。空がここまで心を許すのって珍しいでしょ」
「べ、別に普通だってば」
「いやいや今まで異性と2人きりで出かけたことない空が一緒に出かけてるのがなによりもの証拠だから」
芹沢さんが黙り込むと様子を眺めていた俺と目が合った。
そして頬にわずかに朱をさしてから目を逸らされる。
そ、そっか。俺信用されてるのか。
嬉しいけど、なんだか俺まで気恥ずかしさが込み上げてきた。
と、とりあえず空気を変えないと……そうだ。
「え、えっと、俺の方からもちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん? なに?」
「どうして俺のことを知ってるんですか?」
ずっと気になっていたことを聞くと、和泉さんが一瞬きょとんとして、ぷはっと吹き出した。
「なにその変な質問!」
「だって、俺って目立たないのにまさかトップカースト層に名前と顔を覚えられてると思わなくて」
「クラスメイトの顔と名前くらいちゃんと覚えるよ」
「あと、優陽くんって自分が目立ってないって思ってるみたいだけど、実は結構目立ってるんだよ?」
「……え? なにそれ、どういうこと?」
目立ってるって、そんなに目立つことをした覚えがないんだけど。
「優陽くんっていつも1人じゃん。休憩時間とか皆グループで集まったりしてるのに、その中で1人でいたら逆に目立つんだよ」
「なん……だって……!?」
「あと、鳴宮ってご飯食べる時も教室で1人だし。それも結構目立つよね。まあ、気にしてない人も多いだろうけど」
「今すぐグループに所属してぼっち脱却しないと……! 目立つのは嫌だ……!」
まさか1人でいることが逆に見られる要因になっていたなんて……!
「優陽くん落ち着いて。というかそれが簡単に出来なかったからぼっちでいることになっているのでは?」
「……ありがとう。超落ち着いた」
確かにそれが出来てたら苦労しないよねって一瞬で冷静になれた。
落ち着きはしたものの、どこか虚しい気分になっていると、和泉さんが堪え切れないというように、再度吹き出して、お腹を抱える。
「くっふ……! あははは! な、鳴宮って話してみると結構面白いね! 学校でもその感じでいればいいのに!」
「でしょー? この通り実は見た目も悪くないしコミュニケーションが取れないわけじゃないし、もっと自信持てって言ってるんだけどねー」
「そう言われても……」
褒められるのは嬉しいけれど、やっぱり俺にはそれをすぐに自信に変えることが出来ない。
どうしたって、喜びよりも自分への否定が勝ってしまうのだ。
複数人いる中で話題の中心が自分で、しかも賞賛されているという状況に慣れておらず、視線を彷徨わせていると、いつの間にか静かになっていて、どこか憮然とした顔の藤城君と目が合った。
でも、藤城君はバツの悪そうな顔をして、俺から視線を逸らす。
怪訝には思ったけれど、わざわざ声に出して聞くほどのことでもない気がする。
そもそも俺は自分から会話を切り出すのが苦手マン。今日の分のMPはさっきの和泉さんへの質問で使い果たしている。
なんで自分が苦手なことをしたら時間を取らないと動けなくなるんだろうね? ターン経過で使ったスキルがまた使えるようになる系のゲームじゃないのに。
クールタイム、というわけではないけれど、ちょうど飲み物がなくなったので、ドリンクバーに行く為に立ち上がる。
「えーっと……なににしようかな」
「——鳴宮」
「っ!?」
後ろから急に声をかけられたせいで、肩がビクンと跳ね、声なき声を上げてしまう。
慌てて振り返ると、そこにはグラスを片手に持った藤城くんが立っていた。
「あ、わ、悪い。驚かせるつもりはなかった」
「だ、大丈夫。あ、ドリンクバー? 俺まだなににするか決まってないから、藤城君先でいいよ」
「あ、ああ。ってそうじゃなくて、お前に聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
なんだろう?
首を傾げる俺をよそに、藤城君がドリンクバーにグラスを置き、「あー」と気まずそうに頭をガシガシとかく。
依然としてどこかつまらなそうな表情を浮かべたまま、藤城君がぼそりと呟いた。
「……お前さ。本当に空とはただの友達なんだよな?」
「え?」
なんでそんなことを聞くんだろう。
質問の意図が掴みかねて、ぱちりと瞬きをすると、
「……や。やっぱ今のなし。なんでもねえ、忘れてくれ」
バツの悪そうな顔をした藤城君は、「……クソ。ダセェな、オレ」と呟きを漏らし、ドリンクを入れてぽかんと立ち尽くしたままの俺を置いて席に戻っていった。
結局なんだったんだろう。
疑問を抱えたまま、自分の分のドリンクを注ぎ、席に戻る。
俺が席に戻ると、藤城君の様子は少なくとも、さっきまでのなにかを感じさせるものではなくて、普段通りのグループ内で楽しそうに談笑している姿だった。
それは、食事を終えてこの場が解散する最後の最後まで変わらなかった。
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