第9話 陰キャはゲームで巡り会う
あっという間に時間は経ち、今日からゴールデンウィークに突入することとなった。
今日は芹沢さんはなにやら友達との約束があるらしく、遊びには来ないと聞いている。
なので、いつも通りぼっちに戻った俺は時間を有効活用し、朝からもはや習慣付いたトレーニングなどの一通りを終わらせた。
ぼっちは時間だけはたくさんあるからね。
「……うーん。やっぱり休みのせいなのかこの時間でもレート高めのガチな人が多めだなぁ」
テレビの前に陣取り、某吹っ飛ばし系乱闘ゲームをプレイしながら中々勝ち越せない戦績にぼやく。
何度も対戦相手を変えつつ、次の対戦相手とのマッチングを待っていると、
「……お」
この人、俺と同じくらいのレートだ。
もしかしたらいい勝負が出来るかもしれない。
まあ、実は高レートプレイヤーのサブアカでした、なんてよくある話だからまったく信用ならないんだけど。
キャラ選択を終えると、相手もほぼ同時に選択が終わっていたみたいで、ほとんど待ち時間もなく対戦画面へと移行した。
闘争心を煽るようにスティックを回せばカリカリッと心地のよい音が鳴る。
スティックが一周するのと同時に対戦開始のカウントダウンがゼロに切り替わり、ゲームが始まった。
「……む」
試合開始からほどなくして、攻撃、回避、防御、間の取り方の一通りを行い、気付く。
「この人、俺と同じくらいの上手さだ」
どうやらレート通りの上手さらしいこのプレイヤーと俺は実力が拮抗しているようだ。
その証拠に画面内では一進一退、互角の戦いが繰り広げられている。
こっちがコンボでダメージを稼げば、向こうも負けじとコンボを繋ぎ、ダメージを稼ぐ。
こっちが相手の残機を減らせば、すぐに相手がこっちの残機を消し飛ばす。
「……ははっ」
気を抜いたら簡単に持っていかれる勝負の最中なのに気が付いたら口元に笑みが浮かんでいた。
やっぱりゲームはこうじゃないと。
ゲームに対するスタンスって色々あると思う。
圧倒的大差で勝つってことが好きな人もいれば、縛りプレーをしてギリギリの状況を打破するのが好きな人もいる。
俺も一応ケースによってはどっちも選んだりするけど、結局こういった実力が拮抗していてどっちが勝つか分からない勝負が1番好きだった。
「……よっし!」
そうこうしている内に、隙を縫った強攻撃で相手の残機がゼロになる。
思わずコントローラーから手を離し、ガッツポーズをしてしまった。
表示されたリザルト画面と共にはふぅ、と息をつく。
どうやら想像以上に集中していたらしく、手のひらにはじっとりと汗も滲んでいる。
俺が手のひらをズボンで拭っていると、
「ん」
画面内に再戦希望の通知が出てきた。
俺は今コントローラーに触っていなかったので、つまりは相手側が再戦を望んでいるということだ。
一切悩むことなく、俺は再戦を受ける。
その結果。
「……あーくそ! 負けたー!」
今度はさっきと同様、接戦の末に負けてしまった。
どっちに勝ちが転んでもおかしくない勝負だったので、とても悔しい。
「……次はこっちから再戦頼んでみよう」
受けてもらえなかったらそれまでだったけど、すぐに再戦が受諾される。
そして、俺がリベンジを果たすことに。
すると、また再戦が申し込まれる。
「……へえ」
負けた。
俺から再戦を申し込む。
勝った。
また、再戦を希望される。
負けた。
——再戦。勝ち。
——再戦。負け。
再戦、再戦、再戦、再戦。
そうして、気付けば16戦目を終え、戦績は8勝8敗と完全にイーブン状態。
「……キリがなさそうだし、さすがにもう終わりかな」
こんなにレベルが同じなプレイヤーにはもう出会えないかもしれない。
名残惜しさを覚えつつ、俺はチャット欄を開き、『そろそろ抜けます。ありがとうございました。楽しかったです』とメッセージを打ち込み送信した。
一応返信が来るかもしれないので、そのまま
待つ。
しかし、30秒くらい待っても相手からなんのリアクションも返ってこないので、俺は首を傾げた。
「長文のメッセージでも打ち込んでるのかな」
無視されているわけではないだろう。
それならばなにも言わずに部屋を退出すればいいのだから。
疑問に思いつつ、そのまま待ち続けてみたけど、3分近く経ってもなにも反応がない。
「待ってあげたいけど……さすがにそろそろ抜けようかな」
むしろこれだけ待ったのだから、責められる謂れはないはずだ。
俺がそっとカーソルを動かし、退出ボタンを押そうとした瞬間、
『あの』
『もsよかttr、rスc、しtい』
なんか謎の暗号が送られてきた。
意味を聞き返せばいいのに、思わず自分で解読しようとしてしまい、返信を忘れてジッと謎の文字列を見入る。
『もsよっかたら、リスコ、しtい』
頑張って解読しようと見続けていると、今度まだ微妙に間違っているけど、さっきよりは少しだけ解像度の上がった文が送られてきた。
多分、色々と打ち間違えてることに気づいて慌てて訂正文を送ってきたのだろう。
とはいえ、この人がなにを言いたいのかは理解出来た。
『リスコですか?』
『そう。ダメ?』
リスコとはリッスンコードと呼ばれる主に通話やチャットをしたりするSNSのことだ。
一応存在自体は知っていたけど、今までRAINですら家族としかやり取りを行っておらず、必要性がなかったのでインストールしていない。
それもあるし、見知らぬ人と個人的なSNSでやり取りするのに抵抗もある。
普通に考えたら、断るのが当たり前だろう。
「……でも、せっかく相手が提案してきてくれてるのに、断るのも悪いよなぁ」
こう言ってくれたってことは、この人も俺とゲームをして楽しいって思ってくれたってわけで。
それに、さっきの返信までの時間といい、送られてきた乱れたメッセージといい、もしかしたら、勇気を振り絞ってくれたのかもしれない。
確証なんて、ないけど。
ただ、もしそうだとしたなら、そんな勇気を振り絞った行動を無碍に扱うことなんて、俺には出来ない。
だって、人に声をかけるというのがどれだけ勇気のいることか、俺は知っていたから。
クラスメイトにすら声もかけるのに勇気がいるのに、知らない人相手にそれが出来るのは、単純にすごいことだと思うから。
悩んだ末に、俺はチャット欄に文字を打ち込んだ。
『分かりました』
『けど、インストールしてないので、少し時間をもらってもいいですか?』
『ん。待ってる』
その返事の後にリスコのIDが送られてきた。
しばらく待った後、インストールとアプリの設定を終わらせる。
それから、送られてきたIDを打ち込んで検索すると、NoRというアカウントが出てきた。
さっき対戦していた人の名前と一致するのでこの人で間違いないはずだ。
意を決して、フレンド申請を送ると、すぐに反応があった。
『通話にいるから、入ってきて』
「……へ? 通話?」
てっきりメッセージのやりとりをするのかと思っていて、まったく予想していなかったので、面食らってしまう。
……いきなり通話はハイレベル過ぎない?
そう思ったけれど、不思議なことに断る理由を考えようとはならなかった。
俺は緊張で無意識に喉を鳴らしつつも、NoRさんのアイコンの上にある通話ボタンに指を伸ばした。
「わ、ととっ!」
ピロンッと思いの外大きい音が鳴り、ビックリしてスマホを落としそうになってしまう。
やば、今の慌てた声、絶対聞かれて——!
『……もしもし』
1人で焦っていると、スマホから聞こえてきたあまり抑揚が感じられない静かな声音に動きを止める。
また予想だにしていなかったことに、返事をすることも忘れて、ただただ呆然とスマホを眺めてしまった。
『……もしもし、トワさん? 聞こえてる?』
再度、静かだけど聞きごこちのいい静かな声音によって、俺のアカウント名が呼ばれる。
ちなみに優陽から夕日、黄昏、トワイライトと連想して付けた名前だ……ってそんなことは今はいい。
そこで、ようやく我に返り、慌てて声を出した。
「き、聞こえてます! すみません!」
『ん。なら、よかった』
我に返っただけで、動揺が収まったわけではない。
なぜなら——
「すみません。まさかNoRさんが女性だとは思わなかったので、驚いてしまって……」
そう。さっきから聞こえてくる声は女性のものだったのだ。
いや、普通に考えたらその可能性だってあるはずなのに、根拠もなく俺が勝手に男性だと思い込んでいただけなんだけど。
『……違う』
「へ? 違うって……もしかして女性じゃないとか……?」
どう聞いても女の人の声にしか聞こえなかったんだけど。
『それは合ってる。わたしは女。おっぱいはあるけど男性器はない』
「いや、そこまで言わなくてもいいですから……じゃあなにが違うんですか?」
『名前。わたしは【のーあーる】じゃない』
ああ、名前の読み方が違うってことか。
それなら。
「失礼しました。【んおあーるさん】だったんですね」
『……その返しはいくらなんでも予想外。そうじゃなくてわたしは【のあーる】』
……なるほど、これがケアレスミスか。
どうやら俺はまだ、相手が女性だったことに対する動揺が解けていなかったらしい。
「重ね重ねすみません。どうにも知らない人と話すことに緊張してしまって」
『ん。気にしないで。それはわたしも一緒だから』
「え? 一緒って……緊張してるってことですか?」
抑揚があまり感じられない声音からして、まったくそういう風に感じない。
というか、緊張している人がおっぱいだの男性器だの言うとも思えない。
『わたしは感情が表に出にくいだけ。今も鼓動の音はずっとうるさいくらい。……聞く?』
「え、遠慮しておきます……」
鼓動の音を聞かせるってマイクを胸に当てるつもりなのだろうか。
「でも、そこまで緊張するなら、どうしていきなり個人でやり取りしようと思ったんですか?」
ゲームのフレンドになっておいて、一緒に遊んで、距離を縮めていくという手段だってあるはずなのに。
『……わたしも楽しかったから、直接お礼を言いたかった』
一拍置いて、静かな声音が鼓膜に伝わってきた。
『トワさんに部屋を抜けるって言われて、なんだか寂しくなった。もうそういう風に感じる人とは出会えないかもしれない。そう思ったら、いても立ってもいられなくなって……なにか言わないとってなって……』
静かだけど、必死に自分の思いを言葉にしてくれているのが伝わってくる。
『気が付いたら、頭が真っ白なまま、慌ててメッセージを打ってた』
「……なるほど。だから、あんなに怪文書だったんですね」
『……それは恥ずかしいからあまり言わないでほしい』
その呟きが少々拗ねたように聞こえて、俺は軽く笑う。
『む……笑わないでほしい』
「すみません、つい。けど、こうやってNoRさんと話してみて、話せてよかったと思ってます」
『……ほんと?』
「はい。勇気を振り絞ってくれて、ありがとうございます」
感謝を述べると、スマホから息を呑むような音がして、それから深く息を吸い込むような音が聞こえてきた。
『……これからも一緒に遊んで、くれる?』
抑揚があまり感じられなかった声音に震えが混ざっていた。
また、勇気を振り絞ってくれたのだろう。
俺は表情こそ相手に見えないけど、それでも笑いかけるように伝えた。
「はい、もちろん」
『……ありがとう。嬉しい』
変わらず抑揚はあまり感じられないけど、確かに嬉しそうな声音。
そして、俺とNoRさんはフレンドの関係となった。
その後、2人で色んなゲームをしたり、好きなゲームの話をしたりする内に、俺の方も敬語じゃなくなっていて。
ゴールデンウィーク初日は思いがけずに充実した1日となったのだった。
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