第16話 陽キャイケメンは目撃され、陰キャは核心を突く
ファミレスでの出来事から、時間は流れ翌日のこと。
俺は1人で、またアニエイトへと向かっていた。
理由は昨日は思ったよりもグッズを買ってしまったことによる財布事情的に買うのを諦めたラノベを買う為。
ラノベを買うだけなら書店でよかったかもしれないけど、オタクとしての性なのか、ほぼ無意識の内にエイトに行こうと思ってしまったのだ。
ただ、エイトに行くのはいいけど、少し急がないといけない事情もある。
「あまり待たせるわけにもいかないからね」
心の声がつい口から漏れた。
実は、今日は部屋に芹沢さんが遊びに来ていたりする。
本来ならその予定はなかったんだけど、どうやら芹沢さんの友達と遊ぶという予定が流れたらしく、急に暇になってしまったらしい。
そこで、昨日のハプニングのせいで語り欲が不完全燃焼(帰ってから数時間電話したはずなのに)だったので急遽俺の部屋に遊びに来たいという話になったのだ。
部屋に1人置いていくのはさすがにちょっとあれかなと、買いに行くのをやめようとしたんだけど、
『押しかけてるのは私だし、気にせずに行ってきてほしい。そして読み終わったら読ませてほしい』
とのことなので、なるべく早く帰ることを念頭に置きながら、こうしてエイトへと向かっているということだ。
それなら一緒に行けばいいのではないかと誘いはしてみたけれど、今日は部屋でゆっくりとラノベを読んでいたいらしい。
ついでに言えば、
『また変装をしてもらうのはさすがにね。一緒に出かけるって提案をしてくれるようになったのは嬉しいけど、少し時間を空けないとMP回復してないでしょ』
とのこと。
よくお分かりで。
そういえば、一緒に出かけるのを躊躇ってたはずなのにさっき誘った時はなんであんなに簡単に出来たんだろう?
1回誘ったことでハードルが下がったのかな。
まあそうだとしても変装は必須なわけで、髪のセットも教えてもらったばかりで、自分では全然上手く出来ないだろうし、まだまだ気軽に一緒に遊びに行けるわけじゃないけどね。
そうして色々と考えている内に、俺はエイトへと辿り着いた。
昨日既に一通り見て回っているので、寄り道することなく真っ直ぐにラノベコーナーに足を運んだところで、
「……ん?」
俺の足はピタリと止まる。
欲しいラノベがあるレーベル前の棚に先客がいたのだ。
いや、店なんだから先客がいるのは当たり前なんだけど、なんと言うか、その人物は俺にとっては予想外な人だったわけで。
(藤城君だよね……? なんでここに?)
見間違えかと思ったけれど、そこまで見知っているわけでも、見慣れているわけでもない端整な横顔は間違いなく、藤城拓人君その人だ。
(もしかして、藤城君も芹沢さんと同じで隠れオタクだったとか?)
一瞬、その可能性もよぎったけれど、俺はすぐにどうやらそうじゃなさそうだと思い直す。
なにを買うか吟味してるにしては、端整な横顔から見える表情が気難しげ過ぎる。
眉間にしわを寄せ、ラノベをジッと見つめていた藤城君は、おもむろにスマホを取り出し、画面と目の前の棚を何度も見比べる。
(もしかしてなにかを探してるのかな? だったら力になれるかも)
声をかけるのは苦手だけど、俺が用事があるのはここだし、さすがに見て見ぬ振りは出来ない。
俺が藤城君に近づくのと彼が「……よし」と自らを鼓舞するように呟き、意を決したように棚に向かって手を伸ばすのはほぼ同時だった。
「あ、あの、藤城く——」
「どぅわぁっ!?」
声をかけたこっちが驚いてしまうくらい、ビクンッと藤城君が飛び上がる。
そして心臓付近を抑えながら、グルンッとこっちを振り返った。
「な、おまっ、鳴宮!?」
「う、うん。鳴宮です。あの、なんかごめんね? 驚かせちゃって」
図らずとも昨日の仕返しみたいになってしまった。
「な、なんでお前がここに……」
「えーっと、この状況からして、それは多分俺のセリフじゃないかな……?」
ここはどちらかと言えば、俺のホームで藤城君にとってはアウェーな場所なのだから。
聞き返すと、藤城君はバツの悪そうな顔をして、目を逸らす。
「なにか探してるみたいだったけど、俺でよかったら手伝うよ?」
「……や、それは見つかったんだけど」
「へーどれどれ?」
尋ねると、返ってきたのはもの凄く歯にものが挟まったような顔だった。
そんなに言いたくないことなのかな? ……あ。
「もしかしてエッチなやつ!?」
「違えよ!? 誤解を招くこと大声で言うな! これだよ!」
藤城君が叫びながら、1冊手に取って差し出してくる。
こ、これは……!
「3等分の許嫁じゃん! 興味あるの!? それなら間違いなく神作品だからぜひ読んでみてよ! アニメも2期までやって昨日から映画もやってるから! 興味があるならまずは映像から入ってもいいし——」
「ちょっ、ちょっちょっ! 待て待て待て! 早い早い!」
「あ、ご、ごめん。つい」
いけない。作品を布教する時のオタクになってしまった。
せっかく興味を持ってくれてるのにマシンガントークで引かれたら敬遠されてしまうかもしれない。気を付けないと。
自分を戒めていると、藤城君がそっと切なそうにため息を零し、「……お前とこういう話してる時の空もそんな顔すんのかな」と小さく呟く。
「え? 芹沢さん?」
なんでこのタイミングで芹沢さんの名前が出てくるんだろう。
首を傾げると、藤城君がぎょっと目を剥いた。
「な、なんで今のが聞こえてんだよ!? 完全にオレにしか聞こえない声量だったぞ!?」
「俺、普段から相手に失礼のないように会話を聞き漏らさないよう気を付けてるから」
聞き返すのもなんか失礼な気もするし。
「そ、そうなのか。さすがにその精度はドン引きレベルだけどいい心掛けだな」
「まあ、話しかけられる瞬間の方が圧倒的に少ないから今のところまったく活かせてないんだけどね」
「急に悲しくなること言うなよ……」
げんなりさせてしまった。
それはそれとして、だ。
「で、どうしてここで芹沢さんの名前が出てくるの?」
「お、お前には関係のないことだよ。気にするな」
「ふうん? そうなんだ? でも、この状況って——」
俺に関係のないことなのに、俺のオタク式早口語りを目の当たりにして、芹沢さんの名前が出てくるのかな?
そういえば、昨日も芹沢さんとただの友達かって聞かれたけど、それと関係してたりする?
そして、彼がここにいる理由だって、まだ分かっていない。
今までアニメとかに興味がなかった人が、劇場版をやっているからって急に気になって、入ったこともないアニメショップにラノベを買いに来たりするだろうか。
それに、藤城君はやたらと芹沢さんのことを気にしてる気がする。
この状況を繋ぎ合わせた上で俺なりの答えを出すなら、まるで——
「実は藤城君が芹沢さんのことが好きで、その好きな相手に急に同じ趣味を持った男の友達が現れたから焦って、ひとまず話を合わせる為に芹沢さんが好きだって言ってた作品を読んでみることにしたように見えるよね。ってそんなわけないだろうけど」
ラブコメ作品じゃあるまいし。
あはは、と笑っていると藤城君が肩をわなわなと震わせ始める。
その震えはどんどん大きくなっていて、
「なんっでそこまで正確に言い当てんだよお前はぁあぁぁぁああああッ!?」
やがて、藤城君の叫び声が店の中に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます