[07]セザールの原拠

 自分の記録が次々のが我慢できなかった――

 俺は優秀な男だ。

 神童ともてはやされ、学舎で最年少記録を打ち立て、学園始まって以来の才子と持ち上げられていた。


 だがそれはディアヌが現れるまで


 俺が打ち立てた最年少入学記録は、ディアヌによって破られた。を皮切りに、俺の最年少記録は全てディアヌが更新し、学園始まって以来の才子は、学園始まって以来の才女に押しやられた。


 ことごとく抜かれてしまった学業の記録。ディアヌによって塗り替えられてしまった自らが打ち立てた記録に縋り――ディアヌの在学中の記録をにしたくて、教会への教師の派遣依頼を引き受けた。

 愚かな学生たちを適当に相手しながら、ディアヌの在学中の記録を探るも、不備はどこにもなかった。


 だから――卒業式で皇太子ジェロームの発言に楯突いたディアヌを前にして、気分が高揚した。これでディアヌに瑕疵がつく! 延いては在学中の成績も無効になるかも知れない。いや、無効にしてみせる! と。


 そのことにばかり意識が向いていて、ディアヌが国を揺るがすような書類を混ぜ込んでいたことに気付くのが遅れた。

 遅れたどころか、全く気付かなかった。


「在学生や普通の教師、あとは言葉は悪いが、あの愚かな皇太子が気付かないのは仕方ないとして、あの場にいたお前が気付くべきことだ」


 コレットとラファエルの結婚が決定したあと、教会で叱責を受けた。

 ディアヌのことに気を取られ、在学記録を無効にする書類を作ることに必死だったなどという、事実を口に出すことはできず――学園の教師は退くことになった。

 教師の職そのものには興味はないので、どうでもいいが、ディアヌの成績を改ざんできなかったのは、立場を失ったいまでも悔しい。


 立場を失ったからこそ、悔しいのでは?


 俺にそう意見した男がいた。

 その男はいまの皇族たちには国を導く能力はないから、帝政を打倒して、民衆による政治を――その運動の中核を担っていた一人だった。


 その活動の途中で殺害された。


 犯人捜しが行われ――宰相の息子ナルシスが犯人としてあがり、処刑された。


 ナルシスは「わたしではない!」と無実を裁判で主張したが、ナルシスに極刑を言い渡すために開かれた形だけの裁判だったので、ナルシスの主張は聞き入れられることはなく、裁判が確定すると即日広場で斬首が実行された。


 あの卒業式の日、皇太子と共に壇上に上がりクラリス皇女を裁いた面々――ナルシスは刑死し、ラファエルはコレットと共に幽閉されている。ディアヌの実家を継ぐ予定で迎えられたシメオンは、いつの間にか養子縁組を解消されてどこかへと消えた。

 俺はといえば神官を続けているが、これといった功績はなく、ただの一神官のまま。

 学園での失態についてすら、もう触れられることはない――誰もが忘れていた。俺のかつての記録と同じように。


 あの卒業式で失態を見せたジェロームだけは、なんの罪に問われることなく、皇太子の地位を保ったまま――そして即位した。


 ディアヌの代わりの妃はまだ見つかっていないが、それ以外は当初の予定通り――ジェロームだけ、なにも失っていない。

 ジェロームが皇族だから? 唯一の後継者だから? 学園での成績は地を這うほど悪く、ジェロームが在学中は順位発表が取りやめられた程だった。

 そんな成績でも、皇族ならば許されるのか? やり直すことができるのか?

 学園での成績が悪くても? 俺のほうが優秀なのに?!


「即位式典には、元皇太子妃がお越しになるそうだ」


 噂を聞き確かめてみると、招待客のリストにディアヌの名があった。決して円満ではない婚約解消した相手の即位式にやってくるとは、どういう了見なのだろうか?


 やってきたディアヌは、全く臆することなく、かつてと同じように皇太后と話をし――再びジェロームの伴侶としてスカウトされたが、断ったとのことだ。

 ジェローム、そしてジェローム以上に皇太后も残念がっていたが、ディアヌには全くその気はないようだった。


 久しぶりに帰国した故国を見て周り――ディアヌと話せるチャンスがあった。


「……失礼ですが、誰かと勘違いしていませんか?」


 ディアヌは怪訝そうに俺を見た。


「セザール……ですか。存じ上げないのですが」


 俺が名乗ってもディアヌは首を傾げるばかり。


「学園において最年少記録を持っていたのが俺だ!」

「は?」

「知らないとは言わせない!」


 そう叫ぶと、ディアヌは一拍おいてから、口元を扇子で隠すこともなく声を上げて笑いだした。


「学園……学園ねえ。十年以上も前に卒業した学園の元最年少記録保持者……十年以上経って……ぷっ……申し訳ありません。わたし、学園の記録とか興味ないもので」


 ディアヌはそう言って、お付きの者たちを引き連れて去った――ディアヌは、俺のことなど覚えていなかった。


 …………いや! そんなはずはない! 最優秀学生賞を受賞するときに、歴代の受賞者のリストを渡される。

 その時に年齢だって確認できる。

 それを見れば、俺がディアヌの前の最優秀学生賞受賞者だと! 

 知らないふりをしただけだ! そうに違いない! そうだ! あの栄光を覚えていないなどありえない!


”――――”


 ふと、民衆を率い、志半ばで殺害された男の言葉が脳裏に蘇り――


「う…………うわあああ! そんなのは、そんなこと、ありえない!!」

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