二日目-④ 明確な恐怖
その後は、特にこれといったことは無く、病院の門限があるとかで五時前に病院前で別れた。前と同じように「またね」という言葉を残して病院へと帰って行く彼女の後ろ姿を見て、俺はほんの少し寂しさを感じた。
———
家に帰宅すると案の定、羽美と母さんは心配そうしながら俺を出迎えてくれた。「ちょっとサボってみたくなっただけだから心配しないで」とか適当な言い訳で誤魔化して、それからはいつもと同じように過ごす。
「……は!?」
帰宅からある程度時間が経過した頃、なんとなく気になりスマホで野永
——おいおい……。あの人、自分で「そこまでメジャーでは無いけど」って言ってたよな……?
画面に映し出される女優「野永瑠美華」としての彼女の編纂は正直、自分の目を疑いたくなる程の物だった。幼少期から子役として多数の映画、テレビ番組への出演。受賞して来たと言う賞の数々。助演を演じたというドラマの高視聴率。レギュラーを務めていたらしい沢山の有名番組。
今、ざっと目を通しただけでもとんでもない経歴だ。
——どこが「そこまでメジャーでは無い」んだよ……。
一通り彼女の経歴について調べ終えたところでスマホをベッドに放り投げてそのまま、俺自身も倒れるように横たわる。
俺は昔からテレビを殆ど見ることがなかったから知らなかっただけで、きっと国民認知度も高いのだろう。そんな人と俺は普通に話していた……と。
「ははっ、こりゃ知ってたらスマホとか財布見かけた時点で全力ダッシュで逃走してたに違いねぇわ、俺」
関わらないで済むように速攻でバス停から逃げて行く自分の様子が鮮明に脳裏に浮かんで軽く苦笑し、ため息を吐いた。
そこで、一つ引っかかる。なぜ、そこまで上り詰めていた彼女が芸能活動を休止したのか。再びスマホを拾い上げて、野永瑠美華としての彼女についてさらに調べて行く。
野永瑠美華が女優業を休止したのは野永さんが話してくれた通り今から二年前、二〇二〇年三月の末から。しかし、どれほど検索方法を変えて調べてみても、出回っている活動休止の理由は憶測の域を出る物は無く明確な理由は何一つとして出てこない。今現在、彼女は入院までしているのだから何かしらの事故や事件に巻き込まれた。もしくは、何らかの病を患っていると考えるのが妥当なのかもしれないが、それらに完全に絡みそうな情報も一切見当たらない。それどころか、ネット上では行方不明疑惑なんてものまで持ち上がっていた。
確かに気になっていた。何故彼女がわざわざこんな東北のど田舎、桜花閣にある病院に入院しているのか。その理由が分からない。彼女が休学中だという大学は関東圏内にあるし、女優業をやるのであれば都会の方が便利なはずだ。中学を卒業するまで都内に住んでいた自分も、ここでの暮らしは正直とても不便に感じていたことだし。そんな場所にある病院にわざわざ入院しているということは何か人目につきたくない事情でもあるのだろうか?
そして、関係のない事ではあるが、調べている中で彼女の事をあまり好意的に捉えていない記事も多く目に入った。有名人である以上、こう言う物も普通の事なのだと考えるべきなのかもしれない。だが、何故だろう?自分に対して何か言われているわけでも無いのに、そう言う誹謗中傷に塗れたタイトルやサジェストが目に入る度に変に胸がキリキリする。
そうやってしばらくネット上を彷徨う内に、いつの間にか俺は某匿名インターネット掲示板の過去ログ倉庫に格納されたスレッド、その一つにたどり着いていた。タイトルは短く一言、「俺、今日野永瑠美華見たんだが」。
その文字列は、短いながらも俺に凍りつくような恐怖を植え付けた。そのスレッドが立てられた日時は、二〇二二年六月十日午後五時二十三分。つまり、今から約六時間弱前。恐怖に震える指に懸命に力を入れ、そのスレッドを開く。
「1:名無し:2022/06/10(金)17:23:21.33
俺氏、今日○○県桜花閣市内で野永瑠美華見たんだが」
表示された文面に一瞬、全思考が停止した。そんな書き込みから、そのスレッドは始まっていた。
「2:名無し:2022/06/10(金)17:24:03.42
2ゲット。さっさとしろ無能」
「3:名無し:2022/06/10(金)17:24:37.21
嘘乙。悔しいなら証拠ハラデイ」
「4:名無し:2022/06/10(金)17:25:11.15
>>1
貼らん方がいいと思われ。訴えられてもワイは知らん」
人によって様々な反応を見せてはいるが、多くの人が証拠になる物を要求していた。画面をスクロールするごとに、積もる恐怖が大きくなっているように感じる。見たくも無いのに、読みたくも無いのに、俺の指は画面上を滑り続けることをやめてはくれなかった。何も証拠になる物は無かったまま、このスレッドがクソスレとして落ちている事を祈るばかり。
だが、数秒後にはそんな俺の期待は無駄であったことが分かる。
「7:名無し:2022/06/10(金)17:25:01.52
はいよ。画質低いのは許せ」
そんな軽い言葉と共に添付された画像共有サイトのリンク。そのリンク先の画像に映し出されていたのは画質自体は対して良くないものの、どう見ても野永さんと俺だった。周りの景色からして、高架下に移動していた時の画像だろう。
「11 :名無し:2022/06/10(金)17:25:54.31
うーん……それっぽくはあるな。で、横にいる男だれ?学生っぽいね?」
「16 :名無し:2022/06/10(金)17:26:02.66
ええ……まじじゃんか。これ炎上しそうだな」
「23 :名無し:2022/06/10(金)17:26:06.20
どうせ合成だろ。でも合成じゃ無いんだとしたらならやばいわ。未成年に手を出してるかもしれないって事???」
画面をスワイプするごとにどんどん出てくる、この事態を好意的に捉えていない書き込み。一部、この事を書き込んだ事や画像を貼った事を非難する者もいるが、その書き込みもすぐに炎上を煽るような書き込みでかき消されていく。
その途端、意識が引き摺り込まれるような感覚に襲われた。画面上部に表示されている時間を時間を確認してみると「23:59」となっている。
——クッソ……時間切れ、か……。
沈みゆく意識の中、強い恐怖が俺の心を占拠していた。
***
こんばんは、錦木です。今週も無事、投稿できました!これからも頑張ります!
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