第14話 エンドロールのそのあとで
エンドロールが流れ終わる。
明るさと喧騒に満ちていく劇場内。
そして、
「「——神……!」」
椅子に座ったまま嗚咽を漏らす2人の限界化オタク。
「うう……原作を何度も読み返してその度に泣いたシーンをこんなに最高のクオリティの映画として観れるなんて……尊過ぎるよ……ぐすっ、生きててよかったぁ……!」
「分かりみが深い……! 文章と挿絵だけでも鳥肌ものだったあのシーンにまさかあんな神がかった挿入歌が入るなんて思ってもなかったよね……! そこに至るまでの展開で涙腺緩んでたけど、もうあそこで一気に持ってかれたよ!」
「それ! あそこにいくまで凄く静かな感じで進んでいって、一瞬無音になってからのあの挿入歌! 制作スタッフ分かってるって感じだよね!」
「ね! あとさ、あそこの——」
「分かる! あのシーンもさ——」
「——!」
「——!」
留まるどころか、俺たちの感想会は口を開くごとに勢いを増していく。
喋れば喋るほど記憶が鮮明に甦り、興奮が衝動に変わり、歯止めが効かない状態になってしまっていた。
そのせいで、
「……あ」
思ったよりも芹沢んの顔が近くにあることに気が付かなかった。
ようやくそのことに気付き、声を漏らすと、芹沢さんは一瞬不思議そうに首を傾げ、
「……あ」
遅れて気が付いたらしく、ぽかんと口を開けた。
それから、一拍置き、2人して佇まいを直すように距離を開ける。
すると、顔を少しだけ赤くした芹沢さんは目を泳がせると、両手の人差し指を頬に当て、「えへっ」と笑う。
「ガ、ガチ恋距離ー! ……な、なんちゃってー……」
「……ごめん。照れ隠しの勢いで言ったのは分かるど、普通に反応に困るやつだよ、それ」
「……自分でも分かってるから言わないで」
気恥ずかしさを紛らわせるようにとっくに空になっているドリンクのストローを咥えて啜ると、溶けた氷の水がズズズッと音を鳴らす。
「というか、芹沢さんって異性からの距離が近めなことに意外と弱いよね。自分の距離だって近めなのに」
「し、しょうがないじゃんか。自分からやるのと相手からやられるのじゃ全然違うし……自分からやる時は一定のラインは見極めてるから、そもそもこんなに近くなることないし……」
恥ずかしそうに目を逸らされ、気恥ずかしさが再燃してきて、俺も釣られるようにして「そ、そうですか」と目を逸らした。
完全に藪蛇だ、これ。
気まずさから俺も芹沢さんも声を発さないでいると、
「——あ、あのぉ、お客様……?」
突然沈黙は破られた。
かけられた声に2人してそっちを向けば、そこには苦笑しながらこっちの様子をうかがう映画館のスタッフが。
それからゆっくりと周囲を見回すと、既に劇場内には誰もいなかった。
「「……誠に申し訳ございませんでした」」
瞬時に置かれた状況を察した俺たちは深々と頭を下げ、早急に劇場内から出ていくのだった。
「いやー、やらかしたねぇ」
「あはは、そうだね」
話に夢中になってたとはいえ、まさか他の客がいなくなるまで話し込んでしまうとは。
まあそれだけ作品が神だったってことなんだけど。
オタクにとって好きな作品が映像、しかも劇場で観られるというのはこの上なく幸せことと言っても過言ではないはずだ。
原作で読んだ感動的なシーンが声付きで動くだけでオタクにとっては感動ものなのに、加えて出来がとてつもなくよかったときたら、それはもう言葉を失い、感涙しつつ、余韻に浸ってしまうのは当然の流れだろう。
「うー……! けどまだまだ全然語り足りないよー!」
「じゃあ、どこか飲食店にでも入って話す? ちょうどお昼時だし」
朝は食べて来たけど、とっくに消化されているし、ポップコーンを食べたとはいえ一応男子高校生なのであれだけでお腹いっぱいにはならない。
「それもいいけどさ。優陽くんの部屋行ってもいい?」
「え? 俺の部屋?」
「そう。ダメ?」
「ダメじゃないけど、なんで?」
「……多分だけど、話に夢中になって何時間も居座ることになるからね」
「……あー」
さっきの今だからこそ、その可能性はまったく否定出来ない。
俺の頭にファミレスかどこかに入って、話に夢中になり過ぎて食事を終えても長時間その場に留まり、段々と声が大きくなって、店員から注意されている図が浮かんできた。
確かに周りと時間を気にすることなく話すなら、俺の部屋が1番いいか。
「分かった。なら、ピザでも買おうか。今から作るとちょっと遅くなり過ぎると思うし」
「さんせー! あ、お菓子とかジュースのストックってあったっけ?」
「減ったら俺が買い足してるから大丈夫」
「さっすが、抜かりなしだね」
しれっと部屋の飲食物のストックの有無を気にするくらいには、芹沢さんは頻繁に部屋に遊びに来ている。
だから俺も、すっかり部屋の飲食物のストックを確認する習慣が付いてしまっていた。
「あ、でもその前にさ。ちょっとエイト行かない?」
「うん、いいよ。実は俺も行きたいと思ってたから」
ラノベの新刊を買うつもりだったし、ちょうどいい。
話もまとまり、俺たちはショッピングモールを出て、アニメショップ、アニエイトへと向かう。
そこまででもない距離を歩くと、全体的に青い見慣れた店が見えてきた。
いつもより人が多い気がするのは、多分気のせいじゃない。
きっと俺たちと同じく、映画を観てテンションが上がった人たちがそのテンションに流されるままにここに足を運んでいるのだろう。
それが簡単に出来るくらい、ここのアニエイトはショッピングモールと距離が近いし。
店内に入ると、芹沢さんが「あー」とどこか気の抜けた声を上げた。
「私ここに来るとなぜか凄い落ち着くんだよね」
「分かる。なんか自分の中のオタクが安心してる感じ」
今日は学校のアイドル的存在美少女と一緒に出かけているせいなのか、特に非日常から日常に帰ってきたような気さえする。
と、安堵感を覚えつつ店内を散策していると、
「——おい見ろよあれ。あの子超可愛くね?」
「——うわ、マジだ。ここにいるってことはあの子アニメとか好きってことだろ? ……俺、頑張って声かけてみようかな……」
「——バカ、やめとけって。相手にされるわけないだろ。というか、隣にいるの彼氏だろ」
「——だよなぁ……。美男美女カップルでエイトデートとか……爆ぜ散れ」
こっちを見ている2人組がそんなことを話しているのが聞こえてきた。
実はここに来るまでにも、周りから結構注目されてたし、やっぱり芹沢さんクラスに可愛くなると、自然と周りの目を惹いちゃうらしい。
「いやー2次元美少女がこんなに並んでる中、なおも注目を集めてしまうレベルの美少女で申し訳ない」
うわー絶妙に調子に乗ってるー。
「はいはい。そうだね」
「む。なんか反応が雑。それになんでそんなに他人事なのさ。優陽くんだって美男って言われたんだからもっと胸を張りなよ」
「え? それって微妙の微で微男でしょ? どこに喜ぶ要素が?」
「なにその超絶誤変換……。あのね、今自分がどんな格好してるか忘れてない?」
あ、そっか。今の俺の外見って店長の手で魔改造されてるんだっけ。
映画が良過ぎてすっかり忘れてた。
「ごめん、つい日頃からの習慣で自分が褒められてるなんて思いもしなくて。まあ変装のことを覚えたとしても、自分が見られて褒められてるなんて思わなかっただろうけど」
「もーっ、妙なところで男らしいと思えばやっぱり卑屈なんだからさー」
「外見を変えたところで中身がすぐに変わるものじゃないよ。それに、店長の腕がいいから良く見えてるだけってこともあるんじゃない?」
「確かに店長の腕はいいけど、顔付きまではいじってないんだから。それが本来の君なんだってば」
「顔を取り替えられた説と店長の超絶特殊メイク説はまだ俺の中で生きてるから」
「そのファンタジー染みた仮説まだ生きてたんだ……」
頑なだなぁ、と呆れる芹沢さん。
まあ、俺もこれは無理があると薄々思い始めてるところなんだけど。
でも自分の顔が実は整ってましたと言われ、それをすぐに事実として受け止めて、自信に変えて身にまとうことの方が難しくない?
「とりあえず俺のことは置いといて、エイトを楽しもうよ」
「自信付けさせる手伝いを申し出た手前、素直に引き下がりにくいけど……そだね」
このまま言い続けても平行線にしかならないと判断したのか、芹沢さんが小さく頷いた。
納得していなさそうな顔だけど、こればかりはこの場ですぐにどうこう出来る問題じゃない。
俺は話を切り替える為に、近くにあったグッズ売り場に目を向ける。
「あ、見てよこれ! 3等分の許嫁の劇場版ラバーストラップ!」
「え!? ほんとだ!」
好きな作品の新作グッズを見たことでテンションが元に戻った俺たちは店内を周り始め、ラバーストラップを筆頭に、次々と目ぼしい商品をカゴの中に積み上げていく。
「このラノベ気になってたんだよ。この作者が書いた前作面白かったし」
「へー、そうなんだ。わ、このイラストレーターって最近人気の人だ! 表紙のヒロイン可愛い! あとエロい!」
女の子がこんな人前でエロいとか叫ぶもんじゃない。
ただ同じ感想を抱いてしまったせいで注意するにすることが出来ず、結果として喉まで迫り上がってきていた言葉を飲み下し、「そうだね」と返すだけに留めておいた。
それから何冊か気になっていたものや購入予定はなかったけど面白そうだと思ったものをグッズの山と化しているカゴに入れ、レジへ向かい、会計を済ませ、店の外に出る。
「いやー買った買ったー、大満足」
「なら部屋に来るのやめとく? 俺も買ったラノベ早く読みたいからそれでもいいけど」
「それとこれとは話が別! 物欲は満たされたけど食欲と語りたい欲はまったく満たされてないんだから!」
まあ、だよね。聞いておいてなんだけど、部屋に来ないとは微塵も思ってなかったし。
ピーザ、ピーザと楽しそうにご機嫌で口ずさむ芹沢さんについ笑ってしまう。
「じゃ、あらかじめスマホで家の近くの店に注文しておこうか。ここからなら多分店に着く頃に受け取れると思うよ」
「……時折思うんだけど、優陽くんってなんでそんなスマートな提案が出来るのにぼっちやってるの?」
「好きでやってるみたいな言い方はやめようね。言ったでしょ。自分から声をかけるのが苦手なんだって」
この提案がスマートかどうかは自分ではよく分からないけど、気遣いという面では陰キャだって実はそれなりに長けていたりすると思う。
世間では人間関係を円滑に回す陽キャが気遣いのスキルが高いと思われがちかもしれないけれど、人とコミュニケーションを取らない分、観察して相手に気を遣わせないように動くのはむしろ陰キャが得意とするところなはず。
だから、誰にも見られていない部分で常に誰かに気を遣って動いているせいでその気遣いが気付かれてないことが多いだけだ。……多分。
まあ、変に目立ったりするのも苦手だし、気を遣ったことに気付かれなくても俺は別に気にしない。
「そんなことよりどれにする?」
「お肉がたくさん乗ってるやつッ!」
「女子力と可愛さをかなぐり捨てた回答」
背後にドンッ! という効果音が見える。
まるで未来の海賊王だ。
「ピザにそんなもの求める方が間違ってるよ」
「それはごもっともだけど。まさか普段から自らの可愛さを主張しまくってる人からそんな正論が飛んでくるとはね」
今更、俺相手にそこまで可愛さを主張しても仕方ないのかもしれないけど、果たして本当にそれでいいんだろうか。
そんなことを思いつつも、口にせず、そのまま2人でスマホでメニューを眺めていると、
「——空……?」
聞こえてきた第三者の声に、俺は反射的に顔を上げ、驚き、固まってしまった。
そこに立っていたのは、俺のクラスメイトであり、そして、芹沢さんの友達でもある……。
「り、梨央に拓人!?」
和泉梨央さんと藤城拓人君だった。
2人とも、こっちを見ながら、俺と同じようにぽかんと口を開けて固まっている。
改めて、俺と芹沢さんの状況を確認しておこう。
まず、背後にはアニメショップがあり、手元にはそのアニメショップのロゴが入った青い袋。
そして、肩を寄せ合いながら、1つのスマホを覗き込んでいる俺と芹沢さん。
よりにもよってバレたらマズいもののオンパレードがここに揃っているわけだ。
……うん。どう考えても詰んでるよね!?
心の中では冷静にいようと思ったけど、状況を整理していく度に逆効果なポイントしか浮かんでこなかった。
誰も言葉を発せないこの状況の中、俺は冷や汗をかきながら、ちらりと芹沢さんの様子をうかがう。
すると、ちょうどこっちを見上げてきていた芹沢さんと目が合った。
(ど、どうしよう!?)
目で訴えかけると、芹沢さんは俺の視線から意図を感じ取ってくれたのか、微笑む。
(そうか! この状況を打破出来る策があるんだね!)
芹沢さんの表情からそう読み取った俺は、彼女を信じて託すことを決め、こくりと頷き返す。
一瞬のアイコンタクトを交わし終えると、芹沢さんがにぱっと可愛らしい笑みを浮かべる。
「えー! こんな所で奇遇だね! もしかして2人で遊んでたの?」
明らかにこの場にそぐわない、明るい声音。
……なんだろう。もの凄く嫌な予感がする。
まさかとは思うけど、この人、テンションでゴリ押して誤魔化すつもりなんじゃないだろうか。
……いやいや、まさか。いくらなんでもさすがにそれは——。
「い、いや、たまたま会ったから今から飯でもって話になって……ってそんなことよりそっちは——」
「そっかー美味しい所あったら今度教えてねじゃあ私たちはこれで!」
もの凄い早口!
ダメだ、この人間違いなくテンションだけで誤魔化そうとしてる!
内心で頭を抱えた俺をよそに、背中をグイグイ押してくる。
「空? もしかしてそんなので私たちが誤魔化されると思ってる?」
「……やっぱダメ? 見逃してくれない?」
「ダメ。さすがに見逃せるレベルじゃないよ、今のは」
「……私の可愛さに免じてと言っても?」
「ダメ」
「……そっかーダメかー」
「むしろなんで今のでいけると思ったんだよ……」
ゴリ押しは諦めたらしく、芹沢さんの手の感触が背中から消え、「優陽くん」と声が聞こえてきた。
呼ばれた声に振り返ると、芹沢さんはえへっと笑い、ウィンクを飛ばしてくる。
「無理だった、ごめんっ☆」
「そりゃそうだろうねぇ!?」
今のでやり過ごせてたら相手の知能を疑わないといけなくなるレベルだ。
「で、大人しく話を聞かせてもらえるってことでいいの?」
こてん、と小首を傾げる和泉さん。
(や、ヤバい……! どうにかしてこの場を切り抜けないと!)
俺は焦りに駆られるようにして、考えもまとまらないまま、口を開いた。
「こ、これは違うんだよ、和泉さん、藤城君! 俺たちは別に——」
「……どうして初対面のあなたが私たちの名前を知ってるの?」
「あ」
和泉さんの怪訝な表情に、俺は自らが墓穴を掘ったことを悟る。
「ねえ、優陽くん」
「……なに?」
「君ってばほんとに嘘がつけない人だよね」
「この状況でそれを言われるととても褒められてる気がしないよ、ありがとう」
というか君にだけは言われたくない。
こうして俺と芹沢さんは近くのファミレスに連行されることとなった。
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