第8話 陽キャ美少女はご機嫌ななめ

 1週間も半ばくらいに入った学校での昼休み。

 それぞれが仲のいいグループで固まって昼食を食べている教室の中、俺はいつも通り1人、自分の席に座って弁当を食べていた。


 その際、周囲の様子をなんとなく観察してしまうのはもはや習慣と言ってもいいだろう。


「でさ——」

「そう言えば——」

「楽しみ——」


 教室内はいつもの賑やかさに加え、皆どこか浮き足だっているように見える。

 その理由は、恐らく週末から始まるゴールデンウィークだ。

 実際、聞こえてくる話題のほとんどが長期休暇の予定についてだったりする。

 

「——空、梨央。ゴールデンウィークどこか遊びに行かね?」


 喧騒の中に最近馴染みになってきた名前が聞こえてきて、つい反射的にそっちに視線を向ける。

 向けた視線の先、そこではこのクラスのトップカーストのグループが談笑していた。


 今話題を振った男子は藤城拓人ふじしろたくと君。

 細身ですらりとした体躯に明るく染めた髪を俺じゃ名称も分からないおしゃれな感じにセットしていて、右手首にはいつもレザーのブレスレットをしている。

 まあ、つまりはイケメンだ。

 

「えーどうする空ー?」


 艶やかな黒髪のセミロングの女の子——和泉梨央いずみりおさんがいたずらっぽく笑みを浮かべ、その艶やかな黒髪を耳にかけながら応じる。


 和泉さんはこの学年で1番可愛い子は誰かという話題が挙がれば、芹沢さんと並ぶくらい名前が挙げられる女の子だ。


 一般的な女子に比べたらやや身長も高く、スタイルもいい。

 可愛さに全振りしたアイドルタイプが芹沢さんなら、可愛さだけじゃなく、綺麗さやかっこよさも併せ持つ和泉さんは女優タイプとでも言うべきだろう。


 男子からの人気は主にこの2人が2分していて、この学年の2大美少女と呼ばれているのは有名な話だったりする。


 平和的に見えているけど、水面下では芹沢さん派閥と和泉さん派閥に別れ、今日も血で血を洗う派閥論争が繰り広げられているとかいないとか。知らないけど。


「えーどうしよっかー」

「……女子同士で固まられたらどうやっても数的にオレが勝てなくなるんすけど」


 藤城君がげんなりとすると、芹沢さんと和泉さんが楽しそうに声を上げて笑う。


「じょーだん、じょーだん! 2人とも、いつが空いてる?」

「私は……2、4が1日空いてる。他はバイトあるけど多少ならシフトの融通利くから」

「オレは2、3、4、6とか。じゃあ、2日にしとくか? ちょうど空いてる日被ってるし」


 藤城君が話をまとめかけたところで、芹沢さんが申し訳なさそうにしながら、両手を胸の前で合わせた。


「ごめんっ! その日予定ある!」

「そうなんだ。なら4日は?」

「大丈夫!」

「ならそれで。……ところで空の用事ってなにするんだ?」

「ちょっとねー。先約があるんだ」


 芹沢さんはそう言って誤魔化しているけど、俺はその先約というものに心当たりがあった。

 その日は俺ももちろん彼女も楽しみにしている『3等分の許嫁』の劇場版の公開日。


 1オタクとしては楽しみにしているアニメ映画はやっぱり公開初日に観に行きたいものだと思うので、恐らく芹沢さんも劇場に足を運ぶつもりなのだろう。


「先約って……もしかして、男だったり?」

「んー? 気になるー?」


 藤城君がからかうように言うと、芹沢さんは藤城君の顔を覗き込むようにして、にまーっと笑う。


「あれあれー? もしかして拓人ってば、実は私に男がいるんじゃないかって詮索してるー? 不安になっちゃったりしちゃってるー?」

「クソウゼェ! 違えよ! ただの興味本位!」

「えー? そうやって慌てて大声で否定するところがまた怪しいー。梨央はどう思う?」

「うーん、拓人には悪いけどこれはクロですなー」

「お前らなぁ……!」

「心配しなくても、違うよ」

「だから心配とかしてねえって!」


 ……ちょっと見過ぎかな。さて、ご飯も食べ終わったしラノベでも……ん。

 視線を戻そうとしたところで、ふと芹沢さんがこっちを見てきて、目が合ってしまう。


 すると、芹沢さんがまるでおもちゃを見つけたかのような顔をした。

 とても面倒な予感がする。

 危険を察知した俺は咄嗟に視線を逸らしたが、時既に遅く、スマホが振動した。


『(芹沢空)もーっ、優陽くんってばいくら私が可愛いからって見過ぎだよ?』

『(芹沢空)優陽くんはほんとに私のことが好きなんだからー』


 ……ウザ絡みって飛び火するんだなぁ。

 俺は返信をせずにそっとスマホをポケットにしまう。

 間髪置かずにブッ、ブッ、ブッ、と何度もスマホが振動し続ける。


 いつまで経ってもそれが止む気配がないので、俺は手元のラノベから少しだけ顔を上げ、ちらりと芹沢さんの方をうかがった。


「あーいいねー、それー」


 彼女は友達と会話をしながら、机の下でスマホの画面を見ずに操作していた。

 どんな妙技だそれは。






「既読無視はよくないと思います」


 放課後、俺の部屋。

 ソファに腰をかけた芹沢さんが不満そうにこっちを見上げてくる。

 

「ごめん。俺ああいう時どう返信したらいいか分からなくてつい」

「絶対嘘だ! ただめんどくさかっただけでしょ!」

「まあそれはそうなんだけど」

「開き直るな愚か者ォ!」


 嘘をついても正直に言っても怒られた。

 どうしろって言うんだ。

 というか、別に嘘でもないし。


「……それに加えて、私は少し機嫌が悪いです。なんでか分かる?」

「え、いきなりなんの話?」

「いいから、答えて」


 とんだ無茶振りだ。

 芹沢さんはなおもむんっと不満気にこっちを睨んでくる。

 と、言っても可愛いだけでまったく怖くないんだけど。

 仕方ないので、俺は機嫌が悪い理由について考え始める。

 

「……ソシャゲで推しキャラが当たらずに大爆死でもした?」

「それもあるけど違います」


 あるんだ。ならもう正解でいいじゃん。

 

「じゃあ、誰かに可愛くないって言われた?」

「そんなことは一生ありえません」

「まあ、だよね」


 仮に可愛くないなんて言われていたらちょっと不機嫌になるどころじゃ済んでないだろうし。

 ……ダメだ。やっぱりさっぱり分からない。

 

「ごめん、ギブ」


 諦めずに考え続けてみたものの、これだというものは思いつかなかった。

 俺の投了宣言を受けた芹沢さんはちらっとこっちを見上げ、ふいと視線を逸らし、拗ねたように唇を突き出した。


「……映画」

「え? 映画?」

「……なんで一緒に映画観に行こうって誘ってくれないのさ」


 呟かれた言葉が予想外のもの過ぎて、俺は目を見開く。


「誘ってくれるのずっと待ってたのに」

「い、いや、だ、だって……」


 そもそもこの関係は主に俺の希望で秘密にしようということになっているわけで、一緒に外を歩く姿を目撃されない為に、この部屋で過ごしている。

 それは芹沢さんだって分かっているはずだ。


「えっと、ごめん。てっきり別々に行くものだと思ってたから、誘うとか思ってもなかったし」

「それはそうだろうけどさー」

「それに俺が誘うとも思ってなかったでしょ?」

「……ちょっとくらい期待しててもいいじゃんかー」


 唇を尖らせたままいじけた口調で続ける芹沢さんに俺はそっとため息を零す。

 この1ヶ月という短い付き合いながら、俺は彼女が可愛いだけじゃなく、中身は割とめんどくさいところがある人間だということを学んでいた。


 まあ、芹沢さんも自分が理不尽なこと言ってるっていう自覚はあるんだろうし、うわーちょっとめんどくさいなーくらいにしか思わない。


「じゃあ逆に誘おうとは思わなかったの?」

「私みたいな美少女が遊びに行こうって誘ったら惚れさせちゃうじゃん」

「ごめん。なにを言ってるのかよく分からない」

 

 どんなロジックだ。


「だって、美少女が冴えない男子を遊びに誘うのってラノベだとよくあるシチュエーションじゃん」

「まあ、そうだね」

「だから、私みたいな超級美少女が優陽くんみたいな冴えない男子を誘うのは相手を勘違いさせかねないラブコメ行為ってこと。分かった?」

「俺が言うのもなんだけど、ラノベの読み過ぎだよ」


 俺ならまず誘われたら罰ゲームを疑って相手にときめくどころか疑心暗鬼でドキドキするね。

 そもそも部屋に遊びに来て2人きりになってるし、今更芹沢さんが遊びに誘ってきても驚きもしない。


「というか俺から誘う分にはいいんだ?」

「え? だって優陽くん普段から私といるのに一切私のことを意識してる様子ないし。そんな相手から誘われたとしても勘違いとかしないでしょ」


 確かに今のところそういう好意で見たりはしてないけど、ドライなのか考え過ぎなのか分からないな、この人。


「まあ、ふとした瞬間に胸とか太ももに視線を感じるのは見逃してあげるよ。別に見ようとして見てるわけじゃなくて、たまたま見ちゃったって感じっぽいし。そこのところは優陽くんも男の子だし、仕方ないよね」

「冤罪をかけられなくてありがたいけど、理解を示されるのはそれはそれで複雑なんですけど」

「男子の部屋に上がり込んでる時点でそういう目で見られても文句は言えないからね」


 というかなんの話だこれ。

 話が完全に逸れてきている。


「……とにかく、別に一緒映画に行かなくても別々じゃダメなの?」

「一緒のものを見に行って感想を語り合うライブ感を大事にしたいんだよ」

「言いたいことはなんとなく分かるけど……でもなぁ……」


 やっぱり万が一同じ学校の人にバレたら色々と言われるのは億劫だと思ってしまう。


「大丈夫! 変装するから!」

「……まあ、それなら……いいの、かな」

「やたーっ! 言質は取ったからね?」


 本当に大丈夫なんだろうか。

 無邪気に喜ぶ芹沢さんを見て、頬を緩めつつも、どこか不安を拭いきれない俺だった。

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