土日出勤(ぴえん)

うたた寝

第1話


『いつから土日が休みだと錯覚していた?』

『なん……だと……っ!?』

 というわけで、楽しく土日出勤である。だが求人票には『土日・祝日休み』とある。『完全週休二日制』ともある。就活生の皆さん、気を付けてほしい。大人は平気で嘘を吐く。

 トラブルが発生した、とか、納期間際で忙しくて、とか、そういう土日に出ざるを得ない理由があって、たまに土日出勤するくらいなら、彼もそこまで文句を言う気は無いが(文句は言うが)、土日に出ない方が珍しい頻度で土日出勤させておいて、求人票で堂々と嘘を吐くのはいかがなものかと思う。

 会社説明会でももちろん、会社側からこの話に積極的には触れない。就活生側も福利厚生について踏み込むのは採用時のリスクになると思っているからあまり切り込んではこない。稀に居るが、その際も『たまに』休日出勤することがあります、という主観に逃げている。何度も言うが、土日休める方が珍しい頻度の休日出勤を『たまに』と表現するのは詐欺だと思う。

 会社説明会をしたい人ー、と募集していたので、普段仕事では見せない積極性を見せて『はーい!』と手を挙げたのだが、即座に『お前はダメだっ!』と却下されてしまった。残念。担当になれたらこの会社の実情を週刊誌並みにすっぱ抜いてやるのに。まぁ、そういうことされては困るから担当にしてもらえないのだろうが。

 表現の場を奪われたので、とりあえずSNSに『土日出勤ー』と書き込んでおく。大体投稿履歴が『残業ー』、『土日出勤ー』だけになっているが気にしない。ちなみに、ここに『可哀想(ぴえん)』などは書かないのがちょっとしたコツだ。下手に不幸自慢と取られかねないことを書くと、『ハッ、オレの方が可哀想だし』みたいなマウントを取って来る輩が出かねない。まぁ、そういう経験があるわけではないのだが念のため。

 ちなみに、オフィス内だが彼は堂々とスマホを弄っている。俺は逃げも隠れもしない、という男気の話ではなく、単純に人の目が無いのである。

 そう。決して広いとは言い難いこのオフィス。立ち上がってぐるりと見渡せばオフィス全体が見えるわけなのだが、右に一回転しても左に一回転しても、このオフィス、人の気配が彼以外無い。

 が、これは非常におかしな話である。土日に社員が一人も会社に出ていないなんて、こんなおかしな話は無い。おかしなことを言っていると思うだろうか? そう思われた方はホワイト企業に勤めていると思うので、そのままその会社に勤め続けることをおすすめする。

 一般的な会社ならともかく、電気が消えないで有名なこの会社において(電気代が高いから給料から引くなどという頭のおかしなことを最近役員が言い出している)、会社に全く人が居ない時間というのはかなりレアな話だ。お盆やお正月にほんの数時間程度、誰も居ない時間があるかな、くらいだ。実際、彼は前回会社内で『よいお年を~』を言い、その数時間後に会社内で『明けましておめでとう』を言った。

 お盆やお正月でそれだ。通常の土日で会社内に誰も居ないなど、これは天変地異の前触れなのか、と疑うくらいだ。天変地異が起きても出社を命じられる危険性はあるが。

 みんな土日をエンジョイしているのだろうか? であれば妬ましくて仕方が無いので、全員のキーボードを真っ二つに折った後、全員の椅子に五寸釘の先端を上にしてセットしたいくらいだ。

 人身事故でも起きていたっけな? と彼はネットで検索してみるが、どの路線も通常運転。これはあれか? みんな会社が嫌になって一致団結して辞めたのか? であれば誘ってくれればいいものを。喜んでついていくのに。

 それともあれか? これは会社を挙げての集団イジメなのだろうか? お前だけ土日出て働けよ、というそういうあれだろうか? だとしたら許せんな。あいつら、昨日は笑顔で頑張ろうね、とか言ってやがったくせに。

 みんながやっているんだからやりなさい、という同調圧力は好きではないが、不思議なものでその逆、みんながやっていないのにどうして自分だけやらされるんだ、には強く同調する。

 いつでも送れるようにと下書き状態で保存してある辞職のメールを送ってやろうかな、と彼はメールのアプリを起動するが、非常に重たい。危うくパソコンがフリーズしかけたので慌ててアプリを強制終了する。どうも新着メッセージがアホみたいに溜まっているらしく、それを一斉に受信しようとして処理負荷が掛かって固まるらしい。メールのアプリが起動できなくなったが、そこまで害のある話でも無い。どうせ、未読が100件を超えた辺りから見ていない。

 つまらない。非常につまらない。いや、仕事はつまらないものではある、と思っているのだが、24時間、365日のほとんどを会社内で過ごす人間にとって唯一の娯楽は同期や部下と話すことである。え? 上司? 上司は含まない。何故なら上司の悪口で盛り上がるからだ。

 盛り上がるようにと思ってビールとつまみも持ってきたのだが、これも無駄になるかもしれない。いや、食べ物を粗末にするなんてあってはならない。あってはならないのだからこれは仕方がない。仕方がないので彼はビールを開けて一口飲む。仕事中だが気にしない。どうせ彼以外誰も居ないのだ。

 一度口を開けてしまった缶を残すわけにもいかないな、と、彼は仕方ないなぁ、とそのままグビグビ飲んで缶を空にする。そんなに酒に強い方でもない彼は一缶飲んだだけで結構もういい感じなのだが、彼以外誰も土日出勤していない、というストレスからか二缶目を開けてグビグビ飲む。あてが無いと飲みづらくなってきたのでつまみも開封。

 いい感じに酔っぱらってきたので、彼は備品室にしまってある、家から持ってきたカセットテープレコーダーを持ってきて、テーブルの上にセットする。何故わざわざ実家の奥深くに眠っていた物を引っ張り出してきてまで、今時カセットテープレコーダーなのか。理由は簡単。最悪没収されても痛くないからである。

 会社に没収、という制度があるのかは何ともだが、業務に関係無い物は持ってくるな、みたいなことは書いてある。没収したら普通に窃盗のような気もするが、念のため、没収された時のリスクも考えて、没収されても平気なものを持ってきている。

 カラオケに行きたい、けどカラオケに行く時間は無い。そんな時におすすめしたいのがカラオケ用の音源。これをスピーカーから流せばオフィス内があら不思議。あっという間にカラオケ場に早変わりである。

 酔っぱらった勢いも手伝って、彼は会社のパンフレットを丸めてマイク代わりとし、テーブルの上に自分も乗っかる。ここは今から彼のライブ会場となるのだ。カセットテープを再生し、そのイントロ部分から、彼は誰も居ない客席を煽るように、

「いえーいっ!! 盛り上がっていこうぜーっ!!」



「「「………………」」」

 そんな彼の様子を入り口から伺う影があった。

「……何か、すっごいはっちゃけてますね」

「な。仕事のし過ぎで壊れたか?」

「可能性あるね。この前トイレの個室で発狂してたし」

「ああ、あれ先輩なんですか。怪談として語り継がれてますよ、それ」

「実際、人がやってるって知るとなお怖いんだけどな」

「人間が一番怖いとはよく言ったものだね」

「会社辞める前に人間辞めちゃいそうですね」

「おや、そうすると会社辞めなくなるのかな?」

「会社辞めないように人間辞めさせるって? 鬼畜だなぁ。嫌いじゃないけど」

「まぁ、何かもう辞めることを決心したようなはしゃぎ方ではありますけど」

「酒飲んでカラオケだからな」

「辞職を決意した人間でもそうやらないね」

「社外の打ち合わせにも来なかったですしね」

「それな。あいつ何だかんだ言ってサボらないんだけどな。連絡行ってないとか?」

「いや、メールの宛先には入ってるよ、ほら」

「未読100件溜まってる、って言ってた気するので、埋もれたかもですね」

「ああ、可能性あるな……」

「……ってことはあれかね? 自分だけ土日出勤させられてると思ってってことかね?」

「……なるほど。それでリミッターぶっ飛んだわけですか」

「気持ちは分からんでもないな」

「むしろ控えめな飛び方と言ってもいいかもしれない」

「「「………………」」」

 影たちはもう一回オフィス内の様子をうかがう。ライブは依然盛り上がっているご様子。

「……どうします? 声掛けます?」

「いやぁー……」

「今声掛ける勇気は無いなぁ……」

「ですよねー……。見なかったことにしてそっと帰ります?」

「それが平和かもしれんな」

「けど、仕事どうする?」

「あー……。どうしましょうね?」

「まぁ、謝ればいいんじゃね?」

「そういう適当なとこ好きよ」

 影たちはコソコソと退散することにした。

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