[08]ディアヌの置き土産
皇太子ジェロームから婚約破棄を言い渡され、そのまま国を出たディアヌです。出国する際には、皇妃とクラリスも伴って。
そして二人を隣国、皇妃の故国に引き渡してから、わたしの故国と皇妃の故国が手を結ぶ原因となった新興国へ。
新興国に仕えるというわけではなく、新興国が属国化した国の大学への留学許可を取るため。
わたしは外国人なので、宗主国に許可を取らなくてはいけないのだ。
故国の書類は完璧に揃えているけれど。
属国の大学に行くの?
……そう思われるかもしれないが、わたしが学びたいのは考古学で、新興国の属国となった国は、太古から文明が栄えていた国だったので――かつてはともかく、現在国力はさほどではないが、学問に関しては優れており、特に考古学はこの国がいまだにトップ。
そんな付加価値があるので、新興国もこの国を侵略して属国化したのだ――勢いに乗っている国って、ふと「古いモノもいいな」って思う瞬間があるらしい。
それと共に遺跡の保護も。
分かってるな、新興国。これがジェロームだったら、遺跡とまったく保護しないだろうな……そもそも、商業的にうま味のない学問の国なんて侵略しないか?
そんなことを考えながら新興国へと赴き、新興国の教育大臣という人物と面談。なぜ異国の一貴族の娘が教育大臣と面談することになるのか?
留学手続きなのだから、ここまで上の人が出てくる必要はないのでは?
「国を滅ぼすアドバイスをいただきたい」
「故国をですか?」
「さすがに故国は無理だろうから、隣国で」
故国と皇妃の故国である隣国の内部事情に詳しい上に、皇太子に婚約破棄されて恨んでいるだろうと考えて、話を持ちかけてきたらし。
「見くびらないでいただきたいものですね」
紅茶を飲んでいる教育大臣に対して言い返す。ちなみにわたしは、出された紅茶は飲んでいない。なにが入っているか分からないようなもの、飲むはずがない。
「情報の提供だけでもいいのだが」
「勘違いなさらないでいただきたい」
「ん? どういうことかな?」
「遅効性の罠を幾つも仕掛けてきたのですよ。両国に」
「罠と?」
「故国と隣国が手を組んで、この国を攻めてきたら、わたしがゆっくりと留学していられませんので。わたしが国を出たのは留学するため。留学生活を楽しむために、手を打ってこなかったと思われるのは心外です」
教育大臣は紅茶を飲む動きが止まった。
あれー、もしかしてわたし、情報提供もせず故国に殉じるつもりの人に見えてた? 見えてだろうね。そういう教育受けてきたから。俗に言う皇太子妃教育というもので。
「罠について聞いてもいいかな?」
「もちろん。
「その罠とは?」
「人です」
「続けて」
罠について説明したところ、教育大臣が「他の大臣と話し合う必要がある」と――それから数日の間、わたしは新興国の観光に勤しんだ。
”それは勤しむものなの?”と聞かれそうだが、とりあえず勤しんだ。
……こうして新興国観光を満喫していると、教育大臣から話を聞いた人たちから、秘密会議みたいなものに呼ばれて説明することに。心臓が痛む程緊張した……なんてことはない。
わたし、そういうの全く気にならないタイプなので。
なにせわたしは、即位するジェロームの代わりに政務を担当することになっていたし、皇太子の任務代行として、大臣との会合などもこなしていたから、慣れたもの。
ざっくりと説明し――あとは質疑応答。ただ新興国ということもあり、回りくどいことはなかった。若い国って、こういうところいいよね。
わたしが仕掛けた罠に関して、新興国の大臣たちが「それでいいのでは」となり――わたしは晴れて留学生になった。
……ただ留学生だったのは、ほんの半年ほど。半年後に、父がシメオンを除く一家と使用人を連れて移住してきた。
「シメオンは?」
やってきた父に、養子だったシメオンについて尋ねると、
「殺した」
案の定の答えが返ってきた。
あ、念のために言っておきますが、我が家は特殊な任務を帯びた家柄ではありません。ただの伯爵です。
「跡取りとして可愛がっていたのに」
「可愛がっているように見えたか」
「さあ?」
シメオンが万が一にも生きているということはない――首と胴体を分離したそうだ。貴族ってそういうモノだよね。
コレットなんかにうつつを抜かすから……と言いたいところだが、たとえうつつを抜かしていなくても、この状況になったらシメオンは殺害したと思う。
その状況になっていないので、はっきりとしたことは言えないが。
なんにせよ、こうしてわたしは、望みどおりに大学に通うことができ、好きな学問に打ち込めるようになった。
ただアドバイスを求められることは、何度もあったし、自分から申し出ることもあった。
その一例として、わたしは故国弱体化の為に、優秀な庶民に民主主義思想の種をまき、ジェロームを用いて王権を弱体化させて国を出てきた。
王権は弱体化させたが、国家自体は貴族側のほうが圧倒的に強い……が、民衆というのは厄介なものなのだ。
図に乗らせると、際限なく強欲になると。
それはモンテスキューの著書にもある……あれ? ルソーだったっけ? まあどっちでもいいや。どっちでもない可能性もあるし。
とにかく爆弾を抱えることになった故国。
そしてその爆弾は、本来であれば国を富ませることができる知者。
王権を守るためには知者を排除せねばならず、知者を排除すると国力が弱体化するので、軒並み殺害するわけにもいかない。
とっても苦しいところ。
それらの選択も為政者はしなくてはならず、わたしはそういうのが大得意……と言いたいところだが、
「あれを引き込んだのは失敗だったか」
国が滅ぶと面倒なので、良いバランスになるようにしてきたつもりだったが、庶民側の一人に、途轍もなく優秀な人物を入れておいた。
そこらの知識人(政治家・聖職者など)程度では、及びもつかない優秀さで、なおかつ人を惹きつける力があった。
なぜそんな危険なことをしたのかというと、あまりにも勢力が小さすぎると脅威にならないので、組織を急拡大できる能力の持ち主が欲しかったからだ。
あれは人たらし……というか、人が欲しい言葉を的確に言語化できる才能を持っていた、だがあれは、わたしの想定以上の能力を発揮しはじめたので、このままだとジェロームが排斥されかねない……ということであれの暗殺を新興国に依頼した。
新興国側も危険分子とみなし、依頼を引き受けてくれた。それにより、故国は良い感じにきな臭いまま――
一応説明しておくが、国力は落ちているが民衆が飢えたりはしていないのでご安心を。飢えると戦争になるので、そこは上手く取り計らっている。わたしが生きている間は、戦争にならないんじゃないかな?
もともと民衆を飢えさせないで戦争する方法とか、習っていたからね。……ほら、ジェロームがそういうの全く駄目だから。
そんなに上手くいくのか? と言われそうだが、貴族たちがジェロームに感謝しているので、それなりに国は回っている。
なぜ感謝しているのか?
それはあの卒業式での失態。失態が国を回す原動力になるのかというと――理由はコレットにある。
あの日ジェロームがいきなり卒業式で「コレットを皇女にして、ラファエルを~」などと言い出さなければ、コレットは順当にどこかの家へと嫁ぐことになる。
どこの家だって、バックに頭の悪い最高権力者がついた、礼儀作法が皆無のコレットなんて迎え入れたくはない。
そんな時にジェロームの大失態。
それにより、コレットが降嫁することがなくなり、皆さん胸をなで下ろした。
実際我が家も胸をなで下ろした。
なにせ我が家には、コレットに心酔していたシメオンがいたから――脱出の手助けとかされても困るので。
そんな問題児でしかないコレットを引き取ってくれたラファエル……の実家、オリヴィエ侯爵家には、皆さん感謝している。
この辺りは王宮で、オリヴィエ侯爵夫人と話し合って調整した。
夫人は由緒正しい生まれ育ちの侯爵夫人なので、息子がコレットと結婚するなら家を追い出すと――親子の情より貴族としての立場を取った。
……というか、あのコレットは嫌だろう。原作のほうのコレットは努力家だから、夫人も教え甲斐があるだろうが、この前世の記憶持ちコレットは……。
話は逸れたが、隣国との軋轢にしかならないコレット即位の可能性を潰したのは、ジェロームの短慮な失態に他ならない。
なので、貴族たちはジェロームの即位に反対しなかった。そして次はこんなことを起こさないよう、ローテーションを組んで補佐する。
もともと補佐前提での即位だったのだから、とくに変わりはないとも言えるのだが。
優秀な皇子が、乙女ゲームデバフを食らってINTがバグったのとは違い、元来そうだったので、臣下の動きも素早かった。
ただジェロームに婚約者はまだいない。わたしほどの令嬢がいないのが問題らしいね。才能じゃなくて性格の悪さが足りないらしい。わたし、そんなに性悪だった? ……性悪だな。
再婚約を持ちかけられなかったのか?
それはなかったよ。というか持ちかけられないようにするために、手は打っていた。
それはあの場で皇妃と皇王の離縁状を持ち出すこと。
ほら、わたし、皇妃と同じ名前だから――事態の収拾を図る際に「このディアヌは皇妃ではなく皇太子の婚約者ディアヌのこと」という、苦しいにも程がある弁明を押し通した。
これが押し通せたのも、ジェロームがあんまり賢くないから――書類を読んでいる最中に、名前が同じだから母親と婚約者がごちゃ混ぜになったんだろう? と。いくら何でも、それは馬鹿過ぎるだろう? と思われるかもしれないが、卒業パーティーであんなことを口走るような男だから、そういうミスもおかしかねないな……と、補強されたジェロームの駄目さ加減が良い仕事をした。
仕事の中身自体は最悪だが
皇妃と皇王の離縁状には「再婚なし」の文面を盛り込んでいたので、それがそのままわたしに適用されたというわけ。
そうなることを見越して書類を作成したのは、説明するまでもない。
故国に置いて来たジェロームは、わたしにとって良い仕事をしてくれている――あとは即位したら完璧だ。
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