最終話

 わたしが故国を出てから三年半の歳月が流れ――本日は元婚約者ジェロームの即位式典に出席するために、あの日以来の故国の地を踏んだ。

 どの面下げて即位式……と言われそうですし、新興国の首脳陣に直接言われたのですが、わたしは面の皮がとても厚いので、この位のことは何とも思いません。

 だからこそ、ジェロームの婚約者に選ばれたのだ。


 この程度のことで、気後れするような人間は、皇妃は務まらないと思うよ。


 ちなみに皇王とは国を違えて別居状態の皇妃ですが、さすがに息子の即位式なので出席……しない。

 もとは出席するつもりだったのだが、即位式典が執り行われる三ヶ月ほど前、皇妃と一緒に隣国に滞在していたクラリスが死亡した。その喪に服するということで、急遽出席を取りやめることになった……ということ。


 クラリスは出産中に亡くなったそうだ――わたしと違ってクラリスは、既に結婚していた。

 婚約者のラファエルに裏切られ、実兄に皇女の地位を剥奪され(未遂で終わったが)実父に疎まれ――失意のまま母の皇妃と共に隣国へと向かい、そこで慰めてくれた貴族男性と結ばれ身籠もった。

 皇女としては異例のスピード婚だが思惑があったので――そして出産中に亡くなってしまったとのこと。


 ……消されたわけではないと思うよ。詳しいことは調べていないので分からないが、少し仲良くなった新興国の大臣が訃報と共に教えてくれた。


 もっとも新興国の大臣の言葉など、わたしは素粒子ほども信じてはいない。

 クラリスが亡くなっても生きていても、結婚していようが、わたし不利にならないよう、様々な手を打っておいたので。


**********


 戴冠式が行われる……ということで、やってきた故国ですが、微妙に寂れている。多くの人が見逃すような綻びが、現れ始めている。

 だがこの綻びは皇太后が生きている間は、これ以上大きくはならないだろう。

 わたしが言えた義理ではないのだが、皇太后は性悪で悪辣。

 だが統治者としての才能はあるので、この状態を維持。それを巻き返す能力を持った者が現れるかどうかは分からない。

 それを望まれていたのはわたしだったが、この通り、国を見捨てて自分がしたいことをしている――わたし一人がいなくなっただけで、滅びるような国なら、わたしがいたところで滅びる。それがわたしの考えだ。

 わたしの考えはともかく、皇太后は一人で国を支えているが、人は何時かは死ぬ。誰かの言葉ではないが「それが早いか遅いかだけの違い」


 皇太后の失敗はただ一つ――彼女が皇王しか産めなかった。


 この一つが、皇太后の功績を全て無にするだろう。とくに後の歴史家とかに叩かれるんだろうな。

 わたしの意見なので届きはしないが、間近で見たので言えるが――しっかりと教育しても、駄目なことあるんだよ。

 皇王は駄目には駄目だが、コレットを贔屓するまで、これといった決定打がなかった。更に言えば操り易かったので、誰も退けようとしなかった。


 誰もが「自分なら上手く扱える」と思ってしまった。実際わたしも皇太子妃として、皇王のことを上手く扱えると思っていた。

 それはジェロームも同じ。なんというか「ぎりぎりフォローができそうな無能」のライン上にいるんだよ。

 そして野心家たちはそれを見て、自分なら……と思ってしまうわけ。


 この先故国がどうなるかは知らないが、終わりが見えてきた

 

**********

 

 ジェロームからの面会要請があり――「よく面会を希望できるな」と、式典に招かれた新興国の大使が呟いたが、ジェロームが機微に疎く愚鈍なことなど知っているので、驚きはしない。


「よく面会に応じましたね」

「このくらい面の皮が厚くないと、皇妃なんて務まらないものなのですよ」


 面会のために用意された場へと赴くと、そこには昔と変わらないジェロームがいた。ジェローム本人は、三年かけて父の皇王から仕事をじっくりと引き継いだ……らしい。皇王が特に仕事をしてはいなかったが、ジェローム本人がやったつもりになっているのなら、それでいいだろう。


 無能に現実を直視させるのは、労力が掛かりすぎる。労力の割に対価が少ない。時間をかけても、直視できるとは限らない――政治は生もの。刻一刻と移ろい変わるので、その時の現実を教え込むのに、そんなに時間を掛けてはいられない。なにより人の時間は有限だ。


「考古学なんて、何の役にも立たないだろう」

「そうですね」


 ジェロームならそう言うと思った。

 そんな感じで特に面白くもなにもない、為政者として一ミリの成長も見られないジェロームとの面会が終わり――訳の分からない男に話し掛けられた。


 学生時代の話をされた。

 確かにわたしは最年少入学・卒業記録を持っているが、入学したのは六歳で卒業したのは八歳。もう十七年も前のこと……で、目の前で目を血走らせて叫ぶように喋っているの神官。

 飛び級の入学卒業をしながら、いまだに何の役職にもついていない神官……それしか誇るものがないのが一目で分かるが、二十年ちかく昔の栄光とも呼べないなにかに縋っているとか、八割くらい蔑みの気持ちで眺めていた。


 わたしが覚えていないことにショックを受けていたようだが、覚えていたところで、なんの意味があるのだろう?


 わたしが覚えていたら満足したのかも知れないが、それで満足に至る思考が今ひとつ分からない。


 過去も過去すぎる、栄光とも呼びづらい栄光に縋っている神官はさておき――


「太皇太后を殺害すれば、すぐに瓦解すると思うのだが」


 この国の要の皇太后改め太皇太后の殺害を仄めかす……というか、少し隠そうね新興国の随員。


「そうなると、領土を巡って他の国と取り合いになりますよ。もう少し弱らせてからのほうがいい」

「戦えば勝てるが」

「勝てるのは分かっていますが、頑張る必要はない。太皇太后亡き後、数年放置するだけで、楽に勝てますから」

「案内するつもりはない……と」

「本気で殺害するつもりなら、わたしの案内など必要ないでしょう」


 たしかにわたしは、太皇太后の私室まで行けるが……暗殺者を連れて行く気はない。頑張れば侵入できるでしょう、あなたちなら。

 わたしは彼らを置き去りにして、帰りの挨拶のために太皇太后の私室を訪れた。


「老けましたね」


 三年半ぶりに見た太皇太后は、厚い化粧を施しているが、疲れが隠し切れていなかった。

 わたしだから、分かったのかも知れないけれど。


「第一声がそれか、ディアヌよ」

「はい。どうせ家臣たちには、何時までも若々しいと言われているでしょうから、ここは現実をしっかりとお教えしようと。見るからに老婆です」

「相変わらず性格の悪いこと」

「いえいえ、褒めているのですよ。下手な若作りをしているより、よほど尊敬できますので」

「お前に褒められると、本当に馬鹿にされている気がするな」

「それがわたしの、いいところです」

「本当に、お前ほど性格が悪くて度胸がある女は見たことがない」

「おや? 毎日鏡をご覧にならないのですか? 太皇太后陛下」


 いつも通りの応酬を終えてから、紅茶を飲みながら、当たり障りのない会話……と見せかけた、この国や隣国、そして新興国に関しての際どい話をした。


 会話を分かり辛くしたのは、新興国のスパイが紛れ込んでいるので――もう防ぎきる力がない。

 でもね、スパイが耳をそばだてていることは織り込み済み。貴族のまどろっこしい、分かり辛い比喩だらけの会話は、スパイに聞かれても情報を抜かれないようにするため。 特定の人物にだけしか通じない暗号も組み込んでいるので――新興国は分からないことだろう。


”わたしの死後、何年持つと思っている?”

”十五年は持つかと”

”そうか。ならばその間に、新興国が滅ぶな”

”でしょうね。滅ぶというより瓦解ですが”

”同じであろう?”


 わたしの故国は滅ぶけれど、新興国が生き残るとも言っていない。立国してみたものの、維持が叶わないで消える国なんて、過去に幾つでもある。


”わたしからの新興国への手土産だ”

”あなたの手土産になったつもりはありませんが”

”そうか。なんにせよ、息災でな”

”はい。新皇王ジェロームの最後は見届けますので。ご安心を。助けはしませんが”

”相変わらず性格が悪いな、ディアヌよ”

”この位、悪くなければ、皇妃は務まらないのでは……ああ、皇妃になれなかったわたしは、そんなに性格は悪くないですね”

”良く言う”


 こんな内容の会話を、貴族独特の文法で語り合い、王宮を後にする。


 あとで「なんの話をしていたのか」と新興国の者たちに聞かれるだろうが、会話は二つの意味を持っていて、無害な語りになるようになっている。


 わたしが喋ったことを、そのまま信じたりはしないだろう……ん? 遠くから叫び声が聞こえる。


「なに?」


 音の出所を探すと、


「う…………うわあああ! そんなのは、そんなこと、ありえない!! ありえない!」


 目を血走らせた刃物を振り回した男がこちらに向かって走ってきて、刃物を振り上げ……たが、届かなかった。

 ちょっと離れたところで、足が縺れて転んだばかりか、持っていた刃物が本人の腹に刺さった。


「わたしのことを知らないなんて!」


 先日、自分のことを知っているかと話し掛けてきた神官の男だった。痛くないのか? そんなに、その……ジェロームのことを人の機微を分からないと言ったわたしだが、少しだけ反省しておく。


「俺はお前が入学するまえええええ!」


 反省したので、あとは王宮の衛士に任せて、わたしは王宮を後にする――次に故国を訪れたときに、あの神官はいないだろうなあ。


「せいせき! せいせきがあああ!」


 あれは置き土産にはならないな。無能なジェローム、有能なので消さざるを得なかったナルシス、使い勝手が悪いが生かしておけば、まだ使えるコレットやラファエルのほうがまだマシだ。……なんなんだろう、あいつ。



[09]旅立ちのディアヌ――終わり

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性悪婚約者の置き土産「じゃあ、そういうことで。あとは各自で頑張って」 六道イオリ/剣崎月 @RikudouI

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