神人寓話

石衣くもん

神人寓話

 ある時、好奇心旺盛な神様がいました。


 その好奇心の強さ故、暇さえあれば悪戯を働き、お姉さんの畑を荒らしたり、絶対に開けてはいけないと言われている扉を開けて地上に災厄をばらまいてみたり、持ち出してはいけない宝刀をこっそり盗って自分の物にしてみたり。


 毎日毎日、その神様が好き放題暴れ回るのに、とうとう神神は我慢がならなくなって、岩屋の中へ閉じ込めてしまいました。岩屋の中は光を通さないので、真っ暗です。神様は、出して出してと頼みました。


 しかし、他の神神は反省するまで出してはやらないと言ってその場を離れていきました。神様は、腹を立てて岩戸を蹴ったり叩いたりしますがびくともしません。

 暴れ疲れて寝転ぶと、ふと床が柔らかいことに気が付きました。試しに手で強く床を押すと、押した分だけ手が沈むのです。


 さては床が岩ではなく雲なのだろう、と神様は夢中で床を掻き分け進みました。暫く何も見えませんでしたが、諦めずに進んでいくと、とうとう高天原から地上へと天下ることに成功したのです。


 神様は自由になったことを喜び、ほとぼりが冷めるまで地上を彷徨することにしました。


 暫く行くと、実の成った稲穂の畑が広がっています。神様は稲穂に尋ねました。


「やあ、お前の名は何だ」

「はい、私は人間が食べるために作ったイネでございます」

「イネ。私は神だ。今、頗る機嫌がいい。何でも願いを叶えてやろう」


 イネは少し考えた後、言いました。


「それでは神様。私を人間にして下さいませ」


 神様はお安い御用だとイネを人間にしてやりました。人間となったイネはたいそう喜んで、


「有り難うございます。私にできることであれば、貴方の為に何でも致しましょう」


と平伏します。少し考えてから神様は、


「私は天より降臨してから何も口にしていない故、腹を空かせている」


 神様がそう宣うと、


「私はイネでございました。お任せ下さい。すぐにでも食物を奉りましょう」


と、鼻、口、尻から米を出し、神様へと献じたのです。

 神様はそれを見てたいそう怒り、


「そのように穢らわしい物を奉るとは、この無礼者め」


と言って持っていた宝刀でイネを斬り殺してしまいました。


 イネの屍を打ち棄てて、暫く行くと、煌煌と燃えている枯れ草の山があります。神様は炎に尋ねました。


「やあ、お前の名は何だ」

「はい、私は人間が枯れ草を燃やすために放ったホノヲでございます」

「ホノヲ。私は神だ。今、些か機嫌がいい。何でも願いを叶えてやろう」


 ホノヲは少し考えた後、言いました。


「それでは神様。私を人間にして下さいませ」


 神様はお安い御用だとホノヲを人間にしてやりました。人間となったホノヲはたいそう喜んで、


「有り難うございます。私にできることであれば、貴方の為に何でも致しましょう」


と平伏します。少し考えてから神様は、


「私は天より降臨する際、いつも纏っていた衣を置いてきた故、非常に寒い」


 神様がそう宣うと、


「私はホノヲでございました。お任せ下さい。すぐにでも暖めて差し上げましょう」


と、神様に抱き着いたのです。

 元々火であったホノヲの体温は高く、神様は抱き着かれている箇所が暖かくなってきました。


「これはいい、ホノヲ。首の辺りも暖めておくれ」


と仰せになったので、ホノヲが神様の首に腕を回しました。


 すると、衣の上からは暖かかったのが、直接肌に触れると燃えるように熱く、神様は


「さては貴様、私を炙いて病臥させるつもりだな、この無礼者め」


と叫んでホノヲを引き剥がし、枯れ草を燃やしている炎の中へ突き飛ばして、焼き殺してしまいました。

 ホノヲの屍を打ち棄てて、暫く行くと、前から一人の童が歩いて来ます。神様は童に尋ねました。


「やあ、お前の名は何だ」

「お前こそ誰だ」

「私は神だ」


 童は馬鹿にするように嗤って、


「嘘だ」


と言いました。神様はあまりに無礼な態度に少し驚きながらも答えます。


「本当だ。私は神だ。今、とても機嫌が悪いが証拠を見せてやる。何でも願いを叶えてやろう」

「何でも願いを叶える?」

「ああ、そうだ。先程、イネとホノヲが人間になりたいと言ったので人間にしてやった。お前は何になりたいのだ」


 童は全く考えずに、間髪を容れずに言いました。


「人間のままでいい。何もいらない。私は欲しい物もないし、お前みたいな頭のおかしい奴に叶えてほしい願いもない」


 余りの童の無礼な態度に、神様は腹を立て、童を斬り殺してしまいました。


 童の屍を打ち棄てて、神様は考えます。

 どうしてイネとホノヲは人間になりたかったのだろう。人間は腹を膨れさせることもできないし、物を燃やせるわけでもない。しかし、それができる奴等は人間になりたいと言い、できない人間はなりたいものはなく人間のままでいいと言う。それほどに人間というのはいいものなのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、神様は人間になってみたくて仕方がなくなってしまったのです。

 そうして、とうとう自分を人間に変えてしまいました。けれど、何もいい事は起こらないし、普段と変わることもありません。


 途端につまらなくなった神様は、そろそろ天に帰ろうと思って、はっとしました。

 神様はもう、神様ではなく人間なのです。どうしたら天に帰れるというのでしょう。勿論、人間では神様に戻ることもできません。人間になった神様は途方に暮れましたが、


「そのうち姉さんか他の神神が迎えに来てくれるだろう」


と、打ち棄てた童の屍の近くに座り込んで迎えを待つことにしました。


 もう辺りは真っ暗で何も見えません。夜になってしまったのです。天には夜がなく、いつでも日に照らされているので神様は益々心細くなってゆきます。


 ふと、遠くの方から灯りが近づいてきます。神様は少し安心して嬉しくなりました。

 灯りはどんどんと神様の所へ近づき、それを持っていたのは人間の女だと分かりました。


 自分の迎えではなかったことにがっかりしましたが、真っ暗よりはましです。神様が女に声を掛けようとした瞬間、女は暗闇を劈くような声を上げました。

 女は先程神様が殺した童の母親だったのです。帰ってこない我が子を探しに来て、そして変わり果てた男子の姿を見つけたのでした。


 一体誰が我が子をこんな姿にしたのかと、女が灯火を振り回せば、近くに、血塗れになった男が座り込んでいるではありませんか。

 女は確信しました。間違いない、この男が我が子を殺したのだと。


「おのれぇええええ!」


 女は持っていた松明を神様に押し付けました。

 火は勢いよく神様に燃え移り、神様はその場にのたうち回ります。

 熱い、熱いと叫びながら、神様は思いました。


「人間なんかの、何がいいのだ!」


と。


 神様は過ぎた己の好奇心の為にその身を焼かれ、そして死んでしまいましたとさ。

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