第11話 陰キャ、特殊メイク(誇張)を施される
「着いたよ、まずはここ!」
行く先も分からないまま、芹沢さんに連れられて歩くこと10分程度。
俺たちはとある店の前で立ち止まった。
「ここは……?」
外観はおしゃれなのに派手過ぎず、人通りの少ないこの路地裏にひっそりと佇むように、雰囲気を壊しておらず、上手く調和しているような建物だ。
なんの店なのか外観だけでは判断がつかず、漠然と隠れ家みたいだなと思いながら、中を覗き込むと、
「……美容院?」
見えた内観をそのまま呟いた。
「そ。私がお世話になってるお店だよー」
俺の呟きにそう返した芹沢さんが、まるで自分の家に入るかのように臆することなく扉を開けて店の中に入っていく。
俺も恐る恐る芹沢さんに続き、店の中に入ると、俺の語彙ではなんかおしゃれでいい匂いとしか言えない匂いが漂っていた。
「おーい店長ー! 来たよー!」
芹沢さんがよく通る声で店の奥に呼びかけると、
「はーい♪」
そんな声と共に、1人の人物がこの場に姿を現した。
「いらっしゃい、空ちゃん」
「おはよー店長。開店前なのに無理言っちゃってごめんねー」
「いいのよ、そんなこと。あたしと空ちゃんの仲だもの」
「さっすが店長! 太っ腹ー!」
「……おい小娘。誰の腹が太いって?」
「そういう意味じゃないって分かってるよね!? 店長のそれ普通に怖いんだからやめてよ!」
「冗談よ♪」
などと親しそうな会話を芹沢さんと店長とやらがしている間、俺は言葉を失い、立ち尽くしていた。
そのまま呆然としていると、店長の視線がこっちに向けられる。
「で、この子が例の?」
「そう。鳴宮優陽くん。私の趣味友です!」
動けない俺をよそに、店長が「へえ」と視線を動かし上から下までまじまじと眺めてくる。
人に見られるのが慣れていないので、そわそわとしていると、店長が微笑んだ。
「緊張しちゃってるのかしら? 大丈夫よ、肩の力を抜いてちょうだい」
「い、いえ……あの……」
微笑まれ、ようやく硬直が解けてきたので、俺はまだ上手く動かない口を無理矢理開く。
「す、すみません。リアルのオカマの人に遭遇したのが衝撃的過ぎてどう反応したらいいか分からなくて……」
そう。オカマだ。
セリフだけ聞けば、まるでお姉さんのような話し方にしか聞こえない店長は、服の上からでも隆起しているのが分かるほどの鍛え上げられた肉体を持った、ゴリゴリの男だった。
こんなインパクトのある人がいきなり出てきたら誰だって言葉を失ってしまうだろう。
俺の動揺に満ちた声を聞いた店長が笑い声を上げる。
「正直な子は好きよ? けど、オカマじゃなくて出来ればオネエって言ってほしいかな」
「あ、す、すみません。つい」
「いいのよ。けど、なるほどねぇ。空ちゃんの言ってた通りの子ね」
「ね? 磨けば光りそうなタイプ。店長の好みストライクなタイプでしょ?」
「今のところはそうね。……ちょっと失礼」
「うぃっ!?」
いきなり店長が俺の身体をペタペタと触ってきたので、変な声が出てしまった。
「あら? あなた、いい身体してるわね」
「は、はい……! ど、どうも……!」
頼むから耳元で囁かないでほしい。
もしかして同人誌的に襲われるんじゃないかとさっきから不安に駆られて気が気がじゃないのだから。
思わぬ貞操の危機にお尻に力を込めていると、やがて店長が俺の傍から離れていく。
「あなたいいわね。合格よ」
「お、やったね、優陽くん! 合格だってさ!」
「は、はあ……」
合格って言われても、一体なんの合格なのかさっぱり分からないので喜べない。
「店長は自分の目で見て気に入った相手しかお客にしないんだよ」
「ポリシーってやつね。どうしようもないやつを客にしてもつまらないもの」
「な、なるほど……」
「あたしはね。自信に満ち溢れた人間より、あなたみたいに自分に自信を持てない子の背中を押してあげるのが好きなのよ」
道具などの準備をし始めた店長がこっちにウィンクを飛ばしてみせる。
どうやらこの人は自分の中に曲げられない信念があるらしい。
圧倒されはしたけど、素直にカッコいいと思えた。
それで生計が立っているのか心配になるけれど。
「……あれ? じゃあ、芹沢さんは店長の言う条件に当てはまってないような?」
常に自信満々だし。
首を捻ると、芹沢さんがむふんと胸を張った。
「私はそんな店長のポリシーを捻じ曲げるほど可愛いってことだね」
「そうね、空ちゃんは特別よ。一目見た時ビビッと来たの」
ゴリゴリマッチョのオネエと可愛らしい女子高生が「ねーっ」とはしゃいでいるところをどんな気持ちで見ればいいのか、俺には分からない。
ひとまず、死んだような目で「……ソウデスカ」と呟いておいた。
「さ、準備出来たわよ。ここに座って」
「は、はい」
「新規のお客様は久しぶりだから、腕が鳴るわ。あ、優陽くんって呼ばせてもらっていいかしら?」
鏡の前に座りつつ、頷くと店長が俺の後ろに立ち、諸々の散髪の準備を終え、鋏を手に持った。
「じゃあ、始めるわね? どんな風がいいとか、要望はある?」
「えっと……お任せします」
ヘアスタイルのことには明るくないので、そう言う他ない。
しかし、店長は笑顔で「承りました」と頷いた。
それからすぐに、店内には軽快な鋏の音が響き始めた。
「——こんなものね」
髪をチョキチョキされ、ついでに眉なんかも手を加えられること数十分。
店長が満足感を滲ませた声で呟き、作業の手を止めた。
「おおっ、いいじゃん優陽くん!」
芹沢さんの賛辞とついでにシャッター音が鳴り響く中、俺は鏡を見つめたまま、ぽかんと口を開けたままだった。
「どうかしら? あたし的には会心の出来なんだけど、優陽くん的に気になるところとかあったりする?」
「……えっと、じゃあ1つだけ」
「あら、なにかしら?」
鏡を見つめたまま、俺は口を開く。
「——最近の美容師って特殊メイクの技術も修めてるんですか?」
「一体なにをどうしたらそういう感想になるの?」
「いや、だって……」
数十分前に鏡の前にいたのは野暮ったい隠キャだったはずなのに、今目の前に映っているのは髪型をなんかおしゃれな感じにセットした爽やかな好青年だった。
仮にもしこれが俺だとするなら、特殊メイク以外になにがあるというのだろう。
「まず特殊メイクを疑うあたり、自分への自信のなさが筋金入りね」
「それが優陽くんなんですよ。自信のなさへのパラメーターが振り切ってるので、その方面だとものすごいこと言い出すんです」
「けど、特殊メイクなんて言って驚いてもらえるなんて、この仕事冥利に尽きるわねー♪」
ペタペタと顔を触る俺をよそに、2人が後ろで盛り上がっている。
え、これ本当に俺?
「いい? 優陽くん。信じられないかもしれないけど、これが本当のあなたなのよ」
「……瞬きの間に顔を取り替えられた可能性は」
「ないわよ!? どれだけ頑ななの!?」
「だから言ったじゃないですかー。こういう人なんですよーこの人」
芹沢さんが呆れたようにため息をつく。
それから、なぜかむんっと得意気な顔をする。
「でも、これで私の見る目の正しさが証明されたね! さすが私!」
「そうね。本人はまだ半信半疑みたいだけど」
「まあ、今までさっきの野暮ったいのが当たり前だったんだからこうなって当たり前なところはあるけどね」
「けど、呆けてる暇はないんじゃない? このあと映画に行くんでしょ? 時間はまだあるとはいえ、そろそろ、ね?」
「そうだね。……ほーら、優陽くん。いい加減現実を受け止めて、次に行くよー」
「へ? つ、次?」
今でもう手一杯なのに、次があるの?
「服! このお店の裏に古着屋があるんだよ」
「そ、そうなんだ」
手早く支払いを済ませ、店長にお礼を言いつつ、芹沢さんのあとを追う。
「けど、店長に気に入られてよかったよ。ないとは思ってたけど、もし断られたらどうしようかと」
「……なんというか、キャラが濃過ぎて夢に出そうだよ」
「分かる。私も最初そうだったから。街であのガタイのオネエに急に声をかけられたんだよ、私」
「……普通に通報案件だね。ぶっちゃけ、俺ずっと貞操の心配してた」
「あ、それは大丈夫。店長妻子持ちだし」
「っ!?」
衝撃的過ぎて足と思考が止まった。
芹沢さんはそんな俺の目先で、店に入っていく。
恐らく目的の古着屋とやらだろう。
慌てて俺も店内に足を踏み入れ、
「——いらっしゃい、優陽くん♪」
「ぶっ!?」
盛大に吹き出した。
なぜなら、なぜかその古着屋の中にいたのは、さっきから別れたはずのゴリゴリマッチョのオネエだったから。
「期待通りのいい反応ね」
「て、店長!? なんで!?」
「店長、あの美容院だけじゃなくて、この古着屋とか色々なお店やってるんだよ」
「そういうこと♪ 驚いた? 実は美容院の裏側からこっちの古着屋に通り抜けられるようになってるのよ」
「……それはもう、見ての通りですよ」
そんなこんなありながら、俺はオネエと友人に着せ替え人形にされ始めたのだった。
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